第八十五話 疫病神
僕は春野の部屋の前に、カップと春野が作り置きしておくれお菓子と紅茶を淹れて椅子に座る。
「春野、今話がしたいんだがいいかな?」
「・・・・・・」
しばらく待ったが動く様子は一切見られなかった。
「なるほど、ドア越しと言うことだね」
「どうしたらそうなるのかしら」
春野の呆れたような声が聞こえてくる。
僕の中では沈黙は肯定と捉えるルールなのだ。
「最初に朝の質問に対しての、返答をしたい」
「ふーん」
これを言い出さなければなにもはじまらないだろう。
僕は堂々とハッキリとした態度で言った。
「どうでもいい」
それが僕の結論だった。
「それが・・・・・・あなたの本性なのね」
警戒心が明確で伝わってくる。
「本性、まるで今までは本性を見せなかったような言い方をするね。僕はいつも言っていた筈だよ。自分勝手な悪い人だって」
僕はいつだって自分のために行動してきた。
「僕は自分の考えを最優先にさせる。春野が疫病神なんて頭のおかしいことにどうこう思うことすら愚かしい」
あんなに優しくて健気で真面目な奴が疫病神なんて僕は決して思わない。だからこそ、あまりにも価値がない言葉だ。
そんなことに僕が何かを思うわけがない。
僕は春野の作ってくれた紅茶を飲む。
(うん、とても美味しい)
「なら、どうして隠したの」
春野は少しだけ困惑を感じさせるように聞いてきた。
「隠した?違うよ、伝える必要がなかったからだ」
「必要がなかった?」
「疫病神なんて言う、偽りの言葉を伝える必要はないでしょう。ただ、あくまで僕においてはのこと。春野のことについては考慮できてなかった。すまない」
今に考えれば浅はかな行為だった。
僕の考えが必ずあっているわけでもないのだ。
春野とは庇護の関係ではない。対等な関係である。
「・・・・・・分からない」
ドア越しでも困惑していることがわかるような声だった。
「わたしは・・・・・・わたしは椿君に友梨ちゃん達を傷つけている。椿君から見ればこれ以上にないほど面倒な存在。なのに・・・・・・どうして・・・・・・そんなハッキリと言い切れるの」
酷く深刻なような問題だと言わんばかりに春野は言った。
しかし、僕にとっては非常に軽い問題だ。
「確かに、色々と大変なのは認めます。だけど、それが嫌いになる理由にはなりません」
僕はゆっくりと自分の心に偽りなく話していく。
「春野には色々と苦労はしてますよ。色んな手段で僕を揺さぶってくるし、一緒に住んでいる以上配慮しないといけないことも多いです。ただ、僕においてはそんなことは些細なことです。だってやりたくてやってますからね」
挫けそうなこと、泣きたくなりそうなことなど色々あるが、これは自分が選んだ道だ。
「それに人に迷惑をかけない人なんていません。誰だって迷惑をかけます。だからこそ、助け合うことが大切なんです。僕は、春野から多くの迷惑を受けています。だけど、それと同じぐらい助けてもらったり、喜ばせてもらってます」
「そんな・・・・・・わたしは・・・・・・そんなことをしてない」
「そうでしょうか?僕はとても多くのものを受け取っていますよ」
僕は一つ一つこの1週間を思い出しながら語る。
「まずは料理ですね。常にこちらの健康を気遣ってくれた美味しい料理を振る舞ってくれます」
そう言って僕はクッキー食べる。
これ一つでも、色々と考えられて作られている。
サクサクと美味しく、一緒に飲む紅茶に合うように味わいなどが工夫されている。
それだけではない、健康面でもしっかりと配慮がされている。
それだけでも僕においては十分お返しをもらっている。
「次に掃除、何処も細かいところまでしっかりと掃除されている。それだけじゃない、僕が過ごしやすいように少しずつですが、配置などを変えてくれています」
僕ができるだけ不便なく過ごせるようにと日々少しずつ試行錯誤されている。
皿洗い一つでも、僕が片付けやすいように皿置きなどをやりやすくしてくれている。
「他にも、多くのことをしてくれてますが、何よりも嬉しかったのが、僕のスペースを用意してくれたことです。本当に嬉しかった」
自分がいてもいいと言われたような気がして嬉しかった。
「それは・・・・・・」
「僕を油断させるためにしたことですか?」
「・・・・・・」
沈黙が僕たちを包もうとするが、出来なかった。
なぜなら、とっくの昔に分かっていたことだし、考え続けていたから。
「与えられたものは罠かもしれない。しかし、それが何だと言うのですか。僕は宣言したはずです。楽しいこと全てを知るまで自殺をさせないと」
「!!」
そう、僕は宣言したのだ。
「春野が自殺ができる時があるならば、その宣言が果たされた時だけです。その時までどんなことがあっても全てを受け止めます。」
少なくとも僕の中ではそれ以外の未来を想像していない。
「もし、最後まで自殺をしたいと思っているのなら、きっと僕は春野において疫病神になることを約束しますよ」
「・・・・・・」
何ともまあ、カッコ悪い約束だ。
そう、僕は内心苦笑いする。
「はあ、椿君、最低、嫌い」
どうやら、嫌いだけでは物足りなくなったのか最低まで追加されてしまった。
「あはは、それでどうでしょうか?気分転換に一緒に映画でも見ませんか?昨日、僕が借りてきたやつ残ってるし」
正直言って1人でいるのめっちゃつまらん。
それに宣言を果たすためにもできるだけ時間は無駄にしたくない。
「・・・・・・分かったわ。少し待って」
「ありがとう。その間に準備をするね」
そうして荒波は過ぎていき、僕たちは一緒に映画観るのだだだ。




