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ダンジョン行こう


「――待て、玉頭たまがしら。もう少し……詳しく説明をしてくれないか?」


 いきなり公園に連れてきて、一緒にダンジョン行こうとか、ぶっ飛んだことを言い出した王我おうがに、インテリヤンキーのけいが説明を求めた。


「あァ~簡単に言うと、知り合いの知り合いに予知能力者がいてよ、次ダンジョン生まれる場所がここだって、さっき電話で情報が入った。んな感じだッ」


 王我はいつになくテンションが高かった。

 みんなはそれぞれ顔を見合わせる。

 誰もが少なからず混乱状態にあった。


「なにそれ意味わかんないし。オーガっち騙されてんじゃないのー? もしかして意外に壺とか買っちゃうタイプ?」

「ざけんなッ! オレは騙されてねえッ! マジだっつうのッ!」


 ルナの小馬鹿にするような発言に、王我が吠えた。


 日向汰も、街を歩いていたら、持っているだけで幸せになれるという謎の商品を買わされそうになったことがある。でもそれを売ろうとしてきた人があまり幸せそうには見えなかったので、日向汰は走って逃げた。

 そんなちょっとしたトラウマを思い出した日向汰だった。


「――だが俺は……そんな能力聞いたことがない。ダンジョン発生の予知……そんな芸当が可能なら……なぜ国はそれを隠している……?」

「あァ~根本がちげえわ。んな万能な能力じゃねえんだよ。もっとショベえ。せいぜい十分とか二十分とか、そんくれえ先の未来しか予知できねえし、的中率も高くねえし、あと予知の内容は選べねえらしい。しかもソイツ前科モンだしな」

「――なる、ほど……」


 なんだか気まずい空気が流れる。

 王我の話を、信じていいのか。信じるなら、逃げなくていいのか。

 みんながそれぞれ、状況を上手く判断できずにいた。


「てかさー、ぶっちゃけダンジョンってなんなの? ウチよく分かんないんだけどー」

「はァ? ダンジョンはダンジョンだろ。オマエ馬鹿か?」


 ダンジョンとは?

 地球から生まれたものなのか、異界からの侵略なのか、はたまた神の悪戯か。

 仮説はいくらでもあるが、その本当の答えは、誰も知らない。


「あんさ、おれダンジョンって50%で死ぬとか聞いたことある気すんだけど……それってヤバくね?」

「ハッ! 笑わせてえのかよ茶太郎ちゃたろう。よく考えろやッ。日本の半分は老害だろうが。半分が死ぬんならオレらは100で生き残るっつうの! 分かれやッ!」


 王我らしい暴論だった。

 あまりにも自信に満ちあふれているため、まるでそれが常識のようにすら聞こえる。

 ちなみに当然だが、若くて健康でもダンジョンで死んだ人はいる。

 そして正確には半分が死ぬのではなく、生きて帰って来た人が半分以下なのだ。

 ダンジョンの中で今も生きている人間は多い。


「ウチってーっ! よくダンジョンとか知んないんだけどーっ! 危ないんなら武器とか持ってかなくてー! いいんですかーっ!?」


 さっきの質問を適当にあしらわれたので、ルナは半ギレ状態だった。

 平静を保とうとはしているようだが、顔はピキっているし声も荒くなっている。


「ルナ、オマエってマジの馬鹿だったんだな」

「はぁー!? オーガっちには言われたくないんだけどー!!」

「あァッ? んなもん義務教育だぞ?」


 ダンジョンには強力な武器や便利な道具を持ち込めない。

 呑み込まれる際に、ダンジョンに奪われる。

 義務教育ではないが、確かに知っている人のほうが多いだろう。

 この十年間で、その手の情報はニュースなんかでも散々取り上げられていた。


 しかしルナはテレビはドラマとバラエティしか見ない。

 興味のないことには、とことん無知なのだ。

 ダンジョンのことについては、本当になんとなくの漠然とした知識しかなかった。


「……おいルナ。帰るぞ」


 そう言って突然ルナの腕を掴んだのは、女ヤンキーの夜霧よぎり星羅せいらだった。

 黒く長い髪に、黒いマスク、制服のスカートの下に黒のジャージ。

 身長はルナより少し高い170センチくらい。

 いつも不機嫌そうな鋭い目つきも相まって、彼女自身は強く否定するが、その姿はヤンキーにしか見えなかった。


「え……? どしたん、セーラ……」


 ルナは不意を打たれ驚いたような顔で星羅せいらを見ていた。

 他の面々も、ルナに近い表情だった。

 星羅がルナに話しかけるというのは、そのくらいありえないことだった。

 事件と言ってもいい。


「……いいから帰るぞ。来い」

「え、ちょ痛いし……え?」


 ルナは珍しく完全に戸惑っていた。

 人を戸惑わせることは得意だが、逆は経験が少ない。

 王我に対する怒りなんて、完全に頭から吹っ飛んでいた。



 ――ルナと星羅は、元々とても仲が良かった。

 小学生の頃からの親友で、中学生になっても高校生になっても、いつも一緒にいた。


 しかし去年、二人は大きなケンカをして以来、犬猿状態になった。

 ルナも星羅も素直じゃないし、気が強い。

 自分は悪くないと互いに思っているため、絶対に両方とも謝らない。

 ケンカの事情も話さないので、誰にも仲直りを手伝うことすら出来ない。


 なのに今、星羅がルナの腕を掴んで普通に話しかけていた。

 ルナが星羅をおちょくったり嫌味を言ってケンカが始まることは多々あっても、星羅からルナに話しかけているのは、少なくとも日向汰は見たことがなかった。


「いや待てやッ。勝手にオレの女を連れてこうとすんじゃねえよ」

「……おまえに指図される筋合いはない」

「えー……なんかウチ、急にモテモテじゃーん……」


 王我が星羅に待ったをかけ、それに対し星羅が殺意まで込められていそうな強い目つきで王我を牽制し、ルナは困ったような声で場を和ませようとした。


 そんな時、バババババッ――と、風に乗って、遠くの空から音が聞こえてきた。

 大型のヘリコプターが、こちらへと近付いていた。


「チッ! うぜえ。オレら以外にも嗅ぎ付けた奴らがいるみてえだな」

「うぇ? あのヘリここ来んの? マジで? オーガ君の話って本気でマジなの?」

「クソがッ! 年寄りは偉っそうで説教臭えからムカつくんだよなあッ! おいッダンジョンッコラッ! 来んならさっさと来いやッ!!」


 まるでそんな王我の声に応えるように――空気が揺れた。


 誰かが叫んだ。

 でもその声は次の瞬間には聞こえなくなった。


 小さな公園を、突如出現した超巨大なスライムが覆い尽くしていた。

 ダンジョンはこうやって、一瞬にして人やものを呑み込むのだ。


 まばたきをすれば、もうそこにはなにもないだろう。


 聞いたことはあっても、テレビでその映像を見たことがあっても、実際に内部からその光景を見た者は、日本に約一万人しかいない。


 その一人に新たに加わった日向汰は、スライムに全身を包まれていた。

 顔面も例外ではない。反射的に目を閉じ、口も閉じた。

 鼻や耳から、スライムが侵入しようとしている。

 手を使って防ごうとしたが、腕はスライムに阻まれ動かせなかった。


 かつてない恐怖だった。

 でもその恐怖は長く続かない。

 ダンジョンによって強制的に、日向汰の意識は途絶えさせられた。







 ――そして。

 冷たく固い石に囲まれた狭い空間に、日向汰は倒れていた。


 ゆっくりと意識を取り戻していき、顔中をうごめくような異物の感触に気付くと、慌てて飛び起きる。

 顔だけでなく体中に、無抵抗の日向汰を捕食しようとでもしていたのか、小型の透明なスライムがまとわりついていた。


 日向汰はパニックになりながら目元などに付着したスライムを手でぬぐい取る。

 鼻の穴への侵入を鼻息で追い出して、口の中身もぺっぺっと吐き出す。


 とりあえず目を開けられるようになると、身体に張り付くスライムを払い落としながら状況を確認する。

 この場所には日向汰以外、誰もいない。

 灰色の石に囲まれた、とても狭い空間で、扉が一つだけある。

 天井には、電球に花びらを付けたような植物が一本生えていた。

 光源はその謎の花だけなので、薄暗い。


 体感的には少しうたた寝をした程度の時間しか経っていない。

 ついさっきまで公園にいたことも明確に覚えている。


 つまり、その記憶が確かで、夢を見ているのでもなければ、ここはダンジョンだ。


 なのに日向汰は、わくわくしていた。

 不安感もあったが、心はそれ以上の期待感に満ちていた。


 日向汰は、実はダンジョンに憧れを持つ者の一人だったのだ。

 ネットでダンジョン関係の記事や動画などを見るのは、ライフワークの一つだった。

 だから公園で王我の話を聞いていた時も、逃げようとは思わなかった。


 ダンジョンは来たくて来られるものではない。

 日向汰は心の中で、初めて王我に感謝した。

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