第七十四話 忘れていたこと
(クソ!どうすればいいんだよ)
俺は内心で悪態をつく。
菜奈さんの言葉が深く突き刺さる。
このままでは最高の結果を得られないのは理解できている。だが、何もしないといって大きな問題ではない。
無視ができる問題だ。
最高の結果を出すことは叶わなかったが、それでもよく頑張ったと言える結果だ。
決して深く傷付くような事ではない。
それにたとえ動くとしてどうすればいい、何をすれば最高の結果を得られる。
その答えすら見えない、時間も少ない。
時間ギリギリまで考えても思いつかない可能性が高いし、思いついたとして上手くいく可能性は低い。
リターン大してリスクが高すぎる。
俺の理性が無理をする必要がないとそう訴えている。
だが、俺のプライドが気持ちがそれを否定する。
お前は何もできないやつらに成り下がりたいのかと、いざという時あり続けるのかと。
ここで動かないで、どうして首を突っ込んだ。
俺はこういった時に動ける人間になるために行動を起こしたんじゃないのか。
心が動けど叫ぶがそれと同じぐらい冷静な頭が動く必要はないと押さえつける。
動けない、俺は友梨のように勇気の一歩を踏み出せない。
「あのウサギの人、少し遅れてない」
「分かる、上手いんだけど他の二人と比べるとどうしてもね」
観客の声が聞こえてくる。
その意見は必死の覚悟を持って舞台に立っている友梨の事なんて一切考慮しない、冷酷なものだった。
どれだけの誇り高い決意を持った行動をしたからと言って結果がついてくる訳ではない。その残酷な現実を再度突きつけられる。
(どうしてだよ、どうしてだよ。どうして友梨や弓弦は踏み出せるんだよ)
目の前に広がる暗く辛い道をどうして踏み出せる。
勇気をもって踏み出したとしても結果が出るとも限らないのに、どうしてそんなことができる。
『自分の為に動いてくれる人のありがたさを知っているから、動けるんだ』
俺は思い出す。
弓弦が起こしたハサミの事件の時の会話を、友梨に話したその後の会話を。
「すごいなお前、カッコいいよ。だけど、どうして危険な目に遭うかもしれないのに止めに入ったんだ。無視でも良かったんじゃないか」
ハサミで遊んでいたとしても、大きな事故に繋がる可能性は低いし、注意したことで嫌われる可能性すらある。
注意をしても止まらない可能性もある。
ないより、弓弦自体のリターンがない。リスクばかりで何もないのはあまりいい選択だと思わなかった。
「確かに、無視が一番かも知れない。だけどね、それってとても寂しいことなんだと思うんだよね」
「寂しい?」
「ああ、間違えていることは自分では気が付かない時があるじゃん。その間違いを誰にも教えてもらえなくて、今後も間違い続けて、人が離れて一人になるって、寂しいことじゃない」
「確かに、そうかもな」
間違いに気が付かなくて、誰にも教えてもらえなくて一人になる。
そのことを想像すると弓弦が言っていることが分かった。
「僕はさ、昔はそう言った立場だったから。あの立場の辛さも分かるし、助けてほしいと思う気持ちも、そして教えてもらった時のうれしさも、自分の為に動いてくれる人のありがたさを知っているから。動けるんだ」
そう言って弓弦はとても優しい目をして空を見つめる。
「それが迷惑だったらどうするんだよ」
俺は綺麗ごとすぎると思ってついつい辛い現実の弓弦に叩き付ける。
それでも弓弦は大人びた優しい表情をしていった。
「その時は一生懸命に謝って、反省するかな」
「なんだよそれ」
もっと凄いことを言うのだと思ったら、何とも陳腐なこと言う弓弦に呆れたように俺は言った。
「動いた方がいいとは限らないからね。動いて悪いことになることは勿論ある。そうなったら誠心誠意謝るしかないだろ」
「なら、やっぱり動かない方がいいじゃん」
動かなければ自分にマイナスはない。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「どっちなんだよ」
弓弦ののらりくらりとした返事に少々納得がいかないように俺は詰める。
「どっちが必ずいいとかはないんだよ」
「じゃあ、同じような事が起きた時、動かないときもあるということか」
「動かない時もあるだろうね」
俺の言葉を素直に認めた弓弦に行き当たりばったり馬鹿なやつに見えてきた。
「お前、馬鹿なんだな」
「ストレートに言うね」
急な暴言に弓弦は苦笑しながら答える。
「確かに馬鹿かもしれないけど、僕はこの馬鹿が悪いことだと思ってないよ」
「それはどうして」
「だって、自分の行動に後悔はないから」
明るくそして断言する弓弦の姿はとても眩しかった。
「俺はお前にはなれなそうだな」
「そうかな?似てるところあると思うけどな」
「どこがだよ」
クラスの立ち位置も才能も、友達も全てが違うのに何を言っているんだと思った。
「自分の気持ちに素直な所かな。特に納得がいかないことに関したは周りの事を気にせずに滅茶苦茶に破壊するよね。特に前のドッジボール大会は面白かったよ」
弓弦は面白そうに言った。
ドッジボール大会で、とあるクラスの男女が一人を残してイジメようという話があった。
冗談だと思っていたが、本気だったらしく別のクラスのマッチで残った一人を笑いものとして楽しんでいた。
その行為があまりにも醜くぶち壊してやりたいと思ったから、そのクラスとやる時に、俺は男女関係なく関わったやつ全員をボコボコにした。
「あれは俺が悪くないからな。ルール内の事だし、正義は俺にある」
「それにしては随分過激だったけどね。ドッジボールで泣く人が出るとは思わなかったよ」
俺が本気で投げたボールは一撃で沈めるほどの威力を誇った。次々と悲痛の表情をして消えていく恐怖に相手チームは阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
「あの後、色んな人に散々注意されたね」
「ほとんど聞いていなかったけどな」
あのことで俺は絶対に謝るつもりはない。
ルールはしっかりと守っているし、悪いことをしたと思ってもいない。
だからこそ、色々言われたも直すつもりはない。
「君の行為と僕の行為、大差がないよね」
「……俺も馬鹿だったか」
俺は弓弦の無言の圧に屈する。
ドッジボールのやつも動機は違うが、根本のところは同じだった。
不愉快だった。だからといって強い俺には関係がないことだ。適当にやっていた方が面倒事は少なかった。それなのに俺は
「だろう。まあやり方は問題があったけど、僕はそう言う痛快なやり方カッコよくて好きだよ」
「そうか?俺的には当たり前の事なんだがな」
俺の中ではなぜ動かないのかそちらの方が不思議でたまらなかった。
それを聞いた弓弦は笑みを浮かべながら言った。
「その当たり前は多くの人ができないことだよ。だって、誰しも怖かったし、力もなかった。誰もが傍観するしかできなかった。そんな中、君だけが堂々と前に出て全てを壊した。その強引さに多くの人が救われた。だから、僕的にはその強引さを大切にしてほしいな」
「そこまで言われるとなんだかうれしいな。お前がピンチになった時はその強引さで助けてやるよ」
「本当かい?それはうれしいな」
弓弦は嬉しそうな表情をする。
「これからよろしくな」
そうして手を伸ばすと弓弦は一瞬不思議そうな表情をするが、すぐに意味を理解したのか「強引だな」といいながら自分の手を出す。
「こちらこそよろしく」
(どうしてそんなことを忘れていたんだ)
答えは最初から持っていた。
俺はあいつらのように同じように動けていた。
俺は動き出す勇気を持っていた。だけど、時間に立つにつれ、無駄だと意味がないとやらなくなっていた。その強引さがカッコ悪いものだと思っていた。それの行為が子供みたいだと思ってしまった。
少し強引に動くときは、色々と滅茶苦茶している弓弦と一緒にいる時だった。
俺は理想の自分を突き通せなかった。
カッコ悪いと思ってしまった。そのくせ、カッコいい自分になる為と道化を演じていた。
(ああ、俺って本当に馬鹿だったんだな)
「マジでカッコ悪いな」
本当に呆れる。
弓弦はそんな俺の姿を見てどう思っていたのだろうか。
(あまり考えたくないな)
弓弦の事だから、そこまで酷いものではないと思っているが、これ以上の失態は見せる訳にはいかない。
俺は菜奈さんの方に近づく。
「菜奈さん、力を貸してくれませんか?」
「何をするつもりなの?」
「滅茶苦茶に思うが儘に全てをぶち壊します」
何とも滅茶苦茶な返しに菜奈さんは非常に楽しそうな表情をする。
「見つけられたんだね」
「はい、菜奈さんが煽ったおかげです。その代わりと言ってはなんですが、主役の座を奪われても文句言わないでくださいね」
「言うようになったね。やれるものならやってみな」
そう言って俺たちは全てをぶち壊すために急いで準備を始める。
(弓弦、お前の期待通りに全てを破壊してやる)