17.お屋敷
巴の家は、瀬戸川公園の北側にあった。
古くて大きな洋館で、博物館っぽい雰囲気のお屋敷だ。
庭はないけど、鉄柵の門扉の向こうは、車が二台くらい停められそうな煉瓦敷きのスペースになっている。玄関はその奥にあった。
玄関ポーチに寝そべっていた犬が、尻尾を振って駆け寄ってきた。
土佐闘犬をダックスフント色に染めたみたいな黒茶の奴……犬に詳しくないから、よくわからない。とにかく、でかくて強そうな犬だ。
こんなのに襲われたら、絶対食い殺される自信がある。
無理。
やっぱ大金持ちは、こういうヤバい犬放して、泥棒対策してるんだなぁ。
「ポテ子、ハウス」
巴の叔父さんが命令すると、でかい犬は素直に玄関ポーチの犬小屋に入ってお座りした。
叔父さんが、門扉を細く開けて俺たちを中に入れ、最後に自分が入って、素早く閉める。
巨大なポテ子が、腰を浮かせて一声吠えた。
巴がびくりと身を竦ませる。俺も固まった。
「ポテ子、お座り」
叔父さんの声で、ポテ子は座り直して、こっちを見た。
俺たちはまだ固まっている。
叔父さんは玄関の鍵を開けると、犬小屋の前にしゃがんで、ポテ子の頭を撫でた。
「今の内に入って」
叔父さんに声を掛けられて、呪縛が解けた。
俺たちはポテ子から目を離さず、摺り足で叔父さんの背後を通り、ドアの内側に体を滑り込ませた。
巴がドアを閉めた途端、全身の力が抜けた。
「よしよし、ポテ子、お利口さんだな。おやつあげよう」
ドア越しに叔父さんの声が聞こえる。
あんな怖い顔なのに飼い主には懐くんだ。
って言うか、巴は自分ちの犬が恐いんだ。ホント気の小さい奴だな。
巴は既に靴を脱いで、スリッパに履き替えていた。
玄関ホールは、俺の家の居間くらいの広さがあった。
左右は両開きの木製扉。
植物っぽい飾りが彫刻されていて、扉なのに芸術品みたいにキレイだ。
正面は、上三分の一くらいにガラスが嵌っている両開きの扉。ガラス越しに中庭が見えた。中庭は色々な花が咲いていて、花畑みたいになっている。
玄関ホールの隅には、木製のこれまた立派な電話台。反対側の隅にはAEDがあった。
電話は普通のプッシュホン。これはわかる。
でも、何で、駅とかに置いてあるみたいなAEDが、一般家庭にあるんだ?
金持ちスゲー……
「叔父さん、心臓悪いから」
俺の視線に気付いた巴が、ぽつりと説明した。
靴を脱ぎかけた姿勢のまま、思わず玄関を振り返る。
「もう一人の叔父さん」
巴は補足説明をして、左の扉を開けた。
俺は靴を揃えて、高そうなスリッパに足を突っ込み、巴の後を追った。
扉の向こうは、板張りの広い廊下だった。
壁はシミひとつない白。腰板にも、ちょっとした彫刻が施されている。地味だけど、上品で落ちついた雰囲気。
世界が違い過ぎて、羨ましいとすら思えない。
博物館って言うか、貴族の館だ。
巴は、呆然とする俺を置いて、廊下の奥へと歩いて行く。
右手側は、窓があって中庭が見える。中庭の三分の一くらいのスペースは煉瓦敷きで、頑丈そうな物干し台が置いてあった。
この豪邸は、中庭を囲んで建てられ「口」の字型になっているようだ。
左手側には、ドアが幾つも並んでいる。
今見た範囲だけでも、俺の家より広い。
巴は、右手側の廊下の曲がり角を素通りして直進し、ドアを開けた状態に固定してある部屋の前で立ち止まった。
「ここ、洗面所。トイレは手前」
「う……うん」
テレビで見た高級ホテルみたいな洗面所で、ビビりながら手を洗う。
俺たちが洗面所を出ようとしたところに、入れ違いで叔父さんが入って来た。
「台所で待ってて。すぐ用意するから」
叔父さんに言われた巴は、頷いて廊下を引き返した。玄関ホールの右側の扉を抜け、反対側の奥へ向かう。




