SIRAN 4
好き。
すごく、好き。
気付いてしまうと欲張りで、いつまでも心に留めておくことなんてできない。
日に日に大きくなる、会うたびに強くなる。
由井の部屋に泊まった次の日、大学終わりの電車の中でいつのまにか私はずっと副店長のことを考えていた。
考えて、打ち消して。また考えてしまって、打ち消して。
その日から、気がつくと、頭の中でいつもあの顔が浮かんでいる。
目尻が下がる、人の良さそうな泣いているような、笑い顔。
副店長に会わなくても、その背中をただ見ているだけでも。
「………」
あの日、遅番を代わってあげた子が、たいそう後悔したらしく、絶対にこんなことはしないよと私の前で誓ってくれた。
今の私にとっては、かなり残念。
副店長とあまり関わりのない、早番の毎日。
さすがに仕事中は忙しくて声もかけてもらえないし、遠くから眺めるだけしかできなかった。
すこし。いやかなり…寂しい。
「のんのん」
だから仕事上がりに副店長から声をかけられたとき、私はすごく嬉しかった。
「ごめんね、仕事終わりに。
配達の品入れ、ちょっと手ぇ貸してくれる?」
店の裏手側にある駐車場にあるワゴン車。
そこまでそんなに距離はないけれど、運び入れるダンボールがかなり多い。
いつもは店長と二人で入れているのに。
「いや、店長が本部から連絡があったらしくて。
かけ直すから、誰か適当に残業してもらってって、ここ任されちゃってさ。
ヒロ君は今日いないし、どうしようかなって思ってたら、そういえばのんのんがいた!と思って」
「…そういえばって…」
できれば一番に私の顔が浮かんでほしかった、なんて。
かなり欲張りになってる、気がする。
でも嬉しい、仕事とはいえ久しぶりの二人きり。
店長と本部の人に、あと店で唯一の男でのヒロ君に、心の中で小さくお礼を言った。
「そういえば、のんのんの普段着見るの、二回目」
駐車場まで肩を並べて歩きつつ、副店長はそう言う。
とっさに恥ずかしくて、返事ができなかった。
エプロンの下は普段着とはいえ、土と水で汚れるので、だいたいみんな、仕事用のシャツに更衣室で着替えている。
着替え終わった今は、ジーパンに最近買ったチュニック。
ジーパンじゃない方が良かったけれど、さすがに気取った格好で行くには気が引ける。
でもまさか今日見られるとは…。
「前はあんまり気にならなかったけど、のんのんて女の子っぽい格好してるんだね」
―――顔が、
あつくなっていく。
「うちのもそういう格好してくれればなぁー」
止まった。
足だけじゃなくて、周りの空気も止まった気がした。
そんな私に気付かず、副店長は明るく話し続ける。
「それじゃ、雑談はそれまでにして」
さっさと仕事片付けよっか、とりあえずここにある道具を下ろそう。
…遠くの方で声がする。
一歩も、踏み出せなかった。
なんとも言えない、重い感覚が、胸の辺りに染み込んでいく。
―――その指に光るのは、彼と私の境界線。
胸を撃たれたみたいに、痛い。
穴が空いて、底から何かが沸き出て行く。
止まらない。
「副店長、」
声が震えている。どうしよう、泣きそう。
「私、エプロン、持ってきます」
聞き返す声を待たずに、全力で彼に背を向けた。
そのまま砂利を駆ける。
息をしないで、声を出さないように走った。
声を出したら、きっと泣いてしまう。
わかっているのに、分かっていたことのくせに。
何を今更?
…ばかみたい。
頭で考えていても、もう止まらない。
聞きたくなかった。考えたくなかった。
私の前でそんな話をしてほしくない。
――そんなの、それこそわがままだ。
店の裏口の扉を閉め、座り込む。息が荒い。
「…エプロン、どこだろ…」
店の表にいるスタッフが接客する声だけが聞こえる。
自分のロッカーの前に立つ。
誰にも聞こえないように、私はロッカーの戸を開け、声を殺して、泣いた。
こんなこと誰にも言えない。
気付いてほしくない。
知ってほしくない。
でも。
でも…。
「このまま終わりなのは…嫌だよぅ…」
エプロンに染みていく涙のしずくが、残ればいいのにと思った。




