第七十九話 一日の始まり
ピーピーピー
「もう時間なのか」
僕は勉強やめて、春野が起きないように素早くアラームを止める。
現在の時間は午前4時、春野と過ごし始めて2回目の土曜日だ。
外は薄暗く、今から眠り始めるには少しばかり明るいと感じてしまう。
まあ、2時間ぐらいの軽い睡眠を取るには丁度いい。
僕は先程まで勉強していた教材を片付ける。
春野の家で過ごし始めて、僕の睡眠時間はかなり少なくなっている。
大体、平均2時間ぐらいしか、僕は寝ていない。
どうしてそんな健康によくなく体力を削るようなことをしているか、これにはいくつかの理由があった。
いくつかある理由の中で一番大きな理由はこの生活の維持及び、今後の活動準備だ。
僕は一人暮らしではなく、家族と住んでいる。そのため、現在の状況はそれなりに無茶している状態だ。
いきなり自分の子供が家に帰って来ずに別のところに泊まり始めたら、色々と問題があるのが当然だった。
僕の場合は、ちょくちょく仕方ない事情で過去にそう言ったことがあったこと、それと日頃からの信頼でなんとかしているが、1日2日の話ではないのでそれなりの条件がもちろんある。
その条件とは信頼の維持である。
家に帰って来なくとも安全にやっている。問題なく過ごせていると示さなければいけない。
特に親からそう言われたわけではないが、暗黙の領域みたいな感じになっている。
とにかく信頼の維持のために、僕は学校で影響が出ていないことを証明するために成績の維持をしなければいけない。
そのために僕は休んでいる分も独自で勉強して学校生活に一切の問題がないよう勉強をしている。
ただ、春野が起きている時はそちらを優先しているので、春野が完全に寝てからしかやれる時間はない。
春野は基本9時か10時ぐらいに就寝するが、そこから3時間ぐらい悪夢に魘されるので、大体深夜1時から自分の時間になる。
そこから勉強に次の日の準備と色々やっていると睡眠時間は必然的に消える。
春野がこちらに不必要な罪悪感を抱かないように起きる前に終わるようにしている。
春野は非常に健康的な生活をしており、ほぼ必ず5時に起きるため、そこら辺の管理がしやすいのは助かっている。
そうして僕は春野が用意してくれた布団などを用意する。
熟睡をあまりしたくないため、あまり使いたくはないのだが春野がせっかく用意してくれたものを使わないという選択肢は僕にはなかった。
そうして僕は2時間の軽い睡眠をする。
春野がトントントントンと軽快な音を奏でながら野菜を切っている時に目が覚める。
「おはよう、椿君」
「おはよう」
髪を後ろに一つに纏め、料理している春野の姿は何度見てもとても美しいと思ってしまう。
「朝ごはん、もう少しで出来るから待ってて」
「分かった」
僕は、朝ごはんができまで自分の布団などを片付ける。
時間は6時ちょっと過ぎぐらいで特に寝過ぎたといったこともないようだ。
木曜日の失態以降、体調管理はより厳しく行なっている。
起きる時間などほんの少しの変化も見逃さないことで、早め早めの対策につながる。
休む時間の確保が難しい中でも出来ることはした方がいい。
「いただきます」
僕は一通りの朝の支度を済ませて春野と一緒に朝食をとり始める。
春野の料理は全て健康と美味しさの両立がされており、体調管理といった面も含めてメチャクチャ助かっている。
料理、家事、気遣いと全てにおいて高水準で隙のない春野はまさしく理想の嫁といった感じだ。
一体どのようにして学んだのか気になるが、春野の地雷に近いため、深くは探れない。
自主的に行なっていることから春野にとってやるべきこと、やって当たり前のことになっていることが分かる。
それを天才だからという一言で済ませることもできるが、前のやり取りから春野にとって大切にしていることである可能性が高い。
僕を騙すための演技である可能性もあるが、全てが偽りであるわけではない。
理解していかなければいけない。
春野愛佳がどういった人物であるか。
どれだけ策を練り時間を稼ぎ、様々な手段を用いて自殺を止めても、春野愛佳を救うことはできない。
行動しなければいけない。
止めるための行動ではなく、救うための行動をする。
そのためにも今は一番近く長い時間一緒に過ごせる立場をしっかりと活用して知っていくのだ。
「ご馳走様、とても美味しかった」
「・・・・・・お粗末さま。そういってくれて嬉しいわ」
春野は特になんともないような表情をする。
感情を表には全く出さないため、春野が何を考えているのか読み取るのは難しい。
今のもお礼を言われて嬉しいのかどうか、僕にはわからない。
できるだけ早く分かるように頑張っていこう。
「後片付けは僕がするね」
「そう?ならお願いするわ」
そういって僕は皿などを集め洗い始める。
その間、春野は動くこともせず、ぼーと外の風景を見ている。
その光景は非常に幻想的だが、その中身は空虚なものだった。
春野は家事といった必要なことはするが、自分のためのことは一切しない。
やるべきことができるまで春野は、ただただ虚無な瞳で外を見続ける。
今の状況の春野はただ無理矢理生かされている状況と言ってもいいだろう。
その事実が自分の胸を締め付ける。
自分がしていたことが届いていないと知らしめられる。
それだけでも中々キツイが、春野はこちらが何かする時はなんだかんだ参加してくれて、何かができたと思わせるような反応を見せ、ワンチャンあるんではないかと期待させてくる。
つまり、猛毒かもしれない飴と鞭を上手く活用してくる。
考えすぎる僕には最適な攻め方だ。
何も考えていない可能性もある。自分が過度な考えをしているかもしれないと、自己嫌悪に陥りそうな考えが湧く。
それでも僕はもう逃げないと決めた。
僕は皿洗いを終えた後、春野を対面に座る。
そして語りかける。
「今日は映画とかをレンタルして家で一緒に見ない?」
例え猛毒だろうが、僕は一歩一歩突き進む。
コツコツと積み重ねていくのが僕のやり方だから。




