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第39話 魔法使いだからできた芸当か

 平素、国王騎士団長とその副官しかいない青い天幕は突然慌しくなった。

 紗伊那軍、最高責任者である国王騎士団長の命で各騎士の責任者、軍の師団長たちが突然招集されたためだ。

 正規の紗伊那軍とは全く関係のない優菜、ヒナ、桂は隅に固まりながら、刻々増えてゆくてゆく人の様子を窺っていた。


 北晋国で聞いた軍事大国、紗伊那は死の山を築く恐ろしい国であり、紗伊那の人間はつりあがった目に牙の生えた口、真っ赤な顔、とにかく見るのも恐ろしい顔をしているのだと噂されていたが、実際目にしてみると、北晋国と変わらぬ普通の人間だった。


(情報操作しすぎて、尾ひれつきすぎだろ)


 優菜はそんな噂を信じたことはない。

 母親が紗伊那出身だったからというのもあるが、もともとルーツは同じ民族、そこまで姿形が変わるわけはないと思っていた。

 ただ、北晋の大多数の国民は信じている。

 北晋国が紗伊那国と戦争をするにあたり、そんな噂をまことしやかに、毎日毎日流したからだ。

 あんな国に蹂躙されてなるかと、民の士気を高めるために。

 

 きっと信じて疑わない北晋国の庶民達が、自分を王子だと騒ぐあの女子達が、紗伊那国の最高司令官である国王騎士団長を見たら、こっちの方が王子だと騒ぎ立てて、毎朝横断幕を持って、彼を待ち伏せするに違いない。

 あまりにその姿が容易に想像できたために、優菜は顔を緩めた。


 招集された全員が部屋に入り、入り口が閉められると白い靄が風もないのにゆらゆら揺れながら、正面に立った。

 事情を知らぬものたちは、その靄に一度息を呑んだが、けれどその彼が魔法騎士であるとという特性上、あえてそうしているのだと理解し、混乱には至らなかった。


「先ほどは騒がせてすまなかった。少し彼らの力量を試しておきたくて」


 ワンコ兄さん、もとい魔央と呼ばれる青年は堂々と声を上げた。

 そして目を『彼ら』とした優菜達へと向ける。

 事態を知らずにいた騎士達からは小さく驚きの声が上がったが、魔央がそれ以上の言葉を出させないように、上から言葉をかぶせた。


「ちなみに、そこにいる者が、美珠様と竜桧と顔がにてるのは偶然だ。と思って欲しい」


(思って欲しいってなんだよ。ワンコ兄さん)


 優菜があからさまに頬を膨らませると、ヒナが面白がって人差し指でその頬を突いてくる。

 優菜はそんなヒナの頭を掴んで前を向かせた。


(ヒナもちゃんと聞いとけ!)


「魔央、お前は今まで何をしていた?」


 まず、誰もが知りたいその質問を投げかけたのは暗守だった。

 暗守は一月前、魔央とともに姫に随行し、何者かに襲われ、姫を失った。

 その襲撃により暗黒騎士団長である暗守も酷い怪我をしたのだが、魔法騎士団長魔央は生死の淵をさまようほどの傷を負い、今も王都で眠っているはずだった。


 なのにここにいる。それは何故だ。


 魔央が昏睡状態だと知る者ならまず一番に出てくる疑問だった。

 魔央自身も絶対来ることを想定していた質問に申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


「賊に襲われ、もうこのままでは命がつなげないと悟り、偶然、目の前にいた野犬に魂を入れた。私のもっている全魔力を費やして。そのせいで、暫く犬となったまま、どうすることもできなかった。ただ姫様を襲った者の魔力が少し残っていたので、とにかく私はそれを追うことにしたのだ。逃がしてはなるまいと」


(成る程、犬になったのは、魔法使いだからできた芸当か)


 優菜はこの常識はずれの犬のからくりを知り、一つやっと理解した。

 けれど紗伊那の者達は納得ができないようだった。

 

「どうして一言も連絡をよこさなかった、お前ならできただろう」


 国明は冷たい目で魔央を見る。

 

「そう言うな、こっちにはこっちの都合もあったのだ」


「承服しかねる。それで?」


 国明はあっさり言葉を捨てると、さらにその先を勧めるように声をかけた。


「何だ、国明、お前別人だな、全く。以前のお前は仲間が生きていたことを喜ぶ人間だったのに。まあ、いい。お前にも事情があったのだろうからな。……察しはつく。さてと、我々がここに来た理由はだな、少し気持ちの悪い夢をヒナが見た。優菜、ヒナ、説明してくれるかい?」


「あ、ええ」


 優菜が話を振られ緊張気味にワンコ兄さんの元へゆくと、慌ててヒナもチョコチョコとついてくる。

 目の前の紗伊那の士官や騎士達の探るような視線を感じて息を呑んでから、優菜は声を出した。

 喋り出すと案外、自分が落ち着いていることを知った。

 


「この前、妹の」


「お姉ちゃん!」


(今、そんなのどうでもいいだろ? 空気読め!)


「えっと、夢に変な女の人が出てきたんです。そして見せたんです。十年後の紗伊那国を」


「十年後?」


 暗守の不思議そうな声に優菜は深く頷いた。


「そこには沢山の墓がありました。見渡す限りの墓です。そこにはいくつもの名前があった。立っていた場所にあったのはまず、国友、国緒、それに……」


 優菜は覚えている限りの名前を挙げた。

 自分でも一度夢で見ただけなのにといぶかしむほど、すらすらと名前を出すことができた。

 それを聞くにつれ、半信半疑だった者の顔色が変わってゆく。


「そこには暗守という名前も国明という名前をもありました。あなた方のことですよね。そして、その死んだ日は、皆同じ日でした」


 皆、言葉すら失って静かに聴いていた。

 優菜は間を置いて、重みを持たせ声に出した。


「明後日です」

 

 優菜は、また息を吸い込んで続けた。


「そしてこの敗戦を期に、北晋国は紗伊那に乗り込んでくる。同時に、南の自治区が反旗を翻す」


 軍人達は少し顔を見合わせたが騎士団長達は違った。

 どこまでも冷静だった。


「それは、その子の夢のはなしだろう?」


 黒い鎧の男が威嚇するわけでもなく、否定するわけでもなく、静かに尋ねる。


「ええ。そうです」


(そう、これは夢の話。証拠もなにもない夢の話。信じろって方がおかしいよな)


 すると助け舟のつもりなのか魔央が口を挟んだ。

 それは紗伊那の者も、優菜をも混乱させる一言だった。


「そうだ。ヒナの夢にでてきた傾国の魔女、桐の見せた未来だ」


 皆の表情がさっと変わる。

 優菜も驚きを隠せず、ただ立ち尽くしたまま目を見開いていた。


(あれが、傾国の魔女? 傾国の魔女って、紗伊那のお姫様と騎士達が戦ったもんだろ? なんで、そんなものがヒナに)


 一瞬の混乱の後、優菜の頭の中で全てが結びつこうとしていたが、優菜はそれを認めたくなくて、無視することにした。


「我々が来たのは、兎に角、ここでの敗戦を食い止めるためです。明後日ここで五十万の兵士が死ぬことは避けなければならない」


「でも、どうやって」


 まだ受け止められない困惑した軍人達の声に魔央が笑った。


「まだ、明日一日ある。その間にこの天才が考えてくれるさ」


 魔央は優菜にそう声をかけて意地悪く笑った。


(うわ! 俺におしつけた)


こんばんは。

お気に入り登録が増えてた!

嬉しいです。

ありがとうございます。


もちろん、いつもアクセスしてくださる皆様、

感想を下さる方、

校正してくださる方、

皆様に感謝しております。


本当にありがとうございます。

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