第八十七話 休日の最後
春野が中々出てこなかった問題はあったが、無事に解決することもできて、映画を一緒に見ることができた。
それなりに時間があったため、映画の定番であるポップコーンなどを用意したり、装飾をして映画館のような雰囲気を少しでも出して楽しんだ。
春野の反応も表面上は何ともないような表情をしていたが、何だかんだ最後までしっかり見ていたので悪くなかったと思いたい。
映画を見終わった春野は、眠かったのか、それとも僕の動揺を誘ってなのか僕の肩に触れ、支えにするようにして眠ってしまった。
(正直言って、この行為が一番対応に大変なんだよな)
どういった思いで僕にもたれかかって寝ているかは分からないが、寝ている春野は非常に無防備な状態だ。
(本当は起こして春野の部屋で寝てほしいと言いたいんだけどな……)
僕は毎晩聞く悲鳴のような寝言を思い出す。
毎晩毎晩、春野は悪夢を見ている。
どんな悪夢を見ているか分からないが日々聞こえてくる悲痛な声と苦しそうな表情を見る限り相当キツイものだと分かる。
今のところ一人で眠っている時は必ず悪夢を見ている。
そのため、春野を起こして一人部屋で眠らせるのは非常に酷な事だと思い出来ない。
僕は隣で静かに眠る春野を見る。
(僕は君に何かできているのかな)
分からない。
『人は期待することをやめられない』
契約を交わした時に春野に言われた言葉を思い出す。
あの時聞いたこの言葉は、とてもとても重く存在感があった。
だが、日が経つにつれてその言葉の存在感は薄れていく。
あれほど警戒していた言葉は、今では気を抜いたら忘れてしまうほどだ。
だからこそ恐ろしい。
僕は無意識のうちに少しずつ春野が自殺をしなくなるのではないかと期待が膨らんでいることが分かるから。
少しずつ何か出来ているのではないかと、このまま進めば止められると思っている自分がいる。
ふとした瞬間に、あの言葉を完全に忘れそうだ。
僕は何一つこの言葉に対して答えを見出せていない。
(忘れるな、相手は1人の人間だ。自分にとって都合のいい存在ではない)
春野があまり抵抗をせず、少しずつ態度を軟化させている。
春野を苦しめる問題も少しずつ見え始めた。
やれることが増えていく、より深いところまで踏み込んでいくことになる。
本番はここからだ。
忘れていけない、僕が勝手に動いていること。
決して春野愛佳はぼくが守ってやらないとやっていけない人物ではないこと。
自分が何か特別な存在ではないこと。
そして、春野愛佳の人生の決定権は春野にあること。
僕ができることは提案するだけ。
今死ぬには勿体無いと、生きた方が楽しいことが多くあると、春野に提案しているだけだ。
自殺をやめるように強要はしない。
僕がなぜ動いているのか。
それは春野と親しくなりたいからでも、僕のものにしたいからでもない。
僕はただ嫌だったからだ。
バッドエンドな自殺なんて嫌なのだ。
自殺するならせめて、ハッピーエンドな自殺にして欲しい。
ハッピーエンドの自殺なんて分からないがな。
とにかく僕は、最後まで笑顔で笑っていて欲しいのだ。
悔いがなかったと満足だったと思って欲しい。
そうなるまで僕は自殺を止める。
「人は期待せずにいられないか」
この言葉は僕を確かに苦しめている。
だが、よくよく考えればこれも乗り越えていかなければいけない問題の一つなのだ。
「僕は乗り越えるよ、絶対に」
目的を再確認してことによって、スッキリとした気分になる。
日数はそんなに経ってないが濃厚過ぎて色々と見えなくなってしまう。
いつのまにか目的のための手段が目的になっては意味がないのだ。
そんなことを思っていると「ピコン!」とメールが届く。
相手は藤井さんだった。
僕は、隣に寝ている春野を起こさないようにソファーに寝かしモーフを掛けると、ベランダに出てメールの内容を見る。
椿君の計画通りにみんな動揺してる。
藤井さんのメッセージの下に一つの画像も送られていた。
ねぇ、そっちにも記者の人が来た?
記者の人?私は来てない
あ、そっちも来たの!?
記者の人てなに?
なんか、春野と赤菜について聞きたいことがあるって記者の人が
どうしてあの2人の名前が出るの?
なんか、音楽関係で上手くて注目したいからだって
そうなの
私も同じだった
これ大丈夫なの?
記者の人、春野がよく休んでいるが何か知っているかとか聞いてきた。
何それ
やばくない
いじめのことバレるかも
大丈夫だよ!
本当に大丈夫?記者の人が春野は才能が溢れる人だから、何があれば大事になるよて言ってた
ここで画像の方は途切れている。
(雄大先輩は上手くやったか)
計画の第一段階は無事に上手くいったようだ。
監視ありがとう。ラインが越えそうなことがあったらすぐに連絡してくれ
うん。分かった。
藤井さんのお陰で相手の様子も見張れるので策略がどの程度効いているのか分かるし、暴走させないよう見張れる。
準備は万全だ。
まずはイジメから片付ける。
僕は震える右手を左手で押さえつける。
(これだけは慣れないな)
どのような形であれ、僕は誰かを攻撃することが苦手だ。
恐怖と不安と罪悪感に毎回襲われる。
深呼吸をして落ち着く。
「バレないように頑張らないとな」
弱みは見せられない。
「うん?」
部屋に戻ろうとした時だった。楽しげな話し声が聞こえてくる。
「そんなことがあってねー!」
「そうなの?大変だったよね」
声を聞こえる方を見ると楽しげに喋る2人の女性を見かける。
(僕たちの年代ならあんな風に楽しく過ごす方が普通なんだよな)
何も考えずに遊べる時はそう多くない。
学生時代は大切にしろとよく聞くからね。
早く問題を解決して春野があんな風に楽しんでいる姿を見たいものだ。
「ねぇ、次はあれをやりましょう!きっと楽しいわ!」
そう言って満面な笑顔で楽しそうに過ごしている春野を想像して、ついつい笑みが溢れてしまう。
早くそうなれるように頑張らないとな。
そうして僕は部屋の中に戻っていく。