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此処と向こう


「ひぃ…はぁ…」


ようやく一息つける場所を見つけ、俺はドカッと座り込む。


「はぁ…ひい…」


ワイシャツの胸ポケットに入っている煙草の箱を取り出し、中身を確認する。


「くそ…」


最後の1本を口に咥え、箱は握り潰し投げ捨てる。

しかし一緒に胸ポケットに入れていたはずのライターが見当たらない。

スラックスのポケットを探ってみるも当然見つからない。


「禁煙するか…歩美も嫌がってたしな…」


最近の喫煙者の肩身の狭さは泣けてくる。

更に俺は電子タバコに移行する事が出来ず、紙タバコを吸い続けている為、臭いが残るだの灰は出るだの、すっかり世間の嫌われ者だ。

娘の歩美も俺が煙草を吸うと露骨に嫌な顔をしていたなと思い出し苦笑する。


「これが無くなったらやめる!この1本でおしまい!!絶対!!」


咥えていた煙草を胸ポケットに仕舞い込む。


「どうしたもんかな…」


煙草もライターもそのへんの店に入れば手に入る。

しかし、この町で手に入る煙草は全くと言っていい程味がしない。

食料や飲料も同様に存在はするものの食えたもんじゃない、生きる為に食ってはいるが、味も匂いも無いもんだから積極的に口に入れたいとは思わない。


「俺まだ生きてんだよな…?」


夢なら覚めてほしいが、全身の擦り傷の痛みが夢で無いことを如実に告げている。

つい先刻も巨大な顔面に追われ、必死で逃げ回っていたところだ。

この前、学生に助けて貰った時のような巨大な顔面の化け物じゃない、真っ白な首から上の顔面そのものにだ。


ここに来てから幾つか分かったことがある。

まず、化け物に追われた時に単純に逃げ切れない場合がある。

今回は逃げるだけで大丈夫だったが、時にただ逃げるだけでは道がループし続け、逃げ切れない場合がある。

その場合何かしらの条件を満たす必要があり、その条件を満たすまで延々と化け物に追われ続けてしまう。

怖い話でおなじみの口裂け女と遭遇した時には、「ポマード」と3回唱えるまでずっと追われ続けた。

あの時ほど口裂け女の話を知ってて良かったと思った事は無い。


次にこの町を脱出するにはやってきた電車に乗る必要があるらしいと言う事。

だが、俺がここに来て以降、電車が新たに来たような様子はない。

当然俺なりにあちこち他の脱出の手段を探してはいるが、今のところ見つける事は出来ていない。

そして最後に、ここにいる化け物どもは俺のような過去の被害者達が生み出したものらしい。

ここで恐怖し、絶望してしまうとその恐怖が実現してしまうのだとか。

それが事実だとすると、かなりの数の被害者がいた事が予想される。

それほどにこの町には異常な化け物が存在している。


「もしかして…」


ふと思う。

この前の巨大な顔面の化け物の廃村。

あれもここにいた人間が恐怖した結果なんじゃなかろうかと。

俺のように家族を残してここに来てしまった人間がいたとしよう。

そいつが残してきた家族にまでこんな化け物の被害が及んでしまったら…と考え、恐怖する。

するとそれが実現して向こうの世界にまで化け物が出現する。

そんな事があり得るんじゃないだろうか?


「だとしたら…残酷すぎるだろう」


残された者を想い、それがかえって残された者を危険に晒す結果になってしまう。

そんな理不尽な事があって良いのだろうか。


「………」


これはあくまで俺の想像にすぎないが、得てして嫌な予感というのは当たってしまうもんだ。

モヤモヤとした気分のまま俺は今日の探索を終える事にした。

腕時計を見るとそう時間は経っていないが、化け物に追われた事もあってか、酷く疲労感を感じられた。


「ただいまー…」


移動の際も常に周りを警戒しながら進む為、それだけでも精神的な負担が大きい。

この家には化け物が入ってこないらしく、探索以外は拠点にさせてもらっている。

いつかこの町から脱出するか、俺が絶望してしまうその日までは利用させてもらう事にしよう。


「おかえりなさい、何か発見はありましたか?」

「いや、巨大な顔に追っかけられただけだったよ…嫌なこと考えちまったし…」

「嫌なこと?」

「うん…」


俺は先程考えた仮説を言ってみる。


「ここに来た人の恐怖が向こうにも怪異を…」

「まぁ想像だけどさ」

「あり得ますね…」

「そか…」


2人で暗い表情を浮かべる。


「俺も残してきてんのよ…まぁ離婚してるから向こうは気にしてないだろうけど…あ、娘の写真見る?」


スマホに保存されている娘の画像を見せると、目の前の少女の顔にも可愛い笑顔が浮かぶ。

年齢が近そうな事もあってか、娘の歩美とよく似ているように思う。

俺がここに来て途方に暮れていた時に手を差し伸べてくれたのが目の前の少女だ。

先程披露したこの町の知識も殆どが彼女から教えて貰ったもので、彼女がいなければ俺はとっくに絶望していただろう。


「私も向こうに大事な人がいるんです…」

「そうなんだ…いやそりゃそうか」

「弟なんですけどね」

「弟さんかーさぞかし可愛いんだろうなぁ」

「可愛いですよ!それはもう!」


不思議な魅力のある彼女は、自らを更科(さらしな) (ふう)と名乗った。



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