第38話 伝えることがあってやってきた
「魔法騎士団長は危篤だと聞いていたが」
「あれは実体ではないぞ、なんだ霊体か?」
「どういうことだ? 姫様に、竜騎士団長、それに魔法騎士団長まで!」
姫の死を知らず北で騎士が襲われたとだけ聞かされた兵士、姫が命を落とした場所に駆けつけ惨劇を目にした騎士、多くの者が混在する場所で、混乱した人々から様々な言葉が漏れる。
それを気にもとめず、魔央という実体のない男はその姿であった時、いつもそうしていたように長い指で肩まで伸びた髪を耳をかけた。
一方、優菜の腕にいる見慣れたワンコ兄さんは、ハフハフと荒い呼吸をした後、凶暴な唸りを上げて優菜を威嚇した挙句、噛み付いた。
「痛っ!」
「優菜大丈夫? 兄さんどうしたの?」
すると兄さんはその辺のごくごくありふれた犬のように吼えた後、優菜に向かって片足を上げた。
そして黄色い飛沫が飛んだ。
「うそだろ! 兄さん!」
「なんてことするの、兄さん!」
困惑している二人に靄の人間は声をかけてくる。
どこか明るい表情を浮かべていた。
「悪いな優菜。それはもうただの野犬だ。私がしようとしてしたわけではないんだ。分かってくれよ。さてと、または入らなければいけないから、繋いでおこうか。折角その犬にも見慣れたんだから。おい、誰か」
現魔法騎士団長の声に反応して、すぐに法衣を纏った魔法騎士が飛び出してきて、魔央の前で深々と頭を下げた。
「丁重にたのむぞ。また入らなければいけないんだからな」
「はっ」
真相をさっさと語ろうとしない魔央という男に向かって、碧の鎧を纏った騎士は大またで寄って行く。
そして掴もうとした手は空を切った。
目からは激烈な怒りが滲んでいた。
「魔央、どういうことだ」
「まあ、落ち着け国明。感動の再会も積もる話も後だ。ああ、暗守、桂をはなしてやれ。君に乗られたんじゃ、息もできないだろうから」
どこか余裕を持った魔央に何を思うのか、暗守は国明とは対照的に静かに桂からどいて、そして魔央へと近寄ってゆく。
魔央はそんな二人を前に、ほんの少し笑みを浮かべた。
「少し、話をしよう。二人とも、聞いて欲しいことがある」
「魔央、それよりも聞きたい。彼女は?」
暗守の視線の先にはヒナがいた。
国明の瞳もそちらへと向いて苦しそうな顔をすると、魔央は大きく息を吐いた。
「彼女はあそこの優菜の双子のー」
優菜にもヒナにも譲れない言葉が元ワンコ兄さんから出てきた事に気付くと、お互いを押しのけ叫んだ。
「妹!」
「お姉ちゃん!」
元ワンコ兄さんはそんな二人の保護者として見守りつつ、かつての仲間に静かに、ただもう一度慎重に言葉をかけた。
「聞いて欲しいことがあってきた。ここにいる者達の命が掛かってる。我々は本当は戦うためにきたわけではない、伝えることがあってやってきた」
そして表情を崩すと、ふわりと動いて、一番の年長者としてかつての仲間二人の肩を叩いた。
「とにかく、部屋にはいろう。夕食を目当てできたんだ」
碧の騎士は何も言わずただヒナを見ていたが、その肩を暗守が叩いた。
「魔央の話を聞こう。国明、それくらいの時間はあるだろう」
すると国明も一度頷いて、国明に蹴られ腹を押さえる優菜とそれを支えるヒナへと再び視線を向けた。
一方、優菜はいまいち状況が読めぬまま、ただ三人に視線を送っていた。
(なんか話がよくわからない。ワンコ兄さんは犬じゃなくて人間なのか? で、ヒナはお姫様に激似で)
整理しようとする優菜の袖をヒナが引っ張った。
見えたヒナの顔は妙に紅潮していた。
「ねえ、ねえ、兄さん、めちゃくちゃ、かっこいいね。思わない?」
「俺に小便ひっかけたけどな」
(茶色の犬だと思ってたら、大人の男かよ! それもここまでカッコイイとか反則だろ! ん……? じゃあ、先生は一体何?)
*
「ひい! また出た!」
「悪魔の使いだ!」
ワンコ先生は二本足で怯える者たちを尻目にズンズンと進んでゆく。
目当ての人間は会議室の一番奥に座っていた。
向こうは慌てるでもなく、静かに先生を見ている。
「よう、遜頌」
「出ましたね。悪魔の使い、何の御用ですか?」
顔色の悪い男は今にも死にそうな疲れた顔で、暫く背中に羽を生やした黒犬を見ていたが、どこか温かい目をして椅子を一つ勧めた。
「全く貴方はいつも人をおちょくったようなことばかりする。その姿に羽など生やして、ただの犬であれば可愛いものを。悪趣味な人だ。で、今日は一体何をしに?」
ワンコ先生はその椅子にちょんと座ると、怯えている紗伊那国教皇庁の者達を鼻で笑い、そして目の前に置かれた資料に肉球を置いた。
そこには各地からの陳情が羅列されていた。
盗賊の被害、領主の横暴、大国が抱える様々な問題がある。
けれどその日付は姫の死んだ、その日から何一つ処理されてはいなかった。
「なるほど、教皇様は各地からの声にも目を向けてないか。かつては真っ先に駆けつける方だったが」
「ええ、祈りの間から、全く動かれておりません。陳情など聞くよりも自分の苦しみを吐き出したいのでしょうが」
「大変だな、お前も。まあ、このような緊急時、お前の真の実力が発揮できていいじゃないか。昔のように、ほら野望に燃えて、さくさく仕事をこなせばいい」
「全く面白くない冗談ですね」
苛ついた遜頌にワンコ先生は口の端を持ち上げた。
それが遜頌の気持ちをさらに逆撫でしたようで、ピクリと目の端が痙攣した。
「北で問題がおこる。残ってる騎士団長二人、いつでも出せるようにしておけ」
「ただの事務官である私にそんな権力ありませんよ。あなたまさか、乗り込んで行って戦争でも起こす気ですか?」
もともと顔色の悪い顔をもっと白くしながら男はげんなりと、そして呆れたように言葉をかけた。
先生は楽しそうに高く笑うと、羽を広げ、そして窓から飛び出ていった。
呪いのような言葉だけを残して。
「頼んだぞ。我が地獄の同胞よ」
遜頌はかるく、はいはい、と呟いてから我に返り辺りに目を配る。
教皇庁の事務官達は怯えた目で、悪魔の使いと交信していた遜頌を遠巻きに眺めていた。
こんばんは。
今日もアクセス、そしてお気に入り登録ありがとうございます。
大して強くないワンコ兄さんの正体が分かりました。
人間の男です。
じゃあ、この悪魔のような長靴をはいたワンコ先生は・・・。




