きさらぎ駅【聞】
「お姉さん…なのかい…?」
「私は…その子に…ここに連れてきて貰ったんです…」
部長と千影さんの声もどこか遠くに聞こえる。
俺の目の前の少女は、あの日のままの姉の姿そのものだった。
子供の頃、扉の向こうに置き去りにしてしまったあの時のままの少女。
「お…遅くなったよね…ごめん…本当はもっと早くに来たかったんだけど…」
何を言えばいいのか分からない。
再会を喜べばいいのか、俺だけが逃げた事を謝らなければならないのか…
怒ってはいないだろうか、俺を覚えているだろうか…頭は混乱し、言葉にならない言葉が喉の奥で引っかかっている。
「分かる…かい?俺の事…俺…俺だよ、弟の景だよ…ちょっと大きくなっちゃったけど…」
膝をつく俺に少女は近付き、その手を伸ばしてくる。
「俺…」
ひんやりとした指先が俺の頬に触れ、何かを確かめるかのように優しく撫でる。
「………遅いよ、景ちゃん」
そう言ってニコリと微笑んだ少女は、あの日と何一つ変わらない優しい姉そのものだった。
「『姉さん』だって、ふふ…『お姉ちゃん』って呼んでたのに」
少女…姉にギュっと抱きしめられ、頭をヨシヨシと撫でられる。
俺の目からはボロボロと涙が溢れてくる。
止めようと思っても次から次へと溢れてきて止められない。
みっともなく、情けなく、声を上げて泣く俺を見て、嬉しそうに微笑む姉の目にも涙が浮かんでいた。
少々俺の嗚咽が続くのでこの先はカットさせてもらおう。
「さて、落ち着いたかね?景君」
「…はい、みっともない姿をお見せしてしまって」
「とんでもないです…ぐす」
千影さんはどうも貰い泣きしてしまったようだ。
「はじめまして、景君のお姉さん、私は西 東吾、景君にはいつもお世話になっております」
「私は、我王 千影と申します、景君は本当にムードメーカーで…温かい存在です」
「あ!ありがとうございます!私は更科 風って言います!景ちゃんの姉をやっています!」
「さっそくで申し訳ない…色々と聞きたいことはあるのですが…まずは…この場所は一体何なのでしょうか?」
「あくまで私の考えなんですけど…いいですか?」
「勿論」
「ここは…化け物の胃の中みたいなものなんだと思います」
「化け物の胃の中…」
俺は姉の言葉を反芻する事しかできなかった。
「ここに私が来て以降、定期的に他の人も電車に乗ってここに訪れます…」
「ふむ…」
「そしてその度にこの町は…大きく、複雑に広がっていきます…」
「だからか…」
「だからと言いますと?」
「いや、きさらぎ駅の最初の話だと、『駅の周りには民家も人の気配も無い』のだよ」
「民家も…」
「うむ、だが我々の降りたここには民家どころか住宅街に商店街まであった、本当に同じきさらぎ駅なのかと思っていたが…町全体が広がっていると言うのなら納得がいくね…」
「もうひとつ」
「?」
「怖いモノも次第に増えていってるんです」
「怖いモノ…?」
「ここに来た人達が怖いと思っているモノなのかどうかは分からないんですけど…」
「うむ…」
「この家もそうですし…お化けみたいなモノもどんどん増えています」
「我々も先程…両足に追いかけられたのだが…それもそうであろうか?」
「そうだと思います…他にも…上半身だけの女の人や…真っ赤なワンピースの女の人…」
「ここにもいんのか…」
俺はてけてけの件を思い出し、眉間に指を当てて深いため息を吐き出す。
「人が増える度に怪異なる存在も増え、そして町は成長する…というわけだね?」
「はい」
「にしては…他の人の気配が感じられなかったが…」
「………それは………」
姉がチラリと俺の方を見る。
何やら言い難い事なのだろうが、俺は黙って頷き、先を促す。
「ここは…怖いですよね…」
「うむ、凄く怖いね」
「怖くて…帰る方法も分からなくて…どんどん心も萎えていって…」
「…………」
「憔悴して…絶望しきった時に…その人は食べられちゃうんです」
「食べられ…ちゃう…のかね…」
「そうです…あ、さっき胃の中って言ったから…食べられちゃうと言うよりは…溶かされちゃうかな?」
「いやそれはどっちでもいいんだけど…」
「何さー」
「ごめんって、それで…溶かされちゃうとどうなるの?」
「うん…絶望しちゃって…もう気力がなくなった人達は…消えてしまう」
「消える?」
「うん、文字通り、もう二度と現れないし…向こうに帰るわけでもない…」
「消滅してしまうのか…」
「この町は…そうやって多くの人を取り込んで成長してるの…」
「そんな…」
「なるほど…」
「あ!私がそう思っただけで、そうとは限らないよ!」
「いや、それで合点はいきますな…この町の広さに、都市伝説の具現化」
「誰かの意識下…深層心理が影響しているのかもしれませんね…」
「もう一つよろしいか?」
「はい?」
「お姉さんは…その…なぜ…その…」
部長が姉に聞こうとしている事は分かる。
俺も気にはなっているが、怖くて聞き出せなかった事だ。
質問しづらいだろうが、きっと俺の代わりに聞こうとしてくれているのが痛いほど伝わってくる。
「その姿…そしてご無事だったのは…一体どうして…?」
「私にも分からないんですが…時間の流れが違うのかなって…景ちゃんがこんなに大きくなっててビックリしました」
「ふむ…」
「無事だったのは…」
「うん」
「景ちゃんが来てくれるって信じてたからですね…絶望なんかしてられるかー!って」
「姉さん…」
俺の隣からまたしても貰い泣きをしたであろう千影さんのすすり泣きが聞こえてきた。
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