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サイコロ


 ――ふと、日向汰は右手に違和感を感じた。

 なんだろうと手のひらを見ると、淡い光りを放ちながらサイコロが出現した。


「わっ……!」


 つい驚いて小さな声をあげてしまう日向汰。

 少しビクつきながら、右手の中に現れたサイコロを観察する。

 指でつついてみたりもしたが、特に変わったところはないように見えた。


【対象の簡易鑑定を行いますか?】


 ポンっと小気味よい音がして、日向汰の視界に文字が現れた。

 その文字はまるで空中に浮いているようだった。


「っ……! ……あ、ああ、鑑定か」


 日向汰はまた一度びっくりしてから、空中の文字を読んで簡易鑑定の存在を思い出し、少しだけ考えて、サイコロから目を離し自分の身体を見た。

 すると新たな文字が現れる。



  朝焼日向汰 レベル0 遊び人

 HP:10/10

 MP:4/10

 スキル:イカサマダイス



「えっ……なんでMP……イ、イカサマ、ダイス……?」


 簡易鑑定はダンジョン内であれば誰でも使える共通スキルと呼ばれるものの一つだが、使用するとMPを1消費する。

 しかし自分のステータスを確認するだけならMPは消費されない。

 ネットの情報では確かそうだったはずなのに、MPが6も減っていたので露骨に戸惑う日向汰だったが、それ以上にイカサマダイスという文字が気になった。

 すぐにその詳細を確認する。



  イカサマダイス  消費MP6

 ダンジョン内でのみ使用可能な特殊なサイコロを召喚する

 六つの選択肢を設定しダイスを振ると、都合の良い目が出る

 ただし純粋な六択から遠ざかるほど、その効果は弱まる



 とりあえずMPの減っている謎は解けた。

 しかしこのスキルは日向汰の全く知らないもので、その説明文もイマイチよく分からないものだった。分かったのは、日向汰の右手にあるサイコロは自身のスキルにより召喚されたということと、おそらく戦闘には全く使えないだろうということだ。


 勝手に召喚されたのは、おそらく初心者のためのダンジョンによるサービスだろう。

 日向汰は、どうせサービスならMPの消費も0にしてくれればいいのにと思った。


 そしてサイコロに気を取られているうちに、扉が開ききっていた。

 これでもう、日向汰とモンスターとの間に壁は無い。



 開いた扉から日向汰は顔を出す。

 ゴツゴツとした岩を集めて作ったトンネルみたいな、狭苦しい一本道だった。

 見える範囲にモンスターはいない。

 地面は一応、普通に歩けるくらいには平らになっているようだ。


「……あ。一本道ってことは、つまり……」


 袋小路、行き止まり、逃げ場なし。

 今ここにモンスターが現れたら終わる。

 日向汰は急いでカバンを肩に掛けた。


 ちなみに、日向汰の持ち物でダンジョンに没収された物はなかった。

 携帯電話もあるし、服装もそのまま。

 白のYシャツにセーター、制服のズボン、ローファーだ。


 部屋を見回し忘れ物がないかを確認。

 石版が目にとまる。どうしようか考えながら、とりあえずチョークを筆箱に入れる。

 そして迷う時間がもったいないと思った日向汰は、石版もカバンに入れた。

 ノートと同じA4サイズなのはいいが、やはり重かった。

 3キロ以上はあるだろう。カバンのひもが肩に食い込んで痛かった。


 石版が何かの役に立つのかは未知数だ。

 こんなに重い物は出来ることなら置いていきたい。

 しかし、もうおそらくここに戻ってくることは出来ない。

 後悔はしたくなかった。それに……図々しくない程度で、もらえる物はもらっておくのが日向汰のスタンスだった。



 ――明かりの少ない一本道を、日向汰は恐る恐る進む。


 どうせ後ろは行き止まりなのだから、急いだほうが良いような気もしたが、理屈ではなく単純に怖かった。


 が、一本道はそれほど長くは続かず、五分ほどで分かれ道のある広場に着いた。

 そして日向汰は、安堵のため息を吐いた。


 広場には、大きく出口でぐちと書かれた扉があった。

 あの扉に入れば、モンスターの出ない場所――いわゆる拠点と呼ばれる、このダンジョンの安全地帯へと転移できるはずだ。

 きっと他の六人とも合流できる。




 ――しかし、日向汰は知っていた。

 ダンジョンに呑み込まれた者が、最初に送られる場所を。

 つまり今、自分がいる場所がどこであるかを。


 ボスの前だ。

 この広場から続く四本の分かれ道のどれかは、ボスのいる部屋へと通じている。

 当然、そのボスを倒せばダンジョンから出られる。

 日向汰の目の前にある大きく出口と書かれた扉とは違う。

 正真正銘、本物の出口がある。


 ダンジョンは、すぐに帰れる道を用意してくれているのだ。

 しかしこんなものは意地悪でしかないだろう。

 いきなりボスなんて倒せるわけがないのだから。


 しいて言うのなら、最初からボスの情報を得られることは、利点かもしれない。

 いくつかの条件が揃うなら、デメリットだけではないのかもしれない。


 が、日向汰には関係のない話だ。

 日向汰は今ボスに会いに行きたいなんて、全くそんな気持ちはない。


「…………けど」


 大きく出口と書かれた扉の前に立ち、日向汰は迷っていた。

 なぜ迷っているかと言えば、ここがボスの前だからだ。


 ピンチはチャンスでもある。

 ボス部屋の付近ともなれば、宝箱から出るアイテムも強力である可能性が高い。

 もしそれをみつけることが出来れば、大きなアドバンテージを得られる。


 実際、この情報はネットでそこそこ有名だった。

 強い武器、便利な道具、大量のお金、スキルカードなどが入っている、ボスの近くだからこそ存在するランクの高い宝箱。

 それが、この分かれ道の先にある可能性は低くないのだ。

 経験者の体験談では、リスクを冒すだけのメリットは、あると言われている。


 とはいえ、日向汰は元来、リスクを自ら背負うタイプではない。

 どちらかといえば逆。安全を第一に考えるタイプだった。


 ただ、日向汰の手には今、サイコロが握られている。

 このサイコロの名前は【イカサマダイス】であり、六択の問題から最善手をみつけることが可能なアイテム――の、はずだと、日向汰は考えていた。


「……六択……なん、だよなぁ……」


 この広場から続く分かれ道は、四本。

 そして今来た道と、出口と書かれた扉。

 日向汰には今、選択可能なルートがちょうど六つ存在していた。


 来た道を戻るというのは、選択肢に含めて良いのかという気持ちはあったが、ここはダンジョンなので、何が起きるかは分からない。

 何が最善かは本当に分からないのだ。


 さきほどの【イカサマダイス】の説明文には、純粋な六択でなければ効果が弱まると書いてあった。

 純粋な六択とは? そこが日向汰の不安視しているポイントだった。

 今、目の前にある六択のルート。これは果たして、純粋な六択であるのか。

 このサイコロは、最善の一択を、示してくれるのか。


「……どう、しよう……」


 ただ、この場面で使えないなら、このアイテムの使い道はかなり限られるだろう。

 三回の選択、その最後の選択で得られる力は、強力であることが定番。

 日向汰はその情報を信じることにした。


 右手に握ったサイコロを、使おうと思った直後。

 日向汰の視界全体が、ほんのりと赤く染まった。


「あ、赤くなった……!」


 突然なにが起きたんだとビクつく日向汰だったが、どうやらスキルの仕様であり害はないようであった。


 手探り状態の日向汰はまず、目の前の扉を一つ目の選択肢にしようとしてみた。

 ほんのりと赤い世界で、扉の前の空間に大きな①という文字が出現した。

 どうやらこのスキルの使い方は別に難しくはないようで、日向汰は安心した。

 スキルの中には嫌がらせかというほど無駄に難解なものもあるのだ。


 日向汰は来た道を②、四本の分かれ道をそれぞれ③~⑥に設定した。

 すると、手の中のサイコロが熱を持ち、見ると微かな光を発していた。

 どうやらこれで準備は整ったようだ。


 日向汰はその場にしゃがんで、ドキドキしながらサイコロを振った。

 ころころと転がったサイコロは、五の目を上にして止まった。

 そして世界の色が元に戻り、分かれ道の一つに設定した⑤の文字だけが残っていた。


「…………五、かぁ……」


 日向汰は内心で、①が出て欲しいと思っていた。

 もし①が出れば、心置きなく安全圏へと逃げることが出来たからだ。


 逃げたいという気持ちが、日向汰の心の中でむくむくとふくらんだ。

 だがスキルを使ったからには、それに従わないという選択肢こそ、ありえないだろう。

 日向汰は極度の緊張と不安で呼吸が乱れ、足が震えていた。


 しかし勇気を奮い起こして、⑤の道へと歩き始めた。

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