85.あの女
「私たちは、誰とも遊ばないようにお母さんに監視されて、私たちと遊んでくれた子に空缶ぶつけたりして、暴力で追い払われて、そのことがみんなに知れ渡ってるから、学校でも近所でも、ずっと一人ぼっちだったの」
二人は驚いた目で、姉ちゃんの顔をまじまじと見る。
「私たちは何も悪いことしてなくても、殴られたり、出来損ない、ゴミクズって罵られたり、病院で取り違えられた他所の子だとか、こんなブス要らないとか、お前みたいな不細工、生きてても仕方ないとか……毎日毎日、ずっとそう言うことしか、言われてないの」
姉ちゃんは無表情で、ニュースの原稿でも読み上げるように、淡々と言った。
祖母ちゃんは、声を上げて泣き出した。
父ちゃんが大きく息を吐いてから、言葉を続けた。
「連休前の木曜、児童相談所に行きました。何年も前から繰り返し、近所の方々が何人も通報して下さっていました。生命に別条はなさそうだと判断され、役所が直接、我が家に関与することはありませんでしたが、通報の記録は多数残されています」
「今までずっと、お母さんに邪魔されて言えなかったけど、いつか伝えられると思って、記録を付けて、証拠を残しといたの」
姉ちゃんが、不貞と浪費の封筒の上に、虐待の証拠のコピーが入った封筒を積み重ねた。
「昨日、離婚の話し合いをしている時に、笑美華は包丁で娘を殺そうとしました。私が殴って気絶させたので、この通り、娘は無事です。悲鳴を聞いたご近所の皆さんが通報して下さって、笑美華は一旦、病院に運ばれましたが、事情聴取の警察官に暴力を振るって逮捕され、今は留置場に移されています」
友田の親戚がざわつく。
祖母ちゃんと義一伯父さんは息を呑み、廊下に出て土下座した。
「笑美華が起訴されても、されなくても離婚します。こんなことになるまで気付かなかったのは、私の不徳の致す所ですが、ご了承下さい」
父ちゃんは、そこで一旦言葉を切って、廊下の二人を見た。
二人は少し顔を上げて、何度も頷きながら、平伏した。
「現在、DNA鑑定の結果を待っています。私の子なら、私が親権者になります。私の子でなかったとしても、この子たちは、福祉施設に預けて、笑美華の手の届く所には、置きません」
「あの女を本家の裏山にでも埋めてくれるんなら、会いに行ってもいいけど、私もこの子も、あの女が生きてる限り、絶対に花隈の親戚には会わないし、連絡もしませんから」
姉ちゃんが、オカンをあの女呼ばわりしても、誰も何も言わなかった。




