第37話 話を聞いてもらおうか
「ちょっと多いよ」
ヒナはどれだけ倒しても、際限なく襲いくる兵士を見て、げんなりした。
どこを見ても黒い軍服に身を包んだ兵隊、兵隊、兵隊。
おまけに急所を外しているせいで、相手はすぐに起き上がって、また自分を攻め立ててくる。
これでは自分だけが体力を消耗してゆくだけだ。
五十万対三、ヒナと共に戦っているはずの半身の優菜も、一緒に歩いていたはずの桂も見えない。
果てのない戦いだった。
それに取り巻く騎士達の視線も気になった。
不気味な視線だった。
北晋国にいた時分から噂で怖いと聞いていた紗伊那の騎士達は襲い掛かることもなく、ただ見ているだけ。
ただヒナの一挙手一投足を、沈黙の中で追っているだけなのだ。
こっちの戦い方を把握され、消耗しきった後なら、間違いなく困難な闘いになるだろう。
「そんなに見てるんじゃないよ! 全く!」
挑発するように叫んでもう一度剣を構える。
すると兵士達を掻き分け誰かが前に立った。
ヒナの大きな瞳は不本意ながらその男に釘付けになってしまう。
碧の鎧に青いマントが映える長身、兜から覗く涼しげな瞳。
学校の女の子たちならはしゃぐに違いない、いい男だった。
けれど、どうしてか、どれだけ整った容姿をしていようが、目の前に現われた碧の騎士は眉間に深い皺を刻んで、本当に苦しそうな顔をしていた。
その男を見た途端、ヒナの心の奥でも何かがザワザワと動きだしていた。
それは騎士の強さを直感し恐怖を覚えたからか、強い人間と戦えると嬉しくなったからか、それとも別の何かか。
「何? めっちゃおこってるっぽい? ってか、なんか、強そう、絶対強いよね。この人」
ヒナはザワザワしてどうも気持ち悪い胸をぎゅっと押さえ、あえて明るく振舞い笑みを浮かべた。
ここまで感情が揺さぶられたのは、ヒナとして生まれて初めてだった。
優菜と出会ったとき、家族が出来たとき、その時の単純な嬉しさだけの感情とは全く違う、困惑と不安が入り乱れたものだった。
そしてヒナの後ろにもう一人男が立った。
振り返ると真っ黒い鎧に、真っ黒いマント。
そして何よりも巨大な影。
けれど、どうしてかそのおどろおどろしいいでたちに恐怖は起こらなかった。
「わ、おっきい! それで、こっちも強そう」
またヒナはあえて明るく振舞い、そしてわざとらしくあたりを見回して息を吐く。
優菜の姿はどこにもない。
そして今までわんさかいた兵士達も、碧と黒の騎士、二人の出現に一歩引いた状態で様子を窺っていた。
「優菜、お姉ちゃんを置いてどこ行ったのよ」
不安に押しつぶされそうになりながら、一歩踏み出した黒い鉄靴が視界にはいると、ヒナは慌てて、手を挙げる。
「ちょっと、待って! ちょおっとだけ、少し息を整えさせて」
巨大な影は聞き入れてくれたようだった。
ヒナは剣を鞘にしまい、どこか不安な気持ちのまま、深呼吸を数回した。
心臓のザワザワは消えないけれど、時間を置くと、戦えるだけの闘志は湧き上がってきた。
「お待たせ。さて、そこの碧の人と黒い人、二人で私の相手するの? それともどっちかから?」
すると黒い騎士が巨大な斧を構える。
「了解、そっちね」
ヒナも両手を交差させ、鞘からすらりと剣を抜くと構えた。
すぐに重くて早い一撃が飛んできた。
ヒナは剣で流し、その重さから逃げるように避けると、攻勢に転じ切りかかったが、剣が胴に的確に当たっても、黒の騎士の鎧に傷一つつけることはできなかった。
この黒い騎士はさきほど戦っていた兵士達と全てにおいて質が違う。
武具も実力も何もかも。
ヒナは理解しつつも、不安を消すために、声を上げずにはいられなかった。
「卑怯だよ! その鎧!」
ヒナは明るく振舞いながらも、相手の隙を狙い、また地面を蹴った。
振り下ろされた斧を避けると、もう一度今度は胸へと打ち込む。
どれだけ力を込めても、やっぱり傷一つ、つくことはなかった。
「こんなの勝てないじゃん!」
わめいていると、後ろで動く人影が視界に入った。
少女相手にじゃれるような戦いをする黒い騎士に痺れを切らしたようだった。
「え? 二対一?」
動いた影に目を遣ると、碧色の鎧が剣を振り上げていた。
まさか彼らが自分を挟み撃ちにするとは思っていなかった。
甘く考えていた自分がいた。
勝手に彼らはヒナの言うことを聞いてくれたものだと何故か信じていた。
自分は優菜達と彼らを救いに来ただけなのだ、悪いことをしに来たわけではない。
この戦いは遊びの延長上の挑戦だったはずなのだ。
ヒナは全く予想していない出来事に、何の反応もできなかった。
顔を引きつらせ、咄嗟に叫んで目を閉じた。
最も信頼する自分の半身の名前を心の底から叫んだ。
「優菜!」
振り下ろされた剣が止まる。
「全く」
ぶつかり合う金属音の後、おそるおそる開いたヒナの瞳と絡まる優菜の少し垂れた優しい瞳。
目の前まで迫っていた剣を、ワンコ先生お手製の優菜のグローブが止めていた。
ヒナはその目を見るやいなや、そのまま腰が抜けたように、ヘナヘナと崩れた。
けれど口はちゃんと動いた。
「た、助かった、も~! 優菜遅い!」
「秘密裏に動こうとしてるのに、勝手に行ったのどこのどいつだよ! 全く……」
ヒナへと向いていた優菜の目は面倒くさそうに碧の騎士へと向く。
優菜という新たな侵入者が現われたにも関わらず、騎士の目はヒナへと注がれていた。
その視線に、優菜は苛ついた。
(可愛いからって人の妹じろじろ見てんなよ!)
「男二人がかりで、うちの妹いじめてんじゃねえよ! あんたら騎士だろうが!」
優菜は剣を押しのけると、グローブに気を込めて碧の鎧の男を殴りつける。
全て避けられてしまった。
(やっぱり、騎士団長ってのは強いもんだな)
そんな余裕を持った感想を心で呟きながら、試しで少し速度を上げると、当たるようになったものの全部体でガードされた。
お互いが様子を窺っている、そんな感じだった。
「じゃあ、これでどうだ!」
振り下ろされる剣を避けて、さらに速度を上げてもう一度懐に突撃すると、一発わき腹に入れることができ、じわりときいたのか男の体が数歩下がった。
(おお! 入った! よし、いけるな)
一方、援軍を得、余裕がでてきたヒナは、すくっと立ち上がると切れない鎧に口を尖らせた。
それから原因を探るべく、おじいちゃんから貰った剣に視線を落として、首をかしげる。
「何で斬れないの? これいい剣でしょ? あの鎧どうなってんの?」
「ヒナ! 何でもいいから集中しろ!」
優菜は事態に対して緊張を持たない妹へと注意しつつ、目の前に突き出される剣を避ける。
「もう、ムカつく! よし! 本気だすもんね」
ヒナはニヤリと笑うと、一度剣を降ろし、すうっと呼吸を整え剣を握る両の手に力を込める。
途端、ふわりと風がヒナを包み、白銀の剣に絡みついてゆく。
「おっし!」
剣を軽く振っただけで突風が起こり、積もったばかりの新雪をそのまま風に舞い上げた。
ヒナはニヤリと笑ってそしてもう一度、黒い騎士へと構える。
しっかりと相手の動きに気を配りながら。
「魔法剣か。どうしてそう、我々を惑わせようとする」
ヒナの目の前の暗黒騎士、暗守が兜の中から悲しそうに呟いたが、ヒナはそんな細かいことお構いなしに飛び掛った。
薄く尖れた風の魔法剣が早さで暗守を襲う。
魔法剣を避けきれず、かすった箇所にはいくつか浅い傷が入っていた。
「よっし!」
鎧にごくごく小さな傷をつけたことに気を抜いたヒナは次の瞬間、巨大な黒い篭手で右手首をつかまれ、体をねじられた挙句、圧倒的な力で土の上に押さえつけられた。
容赦ない力が背中に掛かる。
優菜はそれを見て、慌てて妹へと寄ろうとしたものの、碧の騎士がそれを阻んだ。
「ヒナ!」
「重……い」
「妹から離れろよ!」
優菜は危険なことは重々承知しながらも妹を守る為に碧の騎士に背中を向けて、右手に気を込めて邪悪にしか見えない黒い騎士へと撃ち放つ。
目視で捉えることの出来ない優菜の巨大な気の塊がヒナを押さえ込んでいた暗守にぶつかり、衝撃で反り返ると、頭上には鎌を振り上げた桂。
「竜桧! お前まで! どうして我々を惑わせる!」
暗守はそう叫ぶと、ヒナから手を離し桂の鎌の刃を両手で受け止めた。
一方、優菜はヒナを助けた後、迫っていた剣を体を斜めに反らして、間一髪避けたものの、剣しか使えないと思っていた騎士に、腹を蹴り付けられ、そのまま飛ばされ激しく雪に激突した。
内臓が潰れたかと思うほどの痛みと衝撃に息が出来なくなった。
「ちょっと! 優菜!」
すぐヒナが走りよって、力なくぐったりした優菜を抱え起こす。
「いてて」
桂もわずかの時間の間に暗守に倒され、うつぶせに押さえつけられていた。
(ここまでか……)
「優菜! 大丈夫? ねえってば! ねえ、ねえ!」
優菜を抱き起こし思いっきり揺するヒナの前に碧の鎧の騎士、国明が近寄ってきた。
「お前達、何だ?」
静かな声だった。
ヒナが思いっきり拗ねた顔を作って国明を見上げる。
国明はそんなヒナの顔を先ほどのように苦しそうな顔で、ただじっと見つめていた。
お互いの視線が絡まると、ヒナの胸は違和感よりも、痛みを伴いヒナを苦しめた。
「助けにきてあげたのにさ、何さ」
「助けに来た?」
国明はヒナの前に屈みこむと、ヒナをじっくり眺めながら問い返す。
するとその視線をさえぎるように、今更ながらしれっとした顔をして割り込んだのは茶色の犬だった。
犬は怯えた様子もなく、ただ堂々とヒナと優菜の前に涼しい顔で尻尾を振った。
(ワンコ兄さん、遅すぎ!)
優菜はまだ痛む腹を押さえつつ、今日は妙に大きく見える背中に全ての望みを賭けることにした。
「大して強くないワンコ兄さん」は人懐っこい顔でもなく、鼻に皺を寄せるでもなく、ごくごく普通の顔で、本当に友と雑談するような顔で、国明に声をかけた。
「話を聞いてもらおうか」
兄さんの登場が更に混乱に拍車をかけた。
「この犬、喋るのか」
「喋ったよな」
兵士も騎士もとんでもない助っ人の出現に平静を失い、その場は統制が取れなくなりつつあった。
それに気付いたワンコ兄さんは、碧の鎧と黒い鎧を着た二人を見上げ、つぶらな瞳を潤ませ声をかけた。
「少し話がある。しかし、ここは人目がありすぎる。団長と副団長、そして師団長を集めてもらえるか?」
けれど騎士団長二人はただ一行を不思議そうに見ているだけで、言うことを聞いてくれなさそうだった。
(兄さん、友達なんだろ? 全然、聞いてもらえてないじゃん!)
すると兄さんは首を振りながら息を吐いた。
「全く、お前達なら私がこんな姿になっても、わかってくれると信じていたが無理だったか。優菜、少し体を抑えておいてくれるかな? 折角、慣らしたのに、逃げられては面倒だからね」
「え? いきなり何?」
優菜が何とか体を起こし、理解も出来ず眺めていると、ワンコ兄さんは甘えるように優菜の腕に入ってきた。
(な、何すんのこんな時に)
すると犬の口から何かもやが出てくる。
(き、気持ち悪い!)
「優菜、兄さん、どうしちゃったの? こわいよお」
ヒナまでが悲鳴を上げて、優菜の後ろに隠れた。
犬の口からでた白い靄は風に揺れるように、しかし意図を持って次第に形になってゆく。
そして最終的には白い靄は成人の男へと変わった。
「お前」
全ての騎士達がその姿を見て目を見開く。
それは二人の騎士団長にとっても例外ではない。
目の前には共に戦った騎士団長の姿があった。
「魔央」