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第二十五話 地雷

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 春野が用意してくれた料理を米粒一つ残さず綺麗に食べ終わり言うと、春野は淡々とした声で返してくる。しかし、綺麗に食べたことがうれしいのかいつもよりもほんの少しだけ優しい目をしており、喜んでいるように感じる。


「ブリ一匹の素材を余さずつかい、ここまで美味しい料理を作れるなんて、本当にすごいな。尊敬するよ」


 心の底から賞賛の言葉を贈る。


 ブリの身は、刺身とブリ大根にして、骨やブリのあらは汁物でつかい、頭は煮付けにして食べられないところ以外、すべて料理に使った。


 そのどれもが非常に美味しく、なかなか(かなり)の量があったにもかかわらず全て食べきってしまったほどだ。


 料理をしたことがある自分としては、しっかりとすべて使える技量と食材を無駄にしないという強い意志は本当にすごいと思うし、見習いたい姿だった。


「その言葉は私にはいらないわ。出来ることだけしかしてないから。その言葉は私が見習った料理人に言って欲しいわ。」


 春野は何処か遠くを見るような感じでいった。


 その様子は、見習った人が褒められているからうれしいといった感じだ。


 一体、どのようなことを思っていったのか分からないが、僕の出来ることをするべきだろう。


「分かった。春野が見習った料理人が出会うことがあったら、伝えとくよ」

「ええ、そうしてくれるとうれしいわ」


 本当にうれしいのだろう。


 春野は服屋で驚いたときのような作り笑いみたいなかんじではなく、自然と言うか、素で喜んでいるような表情をしている。


 余程大切な人なのだろう。そうなら言うべきだな。


「改めて言わせてくれ、春野がその料理人の思いを大切に心掛けて料理をしてくれたから、心身ともに暖かくなるものが食べられた。ありがとう。これなら受け取ってくれるかな?」


 ただ、出来るだけではあんなに美味しい料理は作れない。春野がその料理人の思いを大切にしていたからこそ、あそこまで美味しい料理が出来たのだと思った。


 詳しいことは何も知らないが、これだけはハッキリと断言できる。その料理人の事を大切にしている春野にとって自分の頑張りが認められたと思って欲しくてそう言ったが。


「ええ……そう言ってくれてありがとう」


 春野は先程と違い感謝の言葉を受け入れてはくれたが、その表情と声色は悪夢にうなされている時のように、暗く悲しく、苦しんでいるようだった。


(地雷を踏んでしまった感じか、一人にさせるべきだな)


 春野の状況を冷静に把握して、僕は今できる最善の選択を即座に取る。


「皿洗いとか、後の片付けは僕がするよ。春野は休んでて」

「ええ……よろしく」


 春野は元気がなさそうに答える。


 そうして、僕は素早く皿などを運び春野が一人になれる状況を作り出す。


(さっきの発言は失敗とは言い切れないか)


 僕は皿洗いをしながら、先程の発言について考える。


 まず、確実に言えるのはあの発言が春野の地雷を踏み抜いたことだ。


 具体的に何が地雷だったのか。それは間違いなく、春野と料理人の関係についてだろう。


 そのことになると普段のクールで感情を表に出しにくい春野が、素の表情を見せるなど兆候はあった。僕のミスはその関係性を誤って捉えてしまったことだ。


 直前のお礼を言って欲しいという会話から、大切に思っているだけだと判断してしまった。もっと冷静に、そして広い視野を持って考えれば、二人の関係の怪しさぐらいは気が付いていたはずだ。


 自分の失態について深く反省する。


 そして、一度頭を冷静にさせて二人の関係について考察する。


 二人の関係を考える上で、先程の会話の反応、買い物の時など料理人が影響を及ぼしそうな事柄での春野の言動、そして春野を取り巻く環境といった三つの情報が重要になる。


 まず、二人の関係の深さについてだ。


 これは先程の会話の反応と買い物時の考え方から、春野愛佳という人物の成長や人格に大きい影響を与えた存在である可能性が高い。さらに春野を取り巻く環境の事を考えて言うとしたら、春野愛佳の生き方、そして自殺を決意させた根本である可能性すらある。


 そのことを考えると、あの地雷は春野にとって致命傷を与えうるものであり、踏み抜き方次第では最悪、約束を破り今すぐにでも自殺を図ろうとするぐらいの影響力はあるのかもしれない。


 では、その料理人は誰で、春野との関係はどうなのか。


 これについて特定することは今の情報じゃ難しい。


 僕は春野の人間関係について殆ど知らない。その為、特定するのは困難だ。勿論、手がないわけではないが、それは春野の気持ちを無視する形になるのでしないし、したくない。


 よって分かるのは、大まかな性格ぐらいだ。


 当たり前の大切さを知り、その気持ちを貫き通す意思がある尊敬するような人であるぐらいだ。


 ただ、そのような人物だと仮定すると、ここまで追い詰められている春野が頼ろうとしないことや、それ関係で深く傷ついているのが、大きな疑問点になって来る。


 ただ、この疑問は前提を少し変えると説明ができる。


 その人物はもういないと考えるとある程度の説明がつく。


 亡くなったのか、どこかに消えたのか、変わってしまったのかは分からないが、もう会えない状況なら、春野が頼らないことにも説明がつく。


 ただ、それが自殺するほどの地雷となるまで成長していると考えると、恐らく別れ方は最悪だったと予想できてしまう。


 他にも様々なパターンがあるが、悲観的に考えるならこのパターンだ。


(もし、僕の考えが合っているなら、春野の人生はハードモード過ぎる)


 いじめの件だけでも大概だというのに、それ以上の問題を抱えないといけないなんて、優れた容姿と万能の才能をもらったとしても割が合わない。


 さらにヤバいのは、そのことを自殺する直前まで1人だけで抱えて、ほとんど誰にも悟らせなかったことだ。


 一体、どのようなメンタルがあれば耐えられるのか、想像もつかない。


 ただ、今言えるのは春野をその地獄から救い出してやりたい。という気持ちだけだ。


「椿君、悪いのだけど他の家事も任せていいかしら。少し疲れたから寝たいの」


 僕が、春野の抱える問題について考えていると、椅子で座りぼーと遠くを見ていた春野が気怠そうに言った。


「いいよ。今日はゆっくり休んで」

「ありがとう」


 春野はそう言って自分の部屋へと入っていく。


 それから、2時間ぐらい経てばいつものように魘された声と、謝罪と泣き声まで聞こえて来る。


 今日は地雷を踏んだこともあってか、ここ数日の中では一番ひどい。


(無理してでも泊まることにしたのは正解だったな)


 起きている時の春野は平気そうな感じでいるが、本当は限界なんかとっくに超えていて、寝ている時に泣くことによってなんとか持ちこたえている感じだ。


 少しでも早く、この苦しみから解放するために頑張らなければいけない。


 春野がいつまで大丈夫なのかも分からない。今の状況ではいつ自殺を試みてもおかしくない。


 大人に任せるべきかと考えたが、徐々に分かりはじめた状況を鑑みるに、その行為こそ春野に致命傷を与えかねない。


 自殺は防げるかもしれないが、春野から生きる意志を失わせる可能性の方が高い。それでは死んでいるのと変わりない。


(水曜日以降は休んだ方がいいかもしれないな)


 今の春野には生きるための理由が必要だ。


 明日までは、僕の約束があるためギリギリ大丈夫かもしれないが、水曜日からはない。


 僕は明日の内からこの家でも色々出来るように計画を練り直す。



「私が悪いの!あの時・・・・・・・謝らなくてごめんない」


 考えている最中も春野の魘される声が聞こえて来る。


 猫のぬいぐるみもあまり効果がないようで、落ち着く様子はない。僕は、定期的に涙などを拭いたりして出来るだけ苦しむ時間が減るように努める。


(今日は徹夜だな)


 僕がメインに動かないといけない場面で、倒れるようなことになりかねないことをするのは良くないのだが、春野がいつもより苦しんでいるのは地雷を踏んだ自分のせいだ。


 体への負担が増えるとはいえ、これぐらいはするべきだ。


 そうして、僕は春野が出来るだけ苦しまないように、朝までそばにいて春野を見守った。

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