きさらぎ駅【備】
「店が開いているのはありがたいね」
商店街を進み、いくつかの店を物色し、使えそうな物を手に取る。
「このきさらぎ駅がどういう空間なのかは分からないが…さっきの家では電気は通っていないようだったから…いささか不安なのだが…」
「水は出ましたよね?確か」
「うむ…道具を道具として使えるのか…」
試しに子供向けの玩具の銃の引き金を引いてみると、プラスチックでできたそれはバキュン!と電子音を立てながら激しく点滅する。
「おっと、これは嬉しい誤算だね!」
「電気は通ってなくても電池で動く物は動くって事ですかね?」
「かもしれないね…水が出るのももしかすると、飢えや渇きで死なせずに、あくまでも絶望させる事が目的なのだとしたら理解できる…」
「こっちで色々と高額な物を取って向こうに帰ったら…」
「景ちゃん…」
「景君…」
「あはは、やだなぁ冗談ですよ冗談!」
皆の視線に慌てて弁明する。
ただでさえ謂れのない罪を被せられるサークルだと言うのに、なんて迂闊な発言をしてしまったのだろうか。
「そ、そういえば姉さん」
「ん?」
「電車って…不定期で来るって言ってたけど、それには絶対誰かが乗ってくるの?」
「え…あ…どうだろう…毎回見てたわけじゃないから…」
「そうか、それも思慮に入れないといけないね…」
「どういう事?」
「いや、もしも絶対に誰かを乗せてくるのであれば…その人を放って置くわけにもいかないだろう?」
「勿論、俺達の脱出が最優先ではあるんだけどね…」
「となると、私の考えていた案その1は却下になってしまうな…」
部長がそう残念そうに呟く。
「ちなみに案その1とは?」
「電池が動くという事はバッテリーも動くだろう?うまくいけば車も動くんじゃないかな?と思ったわけだ」
「なるほど」
「そこでだね、景君の運転で電車の横を並走してもらってだね…そのままこう並走する電車に飛び移るという…」
「俺ペーパードライバーって言いましたよね」
「私にそんな映画のような身体能力はありません」
「千影君に無理なら私にできる訳が無いね」
カラカラと笑う部長に呆れたような視線が突き刺さるが、本人は気もしていないようだ。
「でも車が動くのかって言うのは大事かもしれませんね…何かに使えるかも」
「動きますよ」
「本当ですか!?」
「はい、ここに来た誰かが運転して脱出しようとするのを何度か見ましたから」
「…でも車では脱出は無理なんですよね?」
「…はい、何度か試していたようですが…同じ場所に戻ってしまうみたいで…そのまま車の中で…希望を無くしちゃった人も…」
「少しの希望は絶望を引き立てるからね…」
そうなのだ、人間とは最初から無理だと思っている事が、実際に無理だった時よりも、少しの可能性を感じた時に無理だった時のほうが大きく絶望してしまうのだ。
この町がそこまで狙っているわけではないかもしれないが、全くもってよくできている。
「案その1が駄目ならば…どうするかねぇ…」
「そりゃ…来た時みたいに窓を割って…になるんですかねぇ…」
「本来であれば外から電車の扉を開ける方法はあるのだが」
「そうなんですか?」
「うむ、非常時にそういった操作ができないと困るだろう?」
「確かに…」
「だが、来た時も緊急停止ボタンは使えなかったからね…期待薄かもしれないね…」
「次の電車がいつになるかも、その次があるのかもわからない以上、あまりチャンスはないように思いますね…」
「そうだね…」
「ここが化け物の腹の中っていうなら…」
「うん?」
「暴れまくったら出れたりしませんか?」
「なるほど、セオリーと言えばセオリーだね」
「車があるならガソリンも手に入りますし…爆弾とか作れないですかね…」
「なかなかに物騒な事を考えるね景君は…」
「ルール違反になりませんか?」
「あー…」
「そうか…電車に乗れば帰れるってルールが成立してる以上…他は期待できないかもしれないですね…」
「この町を壊すほど暴れるというのは最終案として置いておこうか」
「ですね…」
幸いな事に怖いモノにも遭遇しなかった俺達は、駅に来る電車が分かるように監視カメラを設置。
姉曰く、「電車は常に一方向からしか来ない」という。
俺達からすればありがたいが、これにも何か意味があるのだろうか…それともこのまま町が広がると逆方向への電車も来るようになるのだろうか?
他にも使えそうな物をいくつかセッティングし、不安は残るものの一応の準備は完了した。
「これでよし、ただし電車が来るのが分かってもすぐ動けなければ意味が無いからね…」
「あのクレヨンの家まで戻ってたんじゃ遠すぎますね…」
「かといって駅にいても電車は来ない…」
「景君のお姉さんが検証したところ、改札を出て50m…」
おおよその位置まで歩いて移動する。
「おそらくこの自動販売機の辺りがラインだね」
部長がパンと自動販売機に手をつく。
「でしたら…ここを拠点にされますか?」
「そうだね、丁度すぐ横にバス停がある、そこで待機するとしようか」
ベンチに腰掛けるとドッと疲れが押し寄せる。
そんな事を言っている場合でないのは分かっているが、この気が休まらない町のせいもあり、数時間でも普段以上の疲れを感じてしまう。
隣に腰掛けた部長も同意見なのだろう、グウと腹の虫を鳴らしながら苦笑する。
「部長…その…これ」
部長の腹の虫を聞いた千影さんが鞄から何かを取り出して、おずおずと差し出す。
「これは!!お弁当じゃないか!!!」
部長が目をランランと輝かせながら千影さんからお弁当箱を受け取る。
「あまり見ないでください…荷物を離さないように必死で中身も崩れてしまってるでしょうから…」
「何を馬鹿な事を!こんなに美味しそうな弁当初めて見るよ!!」
「あ!部長だけズルいですよ!部長はさっき豚汁舐めたんだから唐揚げは俺が先ですって!」
「部長!?豚汁舐めたって…!?」
「豚汁も美味しかったよ!でも私には量が少なかったから…またお願いしてもいいかな?」
「なんて馬鹿な事を…もう…しょうがないですね…」
「景ちゃん!私も卵焼き欲しい!」
「崩れてしまってますが…よければどうぞ」
「やった!」
「うまっ!お店顔負けですねこりゃ!」
「美味しい!甘い卵焼き!!」
「唐揚げはやっぱりもも肉じゃないと…うんうん…さすが…千影君は良いお嫁さんになれるねぇ…」
「もう!皆さん褒めすぎです!!」
耳まで真っ赤にした千影さんがソッポを向くのを皆で笑い合う。
皆でキャンプに来たのかと錯覚してしまうほどに温かい空間がそこにはあった。
遅筆…申し訳ないです




