no.156
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それから3日間は、大道寺の家の中庭の椅子に座って、モデルをやった。
木陰で涼やかな風が吹き抜ける中で、私は、ただぼーっとしているだけ。
絵を描ていてる時の大道寺は無口だった。
大きく息を吐いて、大道寺が筆を置いた。
「ありがとう。君のお陰でいい絵が描けました。あとは僕一人でも描けますから大丈夫です」
「はい」
「個展にはご招待しますから、ご主人と一緒にいらっしゃい」
「はい。ありがとうございます」
「その服は君に差し上げますよ」
「いえ、そんな……」
「僕が持っていても使い道がありませんよ」
大道寺は苦笑いした。
そう言われてみれば、確かに使い道はない。
昔の写真のように女装するわけでもないだろうし。
「モデルになってもらったお礼ですよ。本当はもっと何か君にプレゼントをしたいんだけれど」
「いえ、あの、このお洋服だけで。私はただ座ってただけですし。それに先生の個展が見られれば、嬉しいです。それとあの、私が書いた童話に絵を描いていただけたら……」
「それはもちろん。君の童話には僕の絵を使ってもらいたい」
「嬉しいです」
心底、嬉しかった。
童話の世界では、大道寺は大御所だ。
「これからも童話、書き続けてくださいね」
「はい!」
それから少し雑談をして、私は大道寺の家を後にした。
一時はどうなることかと不安になったが、今は清々しい気持ちで一杯だった。
大道寺が大人だったからだろう。
感謝しなければならないと、手の中の洋服が入った袋を見つめて思った。
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夏休みも残り少なくなった頃、私は、童話をひとつ書き上げた。
大道寺がくれたイラストを見て、そこから流れ出すストーリーは、どこか神聖なもののような気がした。
意気揚々とその童話を持って、出版社へ出かけた。
待っていてくれた金倉は、ソファーに座って、原稿に目を落とす。
読まれている間、心臓はバクバク。
エアコンが効いているのに、背中に汗をかいた。
すっくと顔を上げた金倉の視線が、まっすぐに私を捉えた。
何も言わず数秒。
「あ、あの……ダメ、です、か?」
「いや、いい!」
「はい?」
「幾つか言葉を変えた方がいい部分はあったけど、ストーリーはGOOD。2作目、これで行きましよう!」
全身にかかっていた力が抜けた。
その後、夏休みのうちに、何度か出版社に行き、金倉と会い、2作目は秋に出版することになった。
絵はもちろん大道寺が担当する。
「もうすっかり童話作家ね。1本書けても、2本目が書けないって人もいるのよ。でもあなたならきっとできると思ってた。担当になって、本当によかったわ。先が楽しみね」
「そ、そんな……。で、でも、私、童話書いていて、とっても楽しいんです」
「楽しいっていうのが一番大切よね。その気持ち忘れないで、書き続けてね」
「はい」
「私生活も幸せだし、その幸せを皆に分けてほしいわ」
金倉は、微笑みながらそんなことを言う。
私は照れて、言葉が出ない。
「私なんて、仕事に追われて、結婚どころか、恋愛さえ、近寄ってこないわよ」
「でも、金倉さん、仕事できるから、男性陣にモテるんじゃないですか?」
「ううん。ここでは皆、仕事はできて当たり前。かえって失敗する新人のほうがかわいがられるんだから」
「え~、そうなんですか?」
「まっ、そういう新人もいつかは、こうなるんだけどね」
そう言って、自分を指さした。
「じゃ、金倉さんも新人の時は、モテたんですね」
「いやぁ~ね、かわいがられてはいたけど、モテるのとは違うわよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものよ。あぁ、私も恋愛したいわぁ~」
「金倉さんなら、きっといい人、見つかりますよ」
「行き遅れる前に見つけないとね」
そう言って、ウィンクしてみせる。
金倉のお茶目なところがかわいかった。
「金倉さんが結婚するときは、式に呼んでくださいね。私、金倉さんの花嫁姿、見たいです」
そう言いつつ、目の前にいる金倉の花嫁姿が想像できず、噴き出した。
「なによ、そこで笑う? まぁ、いいけど。見てらっしゃい。立派な花嫁になってみせるから」
「楽しみにしてます。ぷぷっ」
「こういうことについては、高校生のあなたのほうが先輩なのよね。参っちゃう」
拗ねて見せたりする金倉もかわいい。
「先輩ってほどじゃないです。まだ数ヶ月ですし」
「その数ヶ月が、大きな差なのよ」
こんな女同士の雑談も金倉とならできた。
担当が金倉で本当によかったと思った。
そして童話もこれから書き続けていきたいと改めて思えた。
金倉とは長い付き合いになりそうだとも思えた。