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サイコロに選ばれた道


 自分のスキルを信じることが出来なければ、ダンジョンでは生きていけない。

 スキルとは才能だ。不思議な世界で突然ぽんと渡されたものではあるが、それは確かに自分の才能なのだ。だから信じなければいけない。信じるのだ。


 ――そんなようなことを自らに言い聞かせながら、日向汰は歩いていた。


 ぎこちなく、挙動不審であるが、前へと進んでいた。

 モンスターへの警戒を、最大限にして。


 しかし進んでも進んでも、宝箱はない。

 そして進めば進むほど、後悔と不安は増していった。


「……モ、モンスターに襲われたら、逃げられるの、かな……?」


 いや、無理だろう。

 現実的に考えれば、その可能性は0に近い。


 じゃあなぜそんな危険な場所に来てしまったのかと言えば、それはもちろん【イカサマダイス】に従った結果なのだが、しかし日向汰は一応馬鹿ではない。

 なにも【イカサマダイス】だけを信じて死地に飛び込んだわけではなかった。


 ネットの情報によれば。

 まず基本的に大きいモンスターは広い場所を好むため、狭い道には出にくい。

 狭い道に出るのは雑魚モンスターだが、ここはボス部屋の近くなので雑魚はいない。

 モンスターは強さに比例して大きくなりがちなので、小さくて強いモンスターはかなり珍しい。

 つまり、この道の先がどうなっているのかは不明だが、とりあえずこの狭い道でモンスターに出会う確率は高くない。


 が、日向汰はそうゆう確率の低いハズレクジを引いてしまった経験が、人生で何度もあった。

 大人数のジャンケンに負けたり、席替えで一番嫌な奴の隣になったり、大事な日に限って風邪をひいたり……そんなことはよくあることだった。

 もしかしたらダンジョンに来てしまったことだって、その中の一つに加わるのかもしれない。


 日向汰の思考はどんどんネガティブになっていった。

 この選択は間違いだったのではないか、今すぐ走って広場に戻り、出口の扉から逃げるべきなのではないか、気付けばそんな自問自答を繰り返していた。


 そして日向汰は足を止めると、来た道を振り返った。

 拳を強く握り、目を閉じる。


「…………いや、違う。それじゃダメなんだ。ぼくは今……ダンジョンにいるんだから。……変わら、なきゃ……」


 再び前へ進み出した日向汰は、歩くスピードを上げた。

 しかし今までが遅すぎたので、客観的に見ればやっと普通に歩き始めただけだった。

 




 ――そうして日向汰の体感で、一時間以上の時が経った。

 しかし携帯電話を出して時間を確認すると、まだ三十分も経っていなかった。


 サイコロに選ばれたこの道は、ここまでずっと一本道だった。

 この道は進むほど徐々に狭くなってきて、狭い所が割と平気な日向汰も、今では圧迫感を感じるほどになっていた。


 しかも広場の辺りと比べかなり暗くなっている。

 光源は天井に生える、あの最初の部屋にもあった光る花なのだが、その光量が弱まっているのだ。

 それなのに広い間隔を空けてぽつぽつと一本ずつしか生えておらず、花と花の中間などはほとんど光りが届いていない状態であった。


 モンスターに対する恐怖心だけでもいっぱいいっぱいなのに、問題はどんどん増えていく。日向汰にかかる心身へのストレスは、凄まじかった。


 だんだん、自分が今どうしてこんなことをしているのか分からなくなってくる。

 自分はなぜ、一人こんな固い石の上を歩いているのか。

 なぜ、こんな道に進むことを選んでしまったのか。

 どうして、こんな場所に憧れを持っていたのか。


 日向汰は早くもダンジョンに来たことを後悔し始めていた。

 そのため、必死に自分を騙そうとしていた。


「……これはチャンス……ピンチじゃない。チャンス……これはチャンス……チャンス、チャンス……ピンチじゃない……チャンス……」


 ぶつぶつと同じことを繰り返す姿は、なんだか気味が悪くて、まるで日向汰ではない人間が乗り移ったようだった。


 が、時折、暗闇の中で側壁に生える大きい葉っぱを、モンスターと勘違いしてビビりまくりのリアクションをしていたので、やっぱり日向汰は日向汰だった。



 ――そうして、進むほどに際限なく暗くなる道は、とうとうまともに足元が見えないほどの闇になった。

 だが日向汰の中に、何もみつけず戻るという選択肢は、すでにない。

 このまま戻るのであれば、きっと自分は一生変われない。ダンジョンでも負け犬として生きていくことになる……そんな強迫観念のような思考におちいっていた。


 幸いなのは、モンスターの気配が全くないことだろう。

 なんだかんだで日向汰も、この状況に慣れてきた。

 日向汰はこれまで温存していた最後の切り札、携帯電話を取りだした。

 覚悟を決めて、ライトを付ける。


「……ああ……やっぱり、ネットが使えなくても、ケータイはすごいな。没収されなくて良かった……」


 日向汰は恐怖を紛らわすためか、独り言が増えていた。


「明かりを付けたらモンスターにみつかっちゃうかもしれないけど、でもこんなに暗かったら歩けないし、しょうがないよね……」


 ライトの光は歩くのに不自由しない程度の最小限にまで抑えているが、確かにモンスターに襲われる確率は上がってしまうだろう。


 不安は強くなるばかりだが、日向汰は歩みを遅くはしなかった。

 ここまでくると、ゆっくり歩くのもそれはそれで怖いのだ。

 どっちにしろ怖いのなら、早くこの時間を終わらせたかった。



 途中、天井が低すぎて立って歩けない場所や、障害物の岩だらけの場所、完全に光りが消えた真っ暗闇な場所、またそれらが複合した場所などに、日向汰は苦しんだ。

 しかし全てをなんとか越えた。



 ――そして日向汰は、終着点へと辿り着いた。


「……宝、箱だ……」


 崩れ落ちるように膝をつく日向汰。

 ライトで照らされた道の行き止まりには、大きな四角い岩があった。

 一見ただの、道に同化するような灰色の岩だが、それは今まで出会った邪魔なだけの岩とは違って、模様が彫られていたし、よく見れば確かに宝箱っぽく見えた。


 日向汰は泣いていた。

 まだ宝箱の中身も見ていないのに。

 少し大袈裟だし、男として情けないが、誰も見てないので問題はないだろう。


 それに、ここは行き止まりで、これまでの道はずっと一本道だった。

 そして道中でモンスターには出会わなかった。

 つまりここはとりあえず安全である。


 日向汰は安堵のあまり全身から力が抜けた。

 張り詰めていた緊張の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せる。


 時間を確認すると、歩き始めてから三時間以上が経っていた。

 が、日向汰としてはまだそれだけしか経っていないのか、という感覚だった。


 カバンを下ろすと、ゴツっと固い音がした。

 あの重い石版を入れているからだ。

 日向汰は、どうせ行き止まりなら広場の端にでも置いてくれば良かったと、自らの要領の悪さを呪ったが、その顔は笑っていた。


「まあ、仕方ないよね……どうなるかなんて、分かんなかったんだし……」



 もう、この達成感だけでも帰っていいくらいに満足していた日向汰だが、さすがにそれはありえないだろう。お楽しみはこれからである。


「……何が入ってるんだろ? 空っぽ……とかは、やめて欲しいな……」


 そんな縁起でもないことを言いながら、日向汰はわくわくとした表情で宝箱のふたに手を掛けた。



 ――が、重くてビクともしなかった。


「…………え?」


 動揺しながら、今度は体勢を整えて、しっかり蓋に両手の指をひっかける。

 一度息を吐いてから、全力で持ち上げようとした。

 が、やはりビクともしなかった。


「……はぁ、はぁ、はぁ……はぁ………………えっ、うそでしょ……?」 


 嘘じゃなかった。

 何度か試すが、ただ指の痛みが増していくだけだった。

 巨大な岩の宝箱は、まさかの強敵らしい。


 仰向けで倒れ込んで、荒い息を吐く日向汰。

 スタミナとスピードは人並みくらいにはあるが、パワーは全くなかった。



 ひょろい日向汰は筋トレをしようと思ったことは何度もあったが、調べてみると筋肉はしっかり栄養を取らないと効率良く付けることは出来ないようだったので、大人になって食費を安定して稼げるようになってからでも遅くはないと思っていた。

 筋肉を付けるのにもお金はかかるのだ。


 日向汰は母を亡くしており、父は仕事人間で家にはあまり帰らない。

 そして、高校受験を見事に失敗した日向汰は、その父に見放されていた。

 家に帰れば黙って寝転んでいても温かい料理が出てくるという環境ではない。

 食費を減らすか、バイトを増やすかの二択で、日向汰は前者を選んだ。



「…………よし」


 少し休んで体力を回復させた日向汰は、ゆらりと立ち上がった。

 もう形振なりふり構ってはいられなかった。


 見たところ、この宝箱は蝶番ちょうつがいでパカパカと開けるタイプではない。

 というか率直に言えば、ただ岩の上に岩が乗っているだけだ。


「壁の近くにあって、良かった」


 宝箱に一番近い壁の前に移動し、腰を下ろす。

 壁を背にして、宝箱の蓋――つまり上の岩に足の裏をセット。

 腕がダメなら脚で開けるまで。


「ふぅ~…………おりゃぁ!」


 あまり男らしくはない雄叫おたけびを上げながら、全力で踏ん張る日向汰。

 上に持ち上げるのではなくて、横に押してズラすつもりだ。

 しかし実際の所、宝箱の構造次第では、この戦法は全くの無意味になる。

 それでも日向汰は、この岩の宝箱が原始的で雑な作りであることに賭けた。


「んんあああ~~~~っ!! ……あれ? 今……」


 日向汰は宝箱から岩の擦れる音が聞こえた気がした。

 急いで確認すると、微妙に上の岩がズレていた。


「……やった」


 日向汰は賭けに勝ったらしい。

 再びポジションを元に戻し、全身の筋肉を総動員して力を尽くす。

 もう迷いはない。

 あとは怪我をしないようにだけ、気を付ければいい――





「……はぁ、はぁ、はぁ……っ……はぁ、はぁ、はぁ……き、キツすぎる……」


 日向汰はマラソンを走りきったみたいに、荒い息を吐いて汗だくで倒れていた。


 しかし長時間にわたる戦いにより、上の岩はかなりズレていた。

 そろそろ休憩もしたいし、なにより中身を確認したい。

 日向汰は起き上がって、壁に立てかけていた携帯電話を手にした。

 宝箱の中をライトで照らす。


「……え……? ……なべ……?」


 鍋だった。

 大きな宝箱の中には、小さな黒い手鍋が入っていた。

 一人分の即席ラーメンでも作るのにちょうど良さそうなサイズの。

 特徴は、その長い取っ手だろう。


「いや……なべ……鍋なの? ……鍋?」


 日向汰は必死に鍋以外の内容物を探すが、しかし鍋しか無かった。

 強力な武器などを期待していた日向汰には、かなりのショックだった。


 しかも隙間から手を伸ばして取り出そうとしたが、無理だった。

 鍋を取り出すには、まだもう少し頑張って筋肉を酷使しなければいけないらしい。


「…………まあ、空っぽじゃなくて、良かった……うん。ぼく、料理嫌いじゃないし……うん。大事だよね、鍋……うん」


 とか言いつつ心が折れそうだった日向汰は、少し休憩することにした。


 カバンから愛用の水筒を取り出し、中の白湯さゆをゆっくりと口に含む。

 最近冷えてきたので白湯にしたのだが、運動後の熱くなった身体には、常温の水道水の方が良かったなぁと、ぼんやり日向汰は思った。

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