準備タイム
計と茶太郎がそれぞれの小部屋に戻っていく。
「おいッ! 十五分経つ前には帰ってこいよッ! こうなったら、ぶっつけ本番で行くからなッ! 三十分後にはダンジョン潜るぞッ!」
「――ああ、了解だ」
「お、オッケー……じゃ、おれ鎧着てきちゃうわ!」
三十分後。それを聞いて日向汰は焦った。
それを抜きにしても、日向汰は王我に対するあの警告音のせいで、いまだに心臓がドキドキしていたのだ。
ダンジョンに来ても相変わらず、王我の行動は日向汰には全く理解不能だった。
けれど日向汰は少し高揚もしていた。
ダンジョンが王我の暴走を警告というかたちで見事に止めたからだ。
あの警告が自分のことも守ってくれるのならば、もしかしたらダンジョンの中は、地上よりも安全かもしれないとすら日向汰は思った。
とはいえ、日向汰はこの小さな拠点に引きこもって外からの助けを待つつもりはなく、自分でもダンジョンのクリアを目指すつもりだった。
そうなれば当然、王我なんかよりも危険なモンスターと対峙することになるだろう。
しかし日向汰のジョブは遊び人。
先行きが不安すぎて、ため息は止まらなかった。
「こちらがヒナタ様のカタログになりマス」
いつの間にか近くに寄ってきていたコンシーが、日向汰にファミリーレストランにある大きなメニュー表のようなものを渡してきた。
表紙には日向汰の名前が書いてあり、開くとカラーでいろいろな商品が並んでいた。
【現在の所持金:10000d円】
同時に視界の端に所持金が表示される。
「ヒナたんはやっぱー、あんま強い武器とか買えない感じー?」
背後からルナが背伸びをして、日向汰のカタログをのぞき込んでいた。
慌てて日向汰は、カタログを閉じて隠す。
せめて自分が確認するまでは人に見られたくなかった。
「おいルナッ、こっち来い。オレが装備選んでやる」
「えー、別に自分で選べるんだけどー」
「お前ダンジョンのことなんも知らねえだろうがッ! ……ったく、いいからオレの言うこと聞いとけや」
文句を言いながらも、ルナは王我に近付いていく。
なんだか少しモヤっとした日向汰だったが、今はカタログに目を通すことに集中する。
商品の写真、名前、価格、そして一言にまとまった簡単な紹介文。
その一つ一つを確認していく。
食材、料理、日用品、家具、薬、武器、防具……その他いろいろ。
ダンジョン探索に必要不可欠なものは比較的安価で購入できるが、娯楽度の高いものは異常なほど高価に設定されていた。
ルナの言葉からも推測出来たが、やはり武器や防具はジョブによって買えるものが異なるらしい。
日向汰の場合、特に武器は半分おもちゃのような商品ばかりだった。
しかも、それでいて最低でも5000d円はする。
誰もがそう思うのだろうが、一万d円の初期資金では全く足りなかった。
――そして十五分はあっという間に過ぎた。
小部屋に引っ込んでいた何人かも帰ってきて、中央のあたりに集まる。
結局、日向汰はあたふたと悩んでいるだけで何も買えなかった。
そもそも自分がどうゆう役割に回るのかで、買うものは変わる。
即決なんて出来るはずもなかった。
しかし日向汰以外は色々と武器や防具を買ったようだ。
一番分かりやすい変化をしていたのは茶太郎。
彼はきらびやかな軽鎧を身に着け、量産品っぽい長槍を持っていた。
他の面々は服装に大きな違いはないが、オケ美以外はそれぞれ手に武器を持っていた。
計は弓、ルナはナイフ、星羅はバット。
そして目に付くのはやはり、王我の持つ魔法剣だろう。
茶太郎の軽鎧と王我の魔法剣は、日向汰の【イカサマダイス】のように、三回の選択のラストに手に入れたものだった。
当然、一万d円ぽっちで買えるはずもない性能を有しており、その見た目も豪華だ。
「へへッ、有り金ぶっ込んで魔石買ってやったぜッ! これで初っぱなから強え魔法ぶっ放しまくりだッ!」
王我は再び上機嫌に戻っていた。
彼にとっては念願のダンジョンに、初期装備としては最高のものが揃っている。
テンションが上がらないはずがないのだ。
「うっしゃッ! んじゃ人形ッ! オレらをダンジョンに送りやがれッ!」
「えぇ! もう!?」
「茶太郎テメエはさっきからビビりすぎなんだよッ! 実際ダンジョンなんて大したことねえって、オレに任せとけやッ!」
「ハイ。それではダンジョンにお送りしマス。パーティ編成はどうされマスか?」
パーティ。
ダンジョンに複数人が合意した上で一緒に入ることで、モンスターを倒した際に得られる経験値を、戦闘に直接参加していなくても得ることが出来る。
また、他にもいろいろと、パーティを組んでいないと出来ないことがあった。
「あァ~、まあ普通に朝焼以外の六人だなッ」
「……え……?」
王我が自分を横目にして言ったその言葉に、日向汰は心臓がキュッとなった。
そして、頭でその言葉の意味をはっきりと正確に理解していくにつれて、急激に動悸が激しくなっていく。
今、この時、日向汰は明らかにマズイ状況にあった。
しかし王我がゆっくり日向汰の反論を待ってくれるはずもない。
「オケ美も今回は留守番しとくか? お前は足も遅えしなあッ!」
「ひど~い! みんなが速いだけだも~ん。わたしも一緒に行くよぉ~!」
「――百聞は一見に如かず……まずは様子見、だな……」
日向汰は、パーティで分かれるなら三人と四人だと思っていた。
もしくは七人全員。それがセオリーで、当然だと思っていたのだ。
六人と一人。自分だけが除け者にされるというのは、さすがに考えていなかった。
「え、えっと、あの……あ、の……」
日向汰はパニックと恐怖で頭が真っ白になり、まともな言葉が出てこない。
「ヒナたんだけお留守番だねー」
ニヤケ顔でからかいに近付いて来たルナに話しかけられても、なにも返せない。
誰も、日向汰だけをパーティに入れないことに反対意見を出さなかった。
「あ~緊張するわあ。やばあ、ダンジョンとか、やばあ!」
「茶太郎ちゃんダサ~い。男の子なんだからぁしっかりしてよぉ~」
「アガルぜッ! とうとうキタッ! ぶちかますッ!」
「――玉頭、あまり熱くなり過ぎるなよ……?」
「あれー? もしかしてセーラ緊張してんのー? ウケるー」
「……してない。こっち来るな」
六人は、ダンジョンへと転移した。
――日向汰は、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「ヒナタ様もダンジョンに入られマスか?」
「……っ! い、いやっ、ぼくは…………ま、まだ……大丈夫……」
「そうデスか。かしこまりまシタ」
予想外の事態に、日向汰はどうしていいか分からない。
遊び人は戦闘に向いていない。
つまり、一人でダンジョンをクリアすることは不可能。
こんなことになるなら、遊び人なんて選んでいなかった。
日向汰はみんなのサポート役に回ることを前提に考えていたのだ。
一人で戦うつもりなら、サムライか――もしくは空手家を選ぶに決まっている。
「………………ああ、もういいや。寝よう」
身体はひどい筋肉痛で、実は立っているのもしんどかったのだ。
昨日は夕方から深夜まで七時間も、歩いたり石を押したり荷物を運んだりした。
それが六時間程度の睡眠で回復するはずもない。
日向汰は現実逃避だと分かっていても、今は寝てしまいたかった。
少なくとも、自暴自棄になってこのままダンジョンに入るよりはマシだろう。
身体を休めれば、何か良い考えも浮かぶかもしれない。
もはや隠す必要はないので、筋肉痛であることが丸わかりの情けない歩き方で小部屋へと向かう。
朝は光が入って明るい一階部分から、穴を通って地下に降りる。
そこには大きな葉っぱが散乱していた。
それを見て、寝具を買うべきだろうかと思い、手に持っていたカタログを開く。
だが安くても三千d円という価格に、即カタログを閉じた。
しばらくヒカリバナの葉を布団にするのも、別に悪くはないだろう。
よし寝ようと思い横になる日向汰だったが、精神が高ぶってしまい、目を閉じても全く眠れる気がしなかった。
それでも現実から逃げたくて必死に眠ろうとしていたが、やはり眠れない。
そしてしばらくすると、日向汰は眠ることを諦めて起き上がった。
昨日手に入れた手鍋と、葉を一枚持って、小部屋を出る。
どうせ眠れないなら時間を無駄にするより、やるべきことをやっておくべきだ。
そう考え、コンシーに手持ちのアイテムについて聞いてみることにした。




