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第25話 我々は魔法使いですから

「さてと、ヒナ、今日もまたお前さんの、剣を探すか」


 物置にある数百本ものコレクションの中にヒナと光悦の姿があった。


「ねえ、おじいちゃん、これ全部おじいちゃんが集めたの?」


「そうじゃよ、若い頃から剣を集めるのがとても楽しくてな。それで、よくかみさんに叱られた。なんせ、家が傾くくらいの金を使ったもんで」


「おばあちゃんかあ」


「そうじゃ、それで結局別れる羽目になってしまった。娘も駆け落ちして、長年住んだ家もかみさんに取られて残ったのはこの剣達だけ」


 光悦はもじゃもじゃの髭をなでながら、優菜に似た垂れた目を細め、思い出に浸っていた。

 ヒナはそんな光悦の顔を窺って、手を握ってみる。

 大きな大きなあったかい手だった。

  

「寂しい?」


「嫌、寂しくないさ。剣には色んな人生がある。前に持っていた人間の気持ちがこもっておる。それを眺めているのも悪くないんじゃよ」


「前に持っていた人かあ」


 ヒナは祖父の手から一本うけとって、鞘から抜いた。

 美しい白刃にヒナの黒い瞳がうつる。

 今までどこで何をしてきたか、全く理解できないヒナの瞳が。


「私の持つ剣はどんな人生を送ってきたのかな。私はその剣のいい思い出になりたいな」


 光悦はヒナの言葉に笑みを浮かべて、そして声をあげた。


「さてと、ヒナ、お前さんに見合った剣、ここから見つかればいいが」


「うん!」


    *


「優菜! 集中しろ」


「って、言われても!」


 白いスニーカが炎にチロチロと舐められている。

 足元から体を焦がそうとする強烈な炎。

 優菜は今、十字架にはりつけられ、燃やされようとしていた。

 優菜が苦しむその下で、優菜を焦がそうとする炎を利用して、犬が二匹、芋を焼いていた。


「あっつ!」


「早くしないとお前が『焼き優菜』になるぞ。さっさと、それを切って降りて来い」


 ワンコ先生の容赦ない罵声が飛ぶ。

 けれど「それ」という鉄の鎖は人力で引きちぎるのは頑丈すぎた。

 そして容赦なく熱を吸収し、それ自体高熱を宿している。

 もう少しすれば体が焼ける前に腕と足に大火傷することになるだろう。


「あっつう」


 どうしようもない優菜を見て、ワンコ先生はワンコ兄さんに頷き手を挙げた。

 優菜の目の前に靄が掛かる。

 そして目の前に現われたのは同じ状態になったヒナの姿。


「助けて、優菜。熱いよ! 助けて!」


 あろうことか、ヒナの足元にももう火は迫っている。


(あの馬鹿黒犬、何やってる!)


「やだよ、死にたくないよ! 熱い! 優菜―!」


 ヒナの絶叫。

 

「待ってろ! 助けてやるから!」


 何度も鎖をちぎろうとしたが、どうにもならない。

 その間にもヒナの足に火は迫ってゆく。


「ヒナに傷が残ったら、お前も丸焼きにするぞ! このクソ黒犬! 俺がヒナを守るんだ!」


 叫んで力を込めた。

 そしてもう一度、拘束された両腕を外へと押してゆく。

 自分がどうなってもヒナを助けるのは自分の仕事なのだ。

 こんな鎖に負けて、どうやって敵に勝てるというのか、気合を入れて腕を押し出すと、鎖が派手な金属音とともに千切れ炎の中へと落ちていった。

 早速に駆け出し、


「ヒナ! ヒナ! 大丈夫か?」


 細い体に絡みつく、ヒナの鎖を両手で引きちぎり抱き起こす。

 途端に靄が晴れた。


(何で!)


 自分が助けたと思ったのはワンコ先生だった。

 お姫様抱っこをされたワンコ先生は、誰でも分かるほど眉間に皺を刻んでいた。


「クソ黒犬だと? お前のほうがクソだ。こんな幻術もみやぶれんとは。ばか者が」


 ワンコ先生は優菜を引っかいて飛び降りると、それからじっくりと優菜全体を眺めた。


「ふむ、だが分かったぞ。これは珍しい、人間だ」


「ええ」


 ワンコ先生とワンコ兄さんは優菜に黒と茶の背中を見せてお互いもしょもしょと相談していた。


「我々の指導が根本的に間違っていたようだ」


「ええ、我々は魔法使いですから」


「何、教えてください」


 優菜も膝を折って二匹の間に入った。


 するとワンコ先生が肉球に棒を挟んで、地面に絵を描いてゆく。

 人の姿や大きな木、そして川。

 とても簡略化された森羅万象が地面には描かれていた。


「まあ、魔法というのは自然の力を借りて、具現化するものだ。その際、人によって魔道具が必要になる。杖、宝珠、呪符。そしてその人間の生まれた曜日、環境、相性、それによって得意な魔法も変わってくる。魔法剣の場合もそうだ。けれど、お前は違う」


「え? 違うの?」


 ワンコ先生は頷くと絵の中にある人間の姿に丸をつけた。


「お前の場合、使っているのは生命力」


「生命力? ってことはつかえば、死ぬのも早くなるってこと?」


「そういうわけじゃない。『限界』を超えなければな」


 限界。

 自分の限界なんて優菜にはわからなかった。

 己を知る。

 それは優菜にとっては必要なことだった。

 そうしなければ敵には勝てないのだから。

 大体、ワンコ先生の限界の定義とはなんなのか。力を使い果たし動けなくなった時か、それとも本当に命を削るその瞬間か。

 優菜はそのあいまいな言葉にもう少し説明を求めた。

 

「それって、何か目安とかあるんですか?」


「寿命を削るわけではない。ただ体力を恐ろしく消耗する。まあ、人より早く疲れるっということだ。それは体力をつければ解消される。限界は経験をしていくうちに自ずと見えてくるものだ。それまでは私と大して強くないワンコが手伝ってやる」


 そしてワンコ先生は棒を捨てた。


「分かったのなら、さっそく実践だ。魔法を出そうと考えていたのが間違いなのだ。集中して、この石を割ろうと考えてみろ」


「石って、それ、岩って言うんじゃ」


「まあ、失敗しても拳がバキバキになるぐらいだ。やってみろ」


 ワンコ先生は優菜の背丈の半分ぐらいある凹凸のあるこげ茶の岩を肉球で軽く叩いて挑戦的な目を向けた。


「できないと思うことが一番悪い。ちゃんと割ることに意識して」


 ワンコ兄さんも応援してくれた。


(って、言われても、絶対痛いし)


 ドキドキしていると先生がまた目を光らせた。


「優菜、助けて!」


 今度は岩の中からヒナの声がする。

 円形の岩の中、もしかしてここにヒナはずっと閉じ込められていたのだろうか。


「って、ヒナ、中にいるのか?」


「苦しいよ! もう息できない!」


「待ってろ、すぐわるから!」


(割れろ。割れろ。ってか割ってやる! 割れろ!)


 優菜の突き出した拳は見事に岩を二つに割った。

 けれど中から見えたのも、外見とおなじ茶色の鉱物。

 ヒナの気配一つそこには存在しなかった。


「全く、どこまでも単純な奴だな。幻術にひっかかるとは」


(また、この性悪黒ワンコに騙された)


 肩を落とすと、ワンコ先生は二足歩行でやってきて、肩を肉球で叩いた。


「だが、できた」


「おめでとう、優菜君」


 ワンコ兄さんも肉球で何度も叩いてくれた。


 二匹の犬に囲まれた状態で優菜は嬉しくてたまらなくなった。

 二匹の手を掴んでグルグルと回った。


(そうだよな、できたんだよな。これでヒナに自慢できる!)


 諦めなければできる。

 挫折はたった一晩だったけれど、それでも優菜にとっては貴重な体験となった。


「さあ、よし、先生、次の課題! 俺、何でもできる気がする」



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