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ルールと選択


 ここがダンジョンであるなら、まずやることは一つしかない。

 ダンジョンの中での職業(ジョブ)を決めて、能力(スキル)を得るのだ。


 日向汰の持つダンジョンの知識は主にインターネットから得たもので、その信憑性については決して高いとは言えない。

 それにダンジョンの仕様はそれぞれで異なる。他のダンジョンでは正しい情報だとしても、このダンジョンでは間違った情報になる可能性があるのだ。

 とはいえ、初期の基本的な部分は共通しているはずだった。


 日向汰はこの薄暗く狭苦しい空間に、あるはずのものを探し、そしてすぐに扉の反対側の床に石版が落ちているのをみつけた。

 拾い上げようとしたが、重かったのでやめる。


 A4サイズくらいの石版のすぐ近くには、くすんだ色のチョークらしき小さな棒が落ちていた。

 他にもなにかないか探したが、目に付くのは天井で光る花と、壁の隙間からチラホラと生えている楕円形の葉っぱくらいだ。

 他にあるのは日向汰の私物と、無害なスライムの残骸のみ。

 ジョブ決めのツールが石版とチョークとは、このダンジョンのシステムはかなりアナログというか、古代的であるらしい。


 日向汰は石版に彫られた文字を真面目な顔で読む。



  ~ このダンジョンのルール ~

 一、自ら望んで死のうとしてはならない

 二、モンスター以外に危害を加えてはならない

 三、誓いを立てた約束は必ず守らなければならない



 一と二はどちらも世界的によく知られているダンジョンでのルールだった。

 この二つのルールは、ない方が珍しいくらいだ。


 しかし日向汰は三つ目のルールは見たことがなかった。

 ルールは二つだけというダンジョンも多い。

 とりあえず日向汰はそれが変なルールじゃなくて良かったと思った。


 ちなみに、ルールを破るとダンジョンから問答無用の罰が下る。

 レベルが下がったり、アイテムを没収されたりだ。

 ルール違反が悪質であるほど、罰も厳しくなる。


 その大事なルールをしっかり確認した日向汰は、石版を裏返した。



  ※ 重要 ※

 手のひらを石版の上に置き力を込めて念じてください

 石版が光ったら手を離しても大丈夫です

 光が消えてから表示される選択肢からお好きなものをお選び下さい

 三回の選択であなたの運命は決まります



 裏面の文字はこれで全てだった。

 その内容は日向汰の知るものと大きな違いはなかった。


 とても緊張していたが、もたついていたらみんなに出遅れてしまう。

 日向汰は大きく深呼吸をして、地面に置かれた石盤の上に両手のひらを乗せた。


 目を閉じて、日向汰なりに力を込めて念じてみた。

 しばらくすると、まぶたごしに光を感じたので、ゆっくりと目を開ける。


 石版が光っていた。

 手を離すと次第に光りが収まっていき、石版に新しい文字が浮かんだ。



   スタンダード  /  ランダム



 やはりそれは日向汰の知っている選択肢だった。


 今から決めるのはダンジョンでの職業(ジョブ)だ。

 そのジョブを、基本(スタンダード)職五つのどれかにするのか、それとも無数にある全ジョブの中からランダムに決められた五つから選ぶのか。

 これは、そのどちらにするかの二択だ。


 スタンダードの場合――村人、剣士、盾士、弓士、魔法使い、の五つからジョブを選ぶことになる。

 これら五つのジョブは、あえて分かりやすく点数を付けて言うとしたら、どれも100点満点中で70~80点の優秀なジョブだ。


 それに対しランダムの場合は、ほぼ確実に選択肢にハズレが入る。

 自分に向いた素晴らしい100点のジョブに最初からなれるかもしれないが、逆に選択肢が全て0点のジョブになるという最悪の可能性もある。


 日向汰は、スタンダードなら魔法使いを選ぶつもりだった。

 しかし、魔法使いは強くなるのに時間がかかる。

 そのことから、一部では地雷職呼ばわりまでされていたことを日向汰は知っていた。

 魔法スキルは初心者用のものでもその扱いが非常に難しく、魔法使いは身体的にはなんの補正も受けられないので、最初はとにかく弱いらしいのだ。

 だから成長するまで弱くても守ってくれる仲間がいなければ、簡単に死ぬ。


 少し迷ったが、日向汰はランダムを選ぶことにした。


 自分がもしダンジョンに呑まれたら……そんな妄想を今までさんざんしてきた。

 その中で日向汰は、いつもランダムを選んでいた。

 だから夢が現実となった今も、そうすることにしたのだ。


 ランダムの文字に指で触れても変化がなかったので、チョークで丸く囲ってみる。

 すると石版が再び光りを発して、次の選択肢が表示された。



  パン屋 / 空手家 / サムライ / フードファイター / 遊び人



 五つの選択肢。

 それを確認した日向汰は顔を大きく歪めて、頭を抱えた。


「うそ、でしょ……?」


 想定外の選択肢だった。

 ちょっと現実として受け止めきれないくらいに、最悪だった。

 日向汰は普通に泣いてしまいそうだった。


 ぎゅっと目を閉じ、一度深呼吸をして――バッと目を開ける。

 しかし選択肢は変わっていなかった。当然だ。


「そんな……」


 日向汰の表情はその絶望を物語っていた。



 これが普通の就職先選択であれば、パン屋一択だろう。

 しかしここはダンジョンだ。暢気(のんき)にパン屋を開店できる場所ではない。


 空手家は空手というくらいだから武器は持てないのだろう。

 モンスター相手に素手で立ち向かうとか、シンプルにありえないと日向汰は思った。

 というか日向汰の中で、近接戦闘系のジョブだけは始めからナシだと決まっていた。

 体格的にも、性格的にも、完全に向いていないのだ。


 同じ理由で、サムライも難しい。

 刀で戦うというのはロマンだが、実際にはすぐにポキリと折れてしまいそうだ。

 しかもカタカナのほうのサムライだ。漢字の侍(さむらい)ではない。

 たぶんこれは、罠だ。きっと専用装備のチョンマゲが一生外せないとか、なにかしらの悪質なデメリットが存在するに違いない。ダンジョンにはそういう一面があるのだ。


 フードファイターにおいては、もはや意味が分からなかった。

 まともに考える必要もない気がした。

 ダンジョンは、大食いや早食いを競う場所ではない。

 それに日向汰は貧乏性のもったいない人間なので、きっと向いていない。


 遊び人は、レベル100になったら賢者に進化できるらしい。

 賢者になったら、きっとどんな魔法でも使い放題だ。

 しかし現在、全人類の最高レベルでも、半分の50にすら満たない。

 レベルは高くなるにつれて、急激に上げるのが難しくなることは有名だ。

 おそらくレベルが100になるよりも先に、年齢が100を超えるだろう。



 日向汰は、本当に発狂しそうだった。

 さすがにここまで自分に運がないとは思っていなかった。

 ランダムを選んでも、一つくらいはまともな選択肢が存在するのが普通であるはずだった。そう聞いていたから、だから日向汰はランダムを選んだのだ。


 しかし、そうして自分を呪ってばかりもいられない。

 今は固く閉まっている石の扉だが、これはそのうち自動で開く。

 そしたら、たちまちモンスターに襲われる――なんて可能性は低いだろうが、ゼロではない。ここはすでにダンジョンの中であり、ゆっくり悩んでいる暇なんてないのだ。


 だから今はまだ嘆く時ではない。

 最善の選択をするために、精一杯考える時だ。

 例え選択肢にハズレしかないとしても、大ハズレではなく、小ハズレを選ぶのだ。


 日向汰はフードファイターをまず一番に選択肢から除外した。

 次に、空手家も選択肢から外す。

 残るは三つ。パン屋、サムライ、遊び人。


 安定を取るなら、パン屋だろう。

 ダンジョンはモンスターと戦うだけじゃない。

 下手をすればその中で何年間、何十年間と生活をすることになるのだ。

 過酷な暮らしの中で、毎日焼きたてのおいしいパンが食べられたら、きっとみんなも喜ぶだろう。拠点を豊かにすることも、大事な仕事だ。


 だが――日向汰はずっと、ダンジョンに夢を見てきた。

 それは決して、おいしいパンを焼きたいという夢ではなかった。


 サムライ。戦闘力で考えれば、やはりサムライだろう。

 空手家も強い可能性はあるが、やはり武器を持てないというのはキツすぎた。

 日向汰は自分がパンチやキックでモンスターと戦う姿を想像してみたが、全く勝てそうなビジョンが浮かばなかった。日向汰は人を叩いたこともないのだ。

 サムライがカタカナなのは気になるが、さすがに刀を持てないはずはないだろう。


 そして……遊び人。

 日向汰はずっと魔法使いに憧れてきた。

 特に昔は、ネットでの情報収集の割合も魔法に関することが多かった。

 だから賢者に進化できると噂の遊び人は、全く知らないジョブではなかった。


 そう。日向汰の記憶では、遊び人はその字面から受ける印象ほど、悪いジョブではなかったはずなのだ。

 ただし、それも所詮はネットからの情報だ。

 何年も前のことで、記憶も確かではない。



 それは――とある掲示板のまとめサイトだった。

 土魔術師のジョブを持つスレの主がダンジョンでの冒険を面白おかしく紹介するといった内容の掲示板を、読みやすくまとめたサイト。

 その中で、彼のパーティメンバーにいた遊び人の話題が出ていた。


 遊び人の覚える一見ふざけたスキルが意外にも役に立ち、命拾いしたことがある、そんな話だ。

 たしか【かくれんぼ】でモンスターから隠れやすくなった、とかだった気がする。

 日向汰は必死に記憶を探ったが、やはり明確にはなにも思い出せなかった。

 でも最後は、遊び人が自分で吹いた【くちぶえ】でモンスターを呼び寄せて、逃げ遅れて一人で死んだという笑い話で終わっていたはずだった。


 日向汰は人生でこれほど悩んだことはなかった。

 弱い日向汰は、いつも困ったら楽な道へと逃げてきた。

 だが今回は逃げ道がどれなのかすら分からない。

 しかもこの選択には冗談ではなく命が懸かっている。




 ――しばらくして、扉がゆっくりと開き始めた。

 ゴゴゴゴ……と大きく重い石が擦れる音が聞こえた。

 その音に、日向汰はうつむいていた顔を上げた。


 悩んでも、考えても、どれを選ぶのがベストなのか、答えは全く分からなかった。

 時間がない。日向汰は思考を放棄することを決めた。


「…………もう、これでいいや」


 日向汰が選んだのは、遊び人だった。


 石版が光り、新たな選択肢が表示される。

 三回目、これが最後だ。



  チャンバラ / ブーメラン / パチンコ / みずでっぽう / けん玉


  トランプ / コイン / サイコロ / ホイッスル / マスク



 最後は選んだジョブに関連する選択肢が十種類並んだ。


 この選択によって、武具かアイテムかスキルを得られる。

 多くの人にとって、それはダンジョンで生きていく中での心強い特性となる。


 日向汰は一応、考えることにした。

 ブーメランやパチンコなどの長距離武器は魅力的だ。

 けれど、おそらく他の武器と比べれば強くはないのだろう。

 遊び人はどう考えても戦闘職ではない。

 戦闘系のスキルを多く覚えられるとは思えない。

 なら将来的に考えても、武器系は選ばないほうが良い気がした。


 となると下の段の五つのどれか。

 きっとどれを選んでも、結局は運だろう。

 もう完全に考え疲れてしまった日向汰は、これも直感で選ぶことにした。


 やけくそな動きで、サイコロを丸で囲う。


 日向汰という『遊び人』が、『サイコロ』でダンジョンに挑む。

 それが今、決定した。


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