第七十五話 破壊者
赤菜友梨視点
(足を引っ張ってる……)
片手でしか弾けない私のために、広さんと西村さんは手を抜いて演奏している。
本来ならもっと盛り上がって心ののゆくままに演奏したいはずなのに、私が足を引っ張っているから、冷静に燃え上がる気持ちを制御して、成功するための音を奏でている。
私のせいで音に気持ちが入りきれていない。
その事実が何よりも苦しく、辛い。
罪悪感と劣等感に私は押しつぶされそうになる。
(両手が使えれば)
私が足を引っ張っているのは片手のせいだと、両手が使うことができればこんな事にはならなかった。
そんな考えが私を支配しようとする。
片手しか使えない割には頑張っている方だと、だから私は悪くないのだと、逃げたい気持ちが溢れてくる。
(そうなることも分かった上で選んだ道じゃない)
冷徹で強い自分が逃げるなと鋭い言葉を刺してくる。
(私に託してくれた菜奈さんは、私が憧れた愛佳ちゃんは、片手なんて言い訳にしない)
そう、そうなのだ。
菜奈さんなら繊細かつ大胆に、愛佳ちゃんなら正確かつ美しく片手で素晴らしい音楽を奏でる。
片手なんて言い訳にしない。それが分かるからこそ戦わないと前に踏み出さないといけない。
そう、前に踏み出さないといけない。それなのに、それなのに、私は動けなかった。
(どうすればいいの……)
分からない。
何をすればいいのか、分からない。
時間が経つにつれ、冷たい視線が増えていくのが分かる。
盛り上がりを邪魔する敵を見る視線が増えるのが分かる。
(どうすればいいの、何をしたらいいの、誰か教えてよ)
完全に下を向いてしまう。
(また、私のせいで失敗するの?)
悪夢が蘇る。
怪我をして、誰もが絶望した。
誰もが苦しい表情をした。
最愛の親友が壊れそうな表情した。
私のせいで失敗する。
(それだけは、それだけは、ダメ)
私は必死に弾く。
もう同じ失敗は出来ない。足手纏いで終わることができない。
そうやって必死に必死にピアノを叩く。
だけど、そうして必死になればなるほど、腕は落ちていき、観客からの冷たい視線が増えていく。
(どうして、どうして、どうして!!!)
焦りと混乱が私を完全に支配した。
ピアノは悪化していくばかり、少しずつレベルが下がっていく。
下がれば下がるほど、私はさらに混乱していく。
完全に負のループに嵌ってしまった。
終わりだった。
ピアノがないパートに入り、私という足枷が外された演奏は一気にヒートアップしていく。
上がれば上がるほど、私がいかにいかに邪魔で足を引っ張っていたのだと痛感する。
(私なんて・・・・・・いらなかったんだ・・・・・・)
会場を包む熱量が私を燃やし尽くす。
足の力が入らない。
菜奈さん達に迷惑をかけていけないという気持ちだけが私をここに立たせていた。
それがなかったら今頃膝から崩れ落ちていた。
(ああ、あああーーーー!!!どうしていつもこうなの・・・・・・)
死ぬかで努力した。怖い気持ちを抑えて前に踏み出した。
その先には光があると思って踏み出した一歩は、私の親友にトドメを刺し、クラスをメチャクチャにして、多くの人を傷つける。
そして今回も、菜奈さんの大切なフェスを壊しかける。
弾くのをやめよう。このままみんなに忘れ去られば迷惑をかけない。
会場を包む熱は、友梨の願いを叶えるように、友梨を燃やし尽くし、友梨の存在を忘却するはずだった。
カッコいい狼の衣装を着た男性が舞台の上に現れるまでは。
冷たい視線が無くなるのを感じる。
観客が動揺しているのが分かった。
何があったのかと顔を上げ、私は見た。
期待や困惑といった様々な視線を全て踏み潰し、まるで自分の為だけにあるステージだと言わんばかりにこちらに歩み寄ってくる晴人君を。
全ての視線が晴人君に注目する中、当の本人はさも当然のように私の隣に来る。
「何を・・・・・・しに来たの?」
「リベンジマッチをしに来た」
「リベンジマッチ?」
晴人君の言っていることが分からず聞き返してしまう。
「2日前に一緒にピアノを弾いただろ。あの時お前、俺に合わせて手加減しただろ」
そう言われて一緒にピアノを弾いた時のことを思い出す。あの時は一緒に作っている感を大切にするために多少力を抜いた。
「俺は負けず嫌いでな、手加減された事実が許せないんだよ」
狼のような鋭い視線がこちらに向けられる。
「だから、友梨が本気になれる状況で勝負をするために準備をしたんだが、このザマはなんだ?」
怒りに満ちた瞳が私を捉える。
「ピアノを叩くように弾く奴に俺は手加減された記憶はないぞ」
「!!」
晴人君の冷たく呆れたような言葉によって自分がどれだけ乱暴にピアノを弾いていたのか認識する。
「それは・・・・・・その」
弁明する余地もなく、私はなんで答えればいいのか分からなかった。
「くだらんことに囚われている今の状態では、勝負にもならない」
そう言って晴人君はピアノに向き合う。
「後は俺がやる」
「そんな!まだ私はやれる!」
私は必死に食い下がる。
(私はまだ弾ける!)
そんな私に晴人君は不思議そうな表情をする。
「どうして必死になって弾こうとするんだ?」
「え……?」
晴人君が言葉の真意が分からなかった。
「だって……ピアノを弾かないと、ライブが……成功しない」
私はただ思っていることをそのままに話す。
「ライブが成功するためなら、弾くのが友梨である必要はないだろ」
「!!」
晴人君の言葉に頭が真っ白になる。
ライブを成功するだけなら、私が弾く必要なんてない。
しっかりと盛り上げることができるなら、誰が弾いてもいいのだ。
「実力が不安なら今から証明する。友梨のサポートをしてやれるほどの実力があることをな」
そうして晴人君はピアノを弾き始める。
(愛佳ちゃんの……ピアノ……)
精密かつ正確に指が動き、ピアノが弾かれる。
その練度は二日前とは比べ物にならないほど格段と上がっていた。
何処までも正確な演奏は、愛佳ちゃんが弾いたピアノを連想するほどだった。
「狼の人めっちゃうまくない?」
「それな!」
突如現れ、圧巻な演奏を見せる晴人君に観客はさらなる熱狂と共に迎え、広さんと西村さんは晴人君の演奏に合わせるようにギアを上げていく。
晴人君は観客の期待に足る演奏をしてみせた。
それだけではない。
(入り込めない……)
コンピュータのように早く正確に弾かれるピアノに入り込んでいくイメージが湧かない。
私は何もできない。
そんなことを感じていると、演奏が落ち着いて所で私の目を見て言った。
「観客は俺が黙らせる。ライブも俺が成功させてやる。友梨がここに居なければいけない理由はすべて壊した。舞台裏に下がるのも、ここで傍観するのも、俺のピアノに勝負するのも友梨の自由だ。」
「自由……」
晴人君は嵐のように全てを破壊し、私を真っ白にした。そして言ったのだ。
「友梨のしたいようにやれ」




