風
目の前にいる男性が味のしないおにぎりを口に入れ、泣きそうな顔をした後にゴクリと飲み込む。
はぁと溜息をついた後、胸ポケットから煙草を取り出すも、何かを思い出したように表情を曇らせて、そのまま煙草を胸ポケットにしまう。
「気にせず吸ってもらっていいですよ?」
「ん?ああ、いやいいんだ、それにしても…朝でも暗いままなのは気が滅入るね」
ニコリとこちらに笑顔を向けるその男性は、先日きさらぎ駅に足を踏み入れた…と言うか取り込まれたと言うか…牧野 順さんと仰るサラリーマンの男性です。
弟の景ちゃん達がここを脱出して以来の犠牲者…と言いましょうか被害者と言いましょうか…。
幸い、牧野さんが絶望する前に、私が彼を匿う事に成功しました。
そして私は更科 風、遠い昔にこのきさらぎ駅で絶望してしまい、その魂だけがいつまでもこうして囚われてしまっている…。
幽霊…なのでしょうか?自分でもよくわかっていません。
景ちゃんと一緒に電車でここを脱出したあの日、私は自分が消えるのだと思いました。
怖くなかったわけではないですが、景ちゃん…約束を果たしてくれた弟の存在が恐怖より嬉しさを与えてくれていました。
成仏ってこう言うのかなぁ…なんて思っていたんですけど…気が付くと私は元のきさらぎ駅でに倒れていました。
原因は分かりませんが…きさらぎ駅の力はそれほどまでに強力だったのでしょう。
私は電車に乗っても解放されない…その事実はとても耐えられるものではなく、私はそこから動く事もできず、ただただ無為に過ごしていました。
「牧野さん、お水です、どうぞ」
「え、あ!ごめん、わざわざ」
じっと横になり時間が経過するだけの日々でしたが、牧野さんがここに来て、号泣する彼を見て徐々に身体に力が戻るのを感じました。
私は景ちゃんに「私のような犠牲者が出ないようにしてあげて」とお願いしました。
ならば、お姉ちゃんである私だって、景ちゃんのお手本にならなくては!
ここに取り込まれた人達を助け、脱出させる!それが私がこうして形を保っている意味なのではないだろうか。
「明日は駅を越えて向こうに行ってみる…変なのがいないといいけど」
「………無理はしないほうが」
「いや、脱出できる方法は多いほうがいい!電車に乗れない人でも帰れる方法があればきっと安心できる!」
私は牧野さんに景ちゃん達がここに来て、そして脱出した事はまだ言っていない。
あの日から脱出に使ったラジコンやノートパソコン、そしてスクーターが無くなった。
つまりあの時と同じ方法は到底取れそうにない上に、少しの希望が残酷な絶望になる事を私は知っているからだ。
「前向きですね、あんなに泣いてたのが嘘みたい」
「風ちゃんのおかげかな…」
「え?」
「風ちゃん見てると娘を思い出しちゃってね…いい所見せなきゃと言うか、怖がってる場合じゃないと言うか…いや怖いのは怖いんだけどね」
「…思いついた事は…何でも相談してくださいね」
「頼りにしてます…そういえば、ここにいる化け物って俺が見た事ある他にはどんなのがいるんだろう?」
「そうですね…私が知っているのは…追いかけてくる上半身だけの女性とか、追いかけてくる真っ黒な影とか…」
「追いかけてくる奴ばっかり…」
「あとは…赤いワンピースの女性とか、凄く背の高い女性とか…」
「女の人も多いな…」
「やっぱり映画とかでも女の人のお化けが多いからですかね?」
「そういやそうだね、お岩さんも雪女も女性だし、大昔から女性の方が怖い存在だったのかな?」
「奥さんと娘さんに怒られますよ?」
「実際に怖かったからなぁ…」
「そういう事を言っちゃうから離婚しちゃうんですよー」
「うへぇ…」
今までに見た事のある異常を思い出しながら口にする。
これまでは私の存在自体が相手を恐れさせてしまうかと思い、積極的にこちらから関わろうとはしなかった。
それが結果的に脱出できたはずの人も見殺しにしてしまったかもしれない…。
そう思うと、胸にズシンと重いものが伸し掛かる。
「俺は風ちゃんに拾ってもらえて幸運だったな」
そんな私を見越したのか、牧野さんがカラカラと笑いながら私の頭にポンと手を乗せる。
「車は動くんだよね?」
「はい、ただ過去に見た人達は同じ道に帰ってきてしまうようで…あまり意味がなかったみたいです」
「あー…車で線路を走ったらとも思ったけど駄目そうか…」
「車以外にも電源が独立している物は使えるみたいです、電池やそれで動く物も使えるみたいですよ」
「うまくその辺を使えたらいいけど…そう簡単に良いアイデアは浮かばないなぁ…くそう」
「ですよね…でも…きっと何か方法はあるはずです!」
「うん、そうだね」
景ちゃん、私も頑張るからね。
これ以上ここでの不幸な人を作らないように、そして叶うならいつかここを脱出し、景ちゃんに会えるように…!
ムンと拳を握り、私は再度その決意を新たにするのだった。




