第61話 颯爽と出ていきました。
「さて私の旦那様は一体どう楽しませてくれるのかな?」
「旦那様って」
「何も間違ってないでしょ、何せテンリの婚約者達は私その者なんだから」
「そうかもしれないけど」
「まぁ深く考えないでいいよ、さぁ、最初はどこに連れていってくれるのかな?」
アトレイアのペースに抗うことができず俺は溜め息をついた。
「それじゃ、お昼もまだだしご飯食べに行こうか」
「いいよ」
「それじゃ行こうか」
「テンリ!」
「ん?どうかしたの?」
「いや、その、手を」
アトレイアは少し恥ずかしそうに手を差し出す。
いきなりキスしたり抱きついたりとしてくるのになぜ今恥ずかしそうにするんだよ、俺が恥ずかしいわ、と心で思いながらもその手をとる。
すると嬉しそうに笑うアトレイアを見て顔が熱くなった。
「い、行こうか」
俺は紅くなった顔を見られまいと少し前を歩きアトレイアは俺に手を引かれながら少し後を歩く。
街を歩いて行くと段々賑わっている通りに近づいてくる。
「上から見てるのと実際にこうして感じるのはやはり違うね、あの娘達を通していつも感じてはいたんだけどやっぱり今の方が楽しいよ」
「そっか」
「なんだか素っ気ないね」
「そ、そんな事ないよ」
「んー、あれ、あれあれ、もしかして緊張してる?私のあまりの可愛さにドキドキきゅんきゅんしちゃてる?」
「ほら、バカ言ってないでさっさと行くよ、急がないと凄い列ができて待たされるから」
「もう、バカって酷いよ、えい」
俺は手を引っ張られ足を止める。
「ど、どうしたのさ!?」
「テンリが顔を向けてくれないから、あれ、ちょっと顔が紅い?」
「紅くないです」
「いや、紅いよ」
「紅くないです」
アトレイアはクスクス笑う。
「ほら急がないと待たされちゃうんでしょ、行くよ」
「いやいや、足を止めたのアトレイアでしょ」
「さてなんの事やら」
そう言ってアトレイアは俺の手を引いた。
それから目的地につき中に入る。
「もうけっこう混んじゃってるな」
「まさかこの世界での初デートの最初の目的地がここだとは思わなかったよ」
「でもここの料理は絶品なんだよ」
「そうかもしれないけど、まさか冒険者ギルドの食堂に来るとは思わなかったよ」
そう、最初の目的地は冒険者ギルドの地下にある食堂だ、雰囲気が良いとは言えないが味は絶品だ。
「せっかくだから美味しい物を食べようかと」
「雰囲気はぶち壊しだよ」
「でもここの料理を食べたら雰囲気は二の次に感じるよ」
アトレイアは少し不服そうにしていたが店を変えようとは言わなかった。
「それにしても凄い人だね、こんなに並んでるなんて、私達の後ろがあっという間に凄い列だよ」
「この街に住んでる人もこの街に訪れた人もかなりの人達が食べに来るからね」
「味には期待できるんだよね、まぁこの私の舌を唸らせる事ができる程なのか楽しみだよ」
「随分上から目線だね」
「それはそうだよ、なんせテンリと一緒にいろんな世界でいろんな物を食べたんだから」
とても懐かしそうにアトレイアはそう言った。
俺にはその記憶がないから共感が出来ないな、ちょっと複雑な気分だ。
「あ、私達の順番だよ」
俺のそんな気持ちを知るはずもなくつい先程まで不満そうにしていたはずのアトレイアは笑いながら俺の手を引っ張って行く。
俺はいつも座るカウンターの奥の席に案内された。
「おう、テンリ!」
「こんにちはゼンスさん」
「今日は1人か?リリナの嬢ちゃんがいないのは珍しいな」
「いえ、連れがいます」
俺はアトレイアに顔を向ける。
「おう、可愛らしい嬢ちゃんだな、なんだテンリ、浮気か?」
「違います」
「まったく今から先が思いやられるな」
そう言ってゼンスは笑う。
「だから違いますからね」
「わかったわかった」
この人絶対わかってないだろう。
するとバンッと隣で思い切り机を叩きアトレイアが立ち上がる。
「君は勘違いをしている」
ビシッと人差し指をゼンスに向ける。
「いいかい、私はテンリの浮気相手じゃない、私はテンリの正妻なんだよ、そこんところ間違えないでくれたまえ!」
物凄い覇気でゼンスにそう宣言する。
「お、おう、すまん」
アトレイアの凄まじさにゼンスは驚き素直に頷いた。
周りもアトレイアの余りの覇気に静まり返ってしまった。
「あはは、お騒がせしてすいません」
俺は急いで皆に謝り頭を下げる。
少ししてからまた皆が話を始めたので安心した。
「ゼンスさん今日は何がありますか?」
「お、おう、今日のメインは焼き魚とミートパスタ、後はブラウンシチューだな、焼き魚はご飯と味噌汁、漬物にナスの煮浸しの定食になってる、ミートパスタとブラウンシチューはサラダとパンのセットだ、決まったら教えてくれ」
「わかりました」
ゼンスは話し終わるとまた料理を作り始めた。
どれも美味しそうだ、とても悩むな。
「アトレ」
俺はアトレイアの名前を呼ぼうとしてそれを止めた。
「テンリどうしたの?」
アトレイアは小首を傾げる、俺はアトレイアの耳の近くに顔を近づけ小声で話す。
「アトレイアってそのままの名前で呼ぶといろいろ問題になるから偽名を考えないと」
「そのままでも問題ないと思うけど、まぁわかったよ」
「それでなんて呼ぼう」
「ならテンリが考えてよ」
「んー、それじゃレイアで」
「なんだか安直過ぎないかな」
「そうかな?」
「まぁいいけど」
俺達が顔を近づけ小声で話しているとニヤニヤしたゼンスがカウンター越しから2つ分の飲み物を出してくれた。
「それにしてもお前ら2人仲がいいな」
「そうですか?」
「あぁ、それで連れの嬢ちゃんの名前はなんて言うんだ?」
「レイアって言います」
「そうか、俺はゼンスだ、よろしくなレイアの嬢ちゃん」
ゼンスがそう言ってアトレイアは頷く。
「それで、なにするか決まったか?」
「えーと」
まだ頼む物決めてなかったな。
「全部!」
「おいおいそんなに食べれるのか?」
「美味しければ食べれるよ、私とテンリだから2人前ね」
「ほぉ、そうか、それは俺に対しての挑戦状だな、ちょっと待ってな、最高に旨いもん食わせてやる」
ゼンスはそう言って料理を作り始めた。
そこから数十分後目の前に料理が並べられた。
「さぁ食ってくれ」
「ふっ、この私を唸らせる事が果たしてできるか試してあげよう」
アトレイアは手を合わせる。
「ではいただきます」
なんだかんだ言いながら行儀よく食べ始めた。
それを見て俺も食べ始める。
うん、美味しい。
「レイア味はどう?」
しかし反応がない、黙々と食べ続けている。
「あの、レイア?」
「テンリ、食べ終わるのを待ってやりな、これは俺とレイアの嬢ちゃんとの真剣勝負なんだからな」
「え、うん」
そこから少しして食べ終わったアトレイアは机をバンッ、と叩き立ち上がる。
それに驚きまた回りは静まり返って皆がアトレイアに注目する。
「うっ」
「う?」
「旨い!」
その言葉を聞き俺はゼンスを見る。
「ハハハッ、そうか、旨いか」
とても嬉しそうに笑っている。
「いろんな物を食べてきたがかなり上位に入る美味さだ、焼き魚は皮がパリッとしていて身はふんっわりと焼き上がっている、塩の塩梅も上手いもんだ、それを大根おろしと醤油で食べるとはなんと至福な事だろう、ご飯もふんわり炊けているし味噌汁も上手い、小鉢の茄子の揚げ浸しもかなり美味いな、パスタも茹で加減が上手いな、このミートソースと絡めてとても絶品だ、ブラウンシチューも味もいいのもあるが肉が柔らかく口に頬張ればとろけるようだ、サラダも瑞々しく新鮮で触感も良い、パンも柔らかくブラウンシチューにつけると最高だ!」
「おう、そうだろ、そうだろ、よくわかってるじゃねぇか」
「ゼンスと言ったね、君は腕も良いが目利きや交渉も相当上手いようだ、ここまで品質の高いものを買い付けるのは中々難しいだろうに」
「ほぉ、そこまで見抜くとは、さすがテンリが連れてきただけはあるな!」
「ふっ、当然の事、ただ慢心せずに励まなきゃだめだよ、一瞬の隙が命取りになるからね」
「当たり前だ」
アトレイアとゼンスは笑いながら握手をする。
何故か回りの連中がうおぉぉぉ!と盛り上がる。
「ゼンス、次来る時までに腕を上げていることを願っているよ、停滞は衰退と変わらない、常に高みを目指してくれ、そうすれば君は最高の料理人になるだろう」
「嬢ちゃんに言われるまでもない、次は更に旨いもんを食わせてやるよ」
「期待しているよ、ではテンリ行こうか」
「え、あ、うん」
俺は颯爽と食堂から出ていくアトレイアの後ろをついていく。
俺は一言アトレイアに教えてやりたかった、ゼンスは料理人ではなくこの街の冒険者ギルドのギルドマスターなのだと。
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