第百一話 羞恥懇願
朝日が差し込む部屋。
いつもならこんな柔らかな日差しをみると心が弾むものだった。
しかし最近はいまいち気分が乗らない。
私は早めに起きて着替えや身だしなみを整え終わっていた。
髪はいつものごとくゴワゴワして櫛が通り辛い。
ショートカットじゃなければ髪の手入れは投げ捨てていたかもしれない。
(同じ様な髪質でロングのマリーを尊敬するわ)
鏡を覗き込んで色々チェックする。
顔色も特に悪いという事はなくいつもの通りだ。
……ちょっと無理矢理笑ってみる。
明るく快活そうな少女の顔。
……うん……まぁ大丈夫かな?
チェックを終えベッドに腰かけると、傍に立てかけてある剣を手に取る。
シュー
鞘から抜いて見る。
冷たく鈍い銀色の光沢の刃。
しっかりと手入れしてあり欠けや反りなどはない。
(私は……あの時何を……)
コンコン
部屋が軽くノックされ、私は剣を鞘に納めると首を振って気分を変える。
「今開けるわ」
ドアを開けた瞬間、
「おねぇ様!!」
クレアが抱き着いて来た。
おさげがポンと跳ねる。
私も以前ほど慌てることはない。
もはや最近のルーチンと化しているからだ。
ランタナ男爵の一件は私達やクレアの証言、そして護衛達の証言により、ランタナ男爵の悪事が露見した形となった。
ランタナ男爵の爵位は無くなりランタナ本人は極刑。
そして亡くなったもののトラノさんに男爵位が戻された。
最高責任者であるツワブキが改めて私達に謝罪してきたが、もはや私達には解決したことだった。
トラノさんは死んでランタナは捕まって、魔族達の目論見も防げて……そう言う事だ。
後味の悪い一件としか言いようが無かった。
一応謝罪ついでにツワブキの署名を頂いている。
これでカタクリの国巡りも完了となった。
しかし……私達は未だ出発せずクレアの館に厄介になっている。
そうして一週間……クレアの毎朝のルーチンが作られたと言う訳だ。
「クレア、おはよう」
「おはようございます、おねぇ様!」
カンザキが死んでショックを受けていたクレアだが、徐々に立ち直ってきている。
私達が……寧ろ私? がいる事で日に日に元気になっているようだ。
「おねぇ様! 今日の朝食はマフィンです! 楽しみですね!! 蜂蜜もたっぷり……」
「あの……クレア?」
「はい? なんでしょう、おねぇ様?」
クレアは笑顔で私の顔を見つめる。
落ち込んでいたのが嘘の様な弾ける笑顔だ。
「私達、そろそろ次の国へ……」
「ああー!! 急に眩暈が!! お父様!!」
よよよと泣き崩れるクレア。
ドレスの袖で顔を隠し、
「私は独りぼっちになってしまいました!! ここでおねぇ様に捨てられれば……もう……生きる気力が……」
「はぁ~……分かった。 分かったわよ」
「はい! ありがとうございます!! で!マフィンなんですけど……」
こんな感じだ……。
最初はクレアに苦言を言っていたリアやマリーだったが、二人の言葉は全然堪えない様で、リアもマリーもついにクレアの事は私に丸投げして経過を観察中だ。
カンナは最近、クレアの家にある本を色々読んでいるようだ。
勉強熱心と言うか……私には無理だなぁ……うん。
(でもいい加減、カタクリを発たないと……)
考え事をしながらクレアに引っ張られて……気が付くと食卓に着いていた。
周りには忙しく駆け回るメイド達の姿。
私とクレアが席に着くとテキパキ食事の準備をしてくれる。
「あれ? そう言えばカンナ達は?」
「カンナ様やリア様、マリー様は既に朝食を摂られています。 私はおねぇ様と食べたかったので」
そう言って頬を赤くして私の方に近付く。
席の間は広く取られているはずなのに、気づけば30cm程度まで近寄っていた。
焼き上がったばかりのマフィンが並べられ、山盛りのバターや器一杯の蜂蜜がテーブルに並べられていく。
それらを見ながら、
「ねぇ? クレア」
「はい? 何でしょう、おねぇ様!」
ずずぃと身を乗り出すクレア。
「色々ありがとう。 でも明日発つわ」
はっきりと言い切る。
クレアは……ちょっと目をぱちくりさせ、
「そう……ですか」
声のトーンがすっごい下がった。
この世の終わりみたいな声だ。
そして顔を上げると、
「……実はおねぇ様にお願いがあります」
真剣な眼差しで私を見つめる。
(……えっと? 瞳潤んでない? 変な事頼まないよね?)
私は気が気じゃなく……クレアの話は続いている。
「おねぇ様の……を……頂きたいのです!」
「ぶっ! ふぇ!? な? え?」
いきなりの告白?……しかし日頃の言動的に「やっぱり」と思わないでもない。
クレアが更に席を寄せてきた……すでに距離は10cmもない!
「ちょっ! ちょっとクレア!!」
「お願いします! おねぇ様!」
クレアが私にひしと抱き着いて来た!
私は頭の中が真っ白になる!!
(ええぇ! まさかここで!? ここでなの!? ここ食堂なんだけど!?)
そんな私に構わずクレアはギュっと力を込めて抱き着いてくる。
あまりの展開に私も顔が赤くなるやら青くなるやら……、
(周りにメイドもいるんですけどぉ!? 公開なの? 公開形式なの!?)
と、慌てていると……。
「お願いします! 力を……力を貸して頂きたいのです!」
「…………え?」
ポカンとなった私に構わず、
「以前お会いした代表者の中に……って、あれ? おねぇ様? 聞いてます??」
クレアが不思議そうに訊いて来た。
でも私は……それが遠くから聞こえてくるように感じる。
(あ……ああ、なんだ~頂くって『力を貸して』って事か)
私は急に力が抜けて机に突っ伏した。
(ははっ……全く、私ったらとんだ早合点……を…………?)
そこで気付いた。
(これじゃ私の方がそーいう事考えているみたいじゃない!!)
クレアの言動に感化されたとしても……私ったらなんて事を!!
「いやいや!! 私そんな子じゃないからぁーー!!」
大声で叫んで席を立つ!
「はっ?」
「え?」
「ひゃぁ」
突然の叫びにクレアとメイド達が固まった。
みんな唖然となって私に視線を向けている。
「あ~……えっとぉ……」
みんなの視線を一斉に受けて……頭を少し掻きながら、
「ごめんなさい、何でもないです」
ストンと腰を落として椅子に座り直した。
「……あの? 大丈夫です? おねぇ様」
クレアが心配そうに見てくるが、
「ああ、うん、大丈夫……」
うぅ……色々と恥ずかしぃ。 正に穴があったら入りたいってやつだわ。
私は恥ずかしさから俯いて顔を隠し、
「えと、お話どうぞ」
話の続きを促したのだった。




