六人パーティ
六人がダンジョンを進むその雰囲気は、最悪に近かった。
戦闘は順調だ。
彼らはパーティとしてのバランスは良い。
つい先程も、ゴブリンの群れを問題なく殲滅した。
しかしゴブリンをいくら倒しても稼ぎは微々たるものだ。
拠点の生活環境は改善されない。
そうなると彼らの内心での不満は、やはりどうしても王我に向けられる。
彼らが今ダンジョンにいるのは、間違いなく王我のせいだからだ。
それなのに王我は悪びれる様子も一切なく、みんなに気も遣わず、いつも通り傍若無人なままで、ましてや一番不平不満が多く、一番不機嫌なのだった。
しかも厄介なのは、王我が戦闘では誰よりも役に立つことだ。
ピンチを王我のおかげで乗り切れた場面もあり、一人だけレベルも高い。
それでさらに王我は調子に乗り、みんなを見下していた。
日本では、性格に難があっても金持ちの王我といれば確かなメリットがあった。
しかしダンジョンに来て、メリットよりデメリットが上回り始めていた。
元より彼らは決して、固い絆で結ばれた親友グループなどでは無いのだ。
とはいえ、面と向かって文句を言えば、さらに状況が悪化するのは目に見えている。
誰もが反感を胸に抱えたまま、ストレスを溜め込んでいるのだった。
日に日に会話も減っている。
たまに王我が一人で話すが、それは大体が愚痴や文句ばかりだ。
不機嫌な王我に絡まれたくないというのも、みんなが黙る理由の一つだった。
「うお~いッ! なんかテメエら暗すぎねえかッ!? 気持ち盛り上げてく努力しろや! おいッ誰か笑える話とかねえのかよッ?」
王我は自分が反感を持たれているなんて、ちっとも気付いていない。
彼は常に自己評価が高いのだ。
「なあルナッ、お前も元気ねえじゃねえか?」
言いながら、王我がルナの肩に気安く腕を回そうとした。
――が、その手が肩に触れるより先に、王我の目の前に警告が表示される。
「チッ! クソッまたかよッ!? ざけやがってッ!!」
ダンジョンのルール、”モンスター以外に危害を加えてはならない”の文字が、王我の目に映る。
それは始めてではなく、もう何度目になるか分からないくらいだった。
二日前に王我は、拠点でルナと二人きりになった時、かなりしつこく強引に、抱かせろと迫った。
その時から、ルナに触れようとする度、この警告が出るようになった。
「おいルナッ! なんとかしろやッ!」
「えー? でも別にウチなんもしてないしー。勝手にケーコク? っての出ちゃうんだから仕方なくない? ってかー、オーガっちもそろそろ学習しなよー」
「ア? いいから警告出ねえようにそっち側で設定なんとかしろやッ! 出来ねえはずがねえだろうがッ!」
「知らないしー。オーガっちしつこーい」
王我とルナが付き合い始めてから一ヶ月と少し。
日本では王我も、なんとか余裕の態度を崩さずにいられた。
見た目に反して予想外にガードの堅いルナとの攻防を、楽しむ余裕があった。
それに性欲を処理するだけの相手なら、他にもいた。
だがダンジョンに来たことで、我慢が出来なくなった。
ストレートに自分が本気で迫れば、必ず上手くいくという自信もあった。
しかし、拒絶された。
二日前のあの時以来、ルナは目を合わせることもなくなった。
当然、王我はそんな現状を受け入れていない。
他のみんなには聞こえない声量で、王我がルナに話しかけた。
「お前、オレの女だからって、あんま調子乗んなよ」
「……は? なにそれ?」
「いざって時、オレはお前を一番に守ってやるつもりだった。……けど今、それをどうしようか迷い始めてる……って言えば、バカのお前でも分かるよなッ?」
「…………キモ」
「……おい。なんか言ったか?」
王我はルナの声が聞こえていたが、それは自分が言われるはずのない言葉だったので、聞き間違いか何かだと思った。
「はぁー……もーいいや。じゃーオーガっち、ウチら別れよ」
「……は? お前何言って――」
「キモいからもう話しかけないで」
そう言い残して、ルナは王我から離れていった。
――しばらくして。
ルナは後悔していた。
もう少し、上手い方法があったはずだと。
禍根を残すような別れ方は、確実に後で面倒くさいことになるだろう。
しかし、つい勢いで言葉が出てしまった。
ダンジョンに来てから溜まっていた不満が、暴発してしまった。
言った瞬間はスカッとしたが、今は気持ちがどんよりしている。
「あーミスったなー」
なぜか王我はあれから、おとなしい。
話しかけてくることも、近付いてくることもない。
だが逆に不気味なので、いっそブチギレて暴れてくれとすら、ルナは思っていた。
が、やってしまったことばかりに気をかけている暇はない。
ルナはレベルを上げなければいけないのだ。
経験値は、戦闘時の貢献度により与えられる量が変わる。
そのため、パーティ内でもレベルに差が出るのだ。
現在のみんなのレベルは、王我が5で、他のみんなが4。
レベルが3なのはルナだけだった。
しかも昨夜、恐るべき事実が発覚した。
なんとあの日向汰もレベルが4だったのだ。
寝て覚めて午後になっても、その衝撃はルナの中に強く残っていた。
だが、おかげで決心が付いた。
日向汰が一人でも、やっていけるのだ。
なら自分も最悪一人でやっていけるはずだとルナは思った。
しかしそう思ったからこそ、つい王我にケンカを売ってしまったとも言えた。
「むー。ヒナたんのせいだー」
理不尽な責任転嫁をしつつ、ルナは考える。
今日中になんとしても、レベルを4に上げたい。
やはり自分だけレベルが低いのは気に入らなかった。
――雰囲気は最悪でも、今日も六人の戦闘は順調だった。
出会ったモンスターをほとんど一方的に倒していく。
たまに強いモンスターが出ても、王我の魔法という奥の手がある。
だから戦闘での危機感も薄れ始め、だんだんと作業化していた。
「なんか今日ゴブリン多くね?」
「――奴らのテリトリー、なのかもな……」
そんな中で誰よりも経験値が欲しいルナは、積極的にモンスターへと接近していく。
斧を持ったゴブリンの背後に回り、急所にナイフを突き刺す。
相手が反撃行動に移る前に、素早く離脱。
そして自分から気が逸れたのを見計らい、再び背後を狙う。
しかし――
「くたばれや雑魚共ッ!」
また、獲物を取られてしまった。
ルナのジョブ盗人猫は、素早いが攻撃力も防御力も低い。
奇襲と手数で勝負するしかないのだが、それはあまり効率が良くない。
ダンジョンのモンスターは、首や心臓にナイフを刺しても、HPが残っていれば倒れてはくれないのだった。
別にルナは、戦闘をサボっているわけではない。
むしろかなり本気で一生懸命やっている。
少なくとも昨日あたりからは、誰よりも貪欲に経験値を取りにいっていた。
それでも、思うようにいかない。
ルナは本格的に焦りだしていた。
王我と茶太郎と計と星羅は、純粋な戦闘職だ。
単純に、ジョブで戦闘力の差が出ていた。
そしてオケ美はメイクアップサポーターという支援職で、専用の道具とスキルを用いたメイクで、身体能力などをアップさせることが出来る。
それは顔だけでなく身体全体に可能なので、男子にも全員してる。
そのため直接戦闘に参加しなくても、貢献度はルナより高いと判定されるようだ。
口には出さないが、ルナはそれにも納得がいっていなかった。
「お腹空いた~」
「――そうだな。次……出口をみつけたら、帰還するか……」
「オッケー! オーガ君もそれでいいっしょ?」
「ああ」
一行は今日もすでに八時間近く、ダンジョンの中にいた。
休憩を多めに挟んでいるとはいえ、みんなお疲れムードだった。
だから次の出口で帰ると決まると、少しだけ和やかな空気になった。
そんな時。
前方にスライムがいるのを、ルナは誰よりも早くみつけた。
赤、青、黄色の、三匹の小さなスライムだ。
このダンジョンでは始めて見たが、スライムが雑魚モンスターというイメージはルナも持っていた。
「あれウチが倒すねー」
言うなり、駆け出す。
簡易鑑定可能な距離まで来ると、一応レベルを見ておく。
そのレベルは3だったので、問題なく勝てると判断しスピードを上げた。
赤スライムが、前に出てくる。
そして――予想外に強力な炎魔法を放ってきた。
一瞬ルナは面食らったが、しかし問題なく回避する。
ルナは後ろから誰かが走ってきているのが、音で分かった。
経験値のためには、到着される前にせめて一匹でも倒しておきたかった。
赤スライムにナイフを突き刺す。
HPバーが五分の一ほど減ったのを確認しつつ、相手の体当たりを回避。
魔法は厄介だと思ったが、防御力は高くないらしい。
これなら自分でも倒せるとルナは思った。
黄と青がこっちに来る前に、赤をまず倒すのだ。
そう判断し、赤スライムに意識を集中した瞬間だった。
黄スライムが放った電撃魔法が、ルナに直撃した。
その電撃は、赤スライムの炎魔法とは比較にならない速度だった。
敏捷性の高いルナでも、急には避けられなかった。
ルナは状態異常の一つ、麻痺になった。
HPにダメージはほぼなく、意識もハッキリしているが、身体が動かない。
頭は動くが、首から下が全く動かせなかった。
「うそ――」
赤色のスライムが、そんなルナに炎魔法を放つ。
麻痺でなければ簡単に避けられる攻撃が、ルナのHPを大きく削る。
「ルナ!」
「なんかやばくね!?」
青スライムが回復魔法を使った。
ルナがせっかく減らした赤スライムのHPが、全回復した。
そして赤スライムは再び、ルナに炎魔法を放とうとしていた。
ルナのHPは既に三割以下。絶体絶命だった。
が、それはルナの後ろから走ってきていた星羅が阻止した。
カラーバットでぶん殴られた赤スライムが、宙を舞う。
だが一撃で倒すことは出来なかったようだ。
赤スライムの着地と同時に、青スライムが回復魔法を使った。
黄スライムに向けて計がスキルを使い連続で矢を射った。
その矢は全てが空中で電撃に落とされる。
「――なん、だと……?」
「スライムのくせに強くな~い?」
「お、オーガ君! 魔法魔法!」
「ああ、今やってやるよッ」
魔法を急かす茶太郎にうるさそうに返事をした王我は、魔法剣を構えた。
今までもピンチの時は、王我の魔法でなんとかなった。
だから今回も大丈夫、みんなそう思っていた。
――しかし、王我の放った魔法は、外れた。
もう一発、王我は続けざまに放ったが、それもスライムを外れて壁に当たった。
スライムは何もしていない。つまり王我のミスだ。
確かに魔法の制御は簡単ではない。
しかし王我の魔法が連続で外れたのは初めてだった。
そして王我は魔法剣を下ろし、衝撃の言葉を告げる。
「MP切れだ。ずらかるしかねえな」
近くにいた茶太郎、計、オケ美の三人が、信じられないという顔で王我を見る。
「――に、逃げるって、ことか……?」
「え、いや、ルナちゃんは? なんかガチで動けないっぽいけど」
「置いてくしかねえだろッ」
「――本気で言ってるのか……?」
「ならッここで全員死ぬかッ!?」
王我が計をにらみつけた。
計は王我の目を見て本気だと分かると、すぐに星羅の方へと視線を移した。
「――夜霧! 退却だ! 下がれ!」
だが、その迅速な計の判断は、裏目に出てしまう。
信じられない声が聞こえ、星羅に一瞬の隙が出来た。
そこに、黄スライムの電撃が走った。
このスライムが一番厄介なことは間違いなかった。
だから星羅は最大限の警戒をしていた。
隙はほんの一瞬で、意識は逸れたが目は離していない。
しかし――それでも、避けられなかった。
「セーラ!」
「――夜霧……ッ!」
その直後、赤スライムの炎魔法が、ルナを焼いた。
ルナのHPが、消滅する。
「ルナぁ!!」
悲痛な叫び声を上げた星羅に、しかし容赦なく青スライムが水をぶっかけた。
麻痺した星羅は動けない。頭から水をかぶり、ずぶ濡れになる。
そこに続けて黄スライムの電撃魔法が加わり、星羅のHPが減少していく。
「――なんとかならないのか玉頭……!?」
「ならねえ、終わりだ。逃げるしかねえッ」
「――くっ……!」
「ほ、ホントに逃げるなら、早くしたほうが良くね!?」
「わたしもそう思う~」
赤スライムが、巨大な炎弾を、放つ準備をしていた。
青スライムがあたりに水をまく。
黄スライムの放電により、バチバチと水に電気が走った。
動ける四人は、背を向け走り出した。
それを確認すると赤スライムは向きを変え、炎弾を星羅へと放つ。
一瞬で星羅のHPは0になった。
「……あーあ。セーラも死んじゃったねー」
「…………」
星羅に、ルナが話しかけた。
ルナは泣きそうな顔で、無理して笑っていた。
二人の目の前には【ゲームオーバー】という大きな文字が浮かんでいる。
【拠点への強制送還まで残り――24秒】
「なんかカウントダウンあるけど……セーラどーする?」
「……どうするも、なにも……どうしようもないだろ」
「ハハ、だよねー」
HPが0の状態、生身でスライムに戦闘を挑むことも可能だ。
しかしそれはただの自殺だろう。
三色のスライムたちは、臨戦態勢を維持していた。
「マジこのスライムたちムカつくー! 絶対弱そうだと思ったのにー!」
「……だからって、バカみたいに一人で突っ込むな……アホ」
「あー! もうカウントダウン終わっちゃう! なんか怖くなってきたかも! え、どうしよどうしよー! セーラ助けてー!」
そしてルナの身体が光の粒子となって消えていく。
それはモンスターが倒された時と同じだった。
「…………助けて欲しいのは、アタシもだ……バカルナ」
星羅は、自分を囲うスライムたちが、なんとか逃げた四人も道連れにしてくれることを願いながら――ルナと同じく光の粒子となって、消えていった。




