86.再対面
連休明けの火曜日。
朝早く家に帰った。
父ちゃんは昨日、鍵屋さんを呼んで玄関の鍵を付け替えていた。
新しい鍵を姉ちゃんと俺に一本ずつ渡して、送り出してくれた。
父ちゃんが、昨日の内に事情を説明して回ったらしい。
ゴミ捨て場の掃除をしていたご近所さんたちが「おはよう、大変だったね」と、俺たちに軽く会釈してくれた。
いつもより、やや早く登校する。
「友田くーん、待ってー」
知らない女の子の声が、背後から俺を呼ぶ。
何事かと足を止め、振り返る。
知らない女の子は、走ってきて俺に追い付いた。
肩より少し長い黒髪が、朝の光を受けて天使の輪のように輝いている。
色白で華奢なその子は、俺と同じ瀬戸川第一中学の制服を着ていた。
「おはよう。友田君。お祖母ちゃんが『これから大変だろうけど、頑張ってね』って」
「あの……どちら様でしょう……?」
全く心当たりがない。
困惑のあまり、思わず敬語になって、震え声で聞いた。
「あ……そっか…………そうだよね……わかんない……んだ………………そっか……」
大人しそうな女の子は、少し項垂れたが、すぐに顔を上げて、努めて明るく名乗った。
「私、須磨春花。隣の家の……」
俺は反射的に後退した。
ぶつかりそうになった自転車の高校生にベルを鳴らされ、散歩の犬にも吠えられた。
「あぁああぁっ! すんません! すんません!」
各方面にぺこぺこ頭を下げまくる俺を見て、須磨春花はクスッと笑って近付いてきた。
「ちょっ……待て! 来るな!」
「もう、いいんだよ。友田君のお母さん、今、居ないんでしょ?」
そうだった。オカンもクソ兄貴も留置場だ。
でも、近所の噂になって、それが後でオカンの耳に入ったら、今度こそ殺される。魔法戦士がくれた見えない盾は、一回限りの使い捨ての魔法で、もうないんだ。
「私も、ウチの家族みんなも、友田君のお母さんは怖いけど、友田君自身や、お姉さんが嫌いで、避けてる訳じゃないから」
「………………」
思いがけない言葉に、須磨春花の顔を見詰める。真剣な眼差しが俺に注がれていた。
「友田君とお姉さんが、酷いコト言われたりされたりしてるの、いつも聞こえてた……」
「………………」
何を言えばいいんだ……? 謝ればいいのか?
いつもうるさくてすみませんって……
須磨春花は、俺に構わず話し続けた。
「でも、友田君もお姉さんも、お兄さんみたいにグレたりしないし、お隣なのに無視しろなんて、無茶な約束も、ちゃんと守ってて、凄く偉いなって思ってたの」
「………………」
ますます、何を言えばいいのかわからない。




