第32話 竜騎士、傾国の魔女、騎士、紗伊那、魔法剣
「ごめんなさい」
青空のなかにその声は吸い込まれていった。
「謝ったってだめだって、許されないって分かってるんだけど、どうしても謝りたいんだ。皆、うちのお兄ちゃんのせいで、苦しい思いをさせてごめんなさい」
次の朝、桂は村の人々を前にして頭を下げた。
兄が死んだときも皆の前で謝った。
けれど、それは今とは違う心境だった。
許されないことはわかってる。
だから、皆に合わせる顔がないという理由で逃げる気でいた。
全てを捨てて自分の人生をやり直そうと。
引きずり出されて、人として謝らなくてはいけないから、一応謝った。
そんな謝罪を前はした。
今日は、許されなくてもいい。
でも、どうしても謝りたかった。
兄がしたことで、どれだけの人が傷ついているのかも充分理解している。
自慢の兄のことをどういわれても、それでも頭を下げたかった。
兄のことで、自分がどれだけ罵られても、どんな目にあってでも、ちゃんと謝りたい。
そう思ったのだ。
桂自身、謝罪ぐらいで許されるとは思ってもない。
けれど自分の心で、本心から謝ることなく逃げ続けた人々に謝りたかったのだ。
大勢の憎しみの前にさらされる桂を、優菜とヒナは見守っていた。
けれど桂は今日は逃げようともせず、大勢の怒りの前にさらされていた。
「確かに、竜桧のしたことは許せない。けど、桂だって辛かったと思う。しってるだろ? この二人は兄と妹でずっと暮らしてきたんだ。桂はその兄の死を嘆くことも許されなかったんだから」
「でも! 縁!」
あがる反論の前で桂は膝をついて、そして手をついた。
縁が慌てて立たせようとしたけれど、桂はそのまま額を土につけた。
「私、騎士になるのは諦める。でもこの村のことは諦められなかった。どこにいても考えちゃうの! ここには両親の思い出も、お兄ちゃんの思い出も、みんなとの思い出もあるの! だから、この村にたまに帰ってくるのだけは許して」
誰も何も言ってはくれなかった。
ただ縁だけはそんな桂を立たせて砂を払った。
「きっと誰一人、竜桧のことはいいように言わないよ。誰とも思い出話はできないよ。それでも、この村を捨てないんだね」
すると桂は涙を沢山浮かべて、頷いた。
「分かった。、私は、分かったよ。桂、今まで辛かったでしょ。私はもうわかったから、帰っておいで」
「縁さん」
誰一人、そのあと桂に何も声はかけなかったけれど、皆の視線は少し緩んだようだった。
散ってゆく人々を見て、ヒナは自分の目にもうっすら滲んだ涙を拭う。
「よかったね。桂」
「うん」
桂は縁に肩を抱かれながら、頬に流れた涙を一筋拭った。
それを見守りつつも、優菜の頭の中では別の疑問が渦巻いていた。
(そう、桂の話は、よかったんだ。よかったんだけど、何だ、昨日のはなんだ! なあ、ヒナ説明して! 昨日、ヒナ俺にチュウしたよな。チュウだったよな!
なあなあ)
「なあ、ヒナ、あのさ」
「優菜、ちょっと来い!」
ヒナに昨日の真相を問いただそうと声をかけようとしたところでワンコ先生に尊大に声をかけられた。
それを拒否することもできず、言葉を飲み込んで黒い犬へと近づいてゆくと、黒犬と茶犬は何かを持って優菜を見上げていた。
二匹がウキウキとした顔をしていることぐらい、優菜にはすぐに分かった。
(悪いことじゃないといいんだけど)
「何ですか、それ?」
先生はその質問を待っていたようで、張り切った顔で、両手にはめた黒いなにかを叩き合わせると、硬質な音が優菜の耳に入る。
音だけ聞くとまるで金属だった。
「これはな。竜の鱗で作られたお前のグローブとブーツだ」
「え?」
ワンコ先生はワンコ兄さんの手を借りてそれを外すと、優菜の目の前へと持ってきた。
真っ黒な波紋のフォルムに手の甲と足のふくらはぎ部分にはめられた透明な丸い宝珠。
「竜の鱗はダイヤモンド並みの硬度を誇る。それを魔法で加工して作ったグローブとブーツに、私と、大して強くないワンコの魔力で作り上げた宝珠をつけておいた」
(なんか、聞いてるだけで、めちゃめちゃ格好いい)
「宝珠はお前の気のコントロールをしてくれる。そしてお前の気の残量も教えてくれる。赤になれば、命を削ることになる。そして宝珠が割れたとき、お前の命は費える。いいな、くれぐれも力量に気をつけるように」
さっそく手にとってはめてみると思ったよりも随分軽い素材だった。
絹のハンカチ一枚ぐらいの重さもないのかもしれない。
「軽いだろう? でも、その鱗素材だけで剣は防げる」
ワンコ兄さんの助言が飛ぶ。
(ってか、俺すごくない? きっとすごいよ!)
「んじゃ、やってみようか!」
きっとヒナも隣で聞いていて、その威力を知りたかったのだろう、両手で剣を抜いた。
「そうだ、ヒナ。昨日、魔法剣を使っていたな」
「え、まほ~けん?」
「あの剣から出てきた何かだ」
「ああ、あれ。あれ魔法剣っていうの?」
「そうだ。お前も特訓してやらねばな。私はお前が魔法剣を使えることを知らなかったからな。大して強くないワンコは知っていたというのに」
優菜はその会話の中で気がついた。
(やっぱり、昨日の落石と怪鳥は先生達の仕業か)
「お、じゃあ、私もあの『まほーけん』使えるの。え~どうしよう。また優菜よりも強くなっちゃたら、また優菜拗ねちゃうじゃない」
ヒナは困ったような声をあげながら、嬉しそうに顔を緩めて、優菜へと向いた。
早くやろうと顔には書いてある。
そして優菜の顔にも早くやろうと書いていた。
それから暫く、優菜はヒナと本気の稽古した。
襲い掛かってくるヒナの剣は全てグローブで簡単に払い、おさえることができた。
(本当だ、気を使わなくても、全然戦える)
双子とも、男女とも思えない壮絶な稽古をしていると、それを見ていた血の気の多そうな、竜騎士の卵たちも参加して、その日は祭りのような騒ぎになった。
結局、宝珠が赤くなるギリギリまで戦ったせいで、優菜はその日は崩れ落ちるようにただ眠った。
一方、ヒナは眠ることができず、外へ出た。
「竜騎士、傾国の魔女」
目の前にあるのは、昨日よりもまん丸の大きな月。
けれどヒナの瞳にその月は入らない。
「騎士、紗伊那、魔法剣」
頭の中で何かが泡のように浮かび上がってくる。
一つ、また一つと浮かんでは、何を遺すこともなく消えてゆく。
けれどその泡の中から大きな塊が浮かび上がった。
そしてそれはヒナへと声を発した。
「ねえ、あんた、いつまで、そんなことしてる気?」
声にヒナが振り返ると真後ろに妖艶な女が立っていた。
こんばんは。
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ヒナの元に現われた女。
この女一体・・・!?
今後ともよろしくお願いいたします!