第二十七話 生徒会長 木下雄大
僕の通っている学校には二人、漫画の世界のような人物がいる。
一人は万能の天才と言われ、僕がただいま絶賛色々頑張り中の原因になっている人物、春野愛佳。
もう一人は、万能の天才と言われる春野愛佳と同等の才能と圧倒的なカリスマ性を持ち、一年から生徒会長を務めて、最先端の高校にするというスローガンを掲げて生徒のレベルをはるかに超えた改革を行い、革命家と言われている人物、生徒会長 木下雄大。
僕と比べればどちらも雲の上のような人物であり、入学したときは関わることが無い存在だと思っていたが、人生どうなるか分からないもので、僕は両方とも関係を持っている。
春野愛佳は自殺の件で。雄大先輩の方はいつぞやのイベントでスタッフでさえ気付かなかった、泣いてる子供を助けたことを知られて以来、事ある毎に生徒会に入らないかと誘われている。
合唱コンクールの時に片付けをすることになったのも、雄大先輩が言ったからである。
ちなみに、生徒会の誘いを僕はすべて断っている。理由は至極簡単で単純に能力がないし、やっていける自信も体力も気力もないからだ。
それでも雄大先輩は諦めるつもりはないらしく、色々なアプローチを受けている。その一つとして僕は雄大先輩の連絡先を持っていた。
雄大先輩に借りを作れば、それを理由に生徒会に無理矢理入れられそうになるため絶対に頼りたくないと考えていたが、今回の件に関しては流石に頼らないと、僕の力だけではかなりキツイ所がある。
よって僕は、雄大先輩に相談したいことがあるので時間がないかというメールを送った。
返信は即座に来て、『弓弦君、私を頼ってくれてありがとう。昼放課に生徒会室に来てくれ。相談を聞こう』と快諾してくれた。
そのこともあり、僕は生徒会室の前に来ていた。
(ここに来ることになるなんてな)
まだ、入学して十か月しか経っていないというのに、関わることのないと思っていたことの半数ぐらいと関わってしまっている。
そのおかげで僕の高校生活も順調に荒れ始めている。そして、今からさらに荒れるようなことをしようとしていることに、平穏な高校生活は無理だったんだなと諦めの気持ちになる。
僕は生徒会室のドアの開けて中に入る。
「やあ!待っていたよ弓弦君!」
部屋の中に入ると、一人の男子生徒がいる。彼はこちらの存在に気が付くと、元気で明るく屈託のない笑みを浮かべこちらを見て返事をする。
「こちらこそ、僕のお願いを聞いていただきありがとうございます。雄大先輩」
「硬い硬い、私と弓弦君の仲ではないか!気楽に行こう」
「そうですね」
雄大先輩の明るくフレンドリーな喋り方に、僕も自然と気を楽にする。これこそ、雄大先輩が持つ魅力の一つであり、好青年のような姿とその明るい様子は多くの人を安心させ太陽の光にあったかのような明るい気分に誰しもがなる。
雄大先輩の改革を支える圧倒的なカリスマの一つである。
僕は雄大先輩の案内の元、椅子に座り雄大先輩は向かい側に座る。
「相談の前に、弓弦君は昼ご飯をもう食べたかい?」
「いえ、まだですが」
僕がそう答えると雄大先輩はやったーといった表情をした後、見た目だけでも高級品だと分かる四段弁当を取り出す。
「佐紀が渡してくれた弁当なんだが、見て分かると思うんだけどちょっと一人で食べきれる量じゃなくてさ、一緒に食べないかい?」
頼むよーと懇願する目でこちらを見る雄大先輩。
宮前佐紀、副生徒会長であり、雄大先輩の幼馴染で右腕といった人だ。
僕も何度かお世話になっており、非常に優しく常識人で頼りになる人だ。雄大先輩の一番の理解者であり、たまにとんでもないことをしようとする雄大先輩を止めたりするなど、雄大先輩を支える大黒柱のような人物だ。
ただ、それは公務の時だけであり、私情の事になると急にポンコツになり始める。
(佐紀さん、非常に頼りになる人なんだけど、こういったことに関してはポンコツなんだよな)
僕は存在感を放つ四段弁当を見る。
お腹一杯に食べてもらいたいと思い張り切って作ったであろう弁当だが、明らかに一人で食べきれる量ではない。
それだけではない、その目立つ弁当もあまりにも場違いで、教室で見せれるようなものではない。
それでも自分の為に一生懸命に作ってくれたものを雄大先輩が拒否するはずもなく、残すのも佐紀先輩に悪いので全て食べたいが一人で食べきれないから僕に助けて欲しいといった感じだ。
「いいですよ。昼はおにぎりだけだったので、ただ勝手に僕が食べて佐紀先輩は怒りませんか?」
「大丈夫だ!すでに許可は取っている。是非とも食べて欲しいとのことだ」
流石は雄大先輩。手が早い。
そういうことで、相談をする前に僕たちは非常に豪華な料理がある四段弁当を食べ始める。
「伊勢海老や松茸、これは黒毛和牛ですか?すごいですね」
作られている料理もすごいのだが、使われている素材もまたすごい。どれも高級品ばかりだ。佐紀先輩と雄大先輩の家はかなり大きい。このような素材を普通に使えるほどの財力は全然ある。
「あはは、私の為に全力を持って作ってくれるのはうれしいんだけど、さすがにこれをみんなの前で食べると反感を買いそうだしね。まあ、今日は弓弦君との相談の件を知っているから確信犯だと思うけどね」
佐紀先輩は雄大先輩の事を第一に考えている。雄大先輩が不利になるようなことは絶対にしない。多くの人に慕われるに雄大先輩は持ち前のカリスマ性だけで出来ている訳ではない。各クラスをよく回り、より近い存在に感じられるようにみんなと同じような環境で暮らすようにしている。
雄大先輩は自身の才能だけではなく、地道な努力の大切さを知り行うことのできる本当の意味で強い人間だ。故に、革命家と言われるまでの改革ができており、多くの人から慕われる人になっているのだ。
そう言う人だからこそ、僕のやったことを知る事が出来たし、しつこく勧誘されている訳だが。
そのことを佐紀先輩が理解していない訳がないので、雄大先輩の言う通り僕なら大丈夫と考えて雄大先輩が最も喜ぶ料理を作ったのだろう。
(それにしても量が多い、いつも遠慮している我慢が爆発したのかな)
佐紀先輩は雄大先輩の事を最優先しているため、自分のしたいことが中々にできない。定期的な発散は必要だろう。それに付き合わされるのあまりいい気持ちになれるというわけでもないが、お世話になっているし、何より頑張っている人を応援したいと思う気持ちがある。
自分がいることで役に立つのなら、今後は定期的にこういう機会をつくってあげた方がいいかもしれない。
そんなことを思いながら僕も佐紀先輩の料理を食べる。どれも絶品で非常に美味しい。
(だけど、春野の料理と比べるといまひとつ足りないと思ってしまうな)
佐紀先輩には悪いが、春野の料理の味がどうしてもチラついてしまう。
佐紀先輩の料理は非常に美味しい、よく考えられ努力していることがよく分かる。技量だけで見るなら春野と同等だと思えるぐらいに、しかし、春野は食材を余すことなく全て使えるように、美味しく食べてもらえるように努力している。
それによって、食材の長所だけを引き出すのではなく、その全てを引き出すように作っている春野の料理の方が美味しいと思うのだ。
身近なものの大切さへの理解度、この差が春野の料理の方がおいしいと思った原因だろう。
春野を助けられて普通に過ごせるようになったら、春野と佐紀先輩がともに料理できる機会を作ってあげれば、互いにとってより良い経験となり二人にとっていい成長をもたらすかもしれない。
その為にも僕も頑張らないといけない。
「ごちそうさまでした」
そうして、僕たちは四段弁当を全て食べきる。
「とても美味しかったです」
「そう言ってくれてありがとう。後で佐紀にも伝えておくよ」
雄大先輩も満足そうな表情をしている。この姿を写真で佐紀先輩に送れば喜ぶんだろうなと思いながら、雄大先輩は弁当を片付ける。
「食べ終わったことだし、そろそろ相談を聞くとしよう」
「そうですね」
相談に移った瞬間、先程までの和気あいあいとしていた空気から、戦場のようなピリピリとした空気へと変わる。
互いに分かっているのだ。
これが相談という皮を被った交渉だということを。
より良い条件を得るために熾烈な戦いが始まるのだった。