第100話 魔王アレン
それから――。
北方魔族領には、穏やかな日々が続いた。
三国を行き交う商人。
四十種族が暮らす街。
大庭園で遊ぶ子供たち。
かつて迫害された者たちが逃げ込み、生きることさえ難しかった北方は。
今では一つの巨大な国となっていた。
◇◇◇
「終わったぁ……」
執務室。
アレンは机に突っ伏した。
「本日の執務は以上でございます」
「やっと……」
ノエルが書類をまとめる。
「お疲れ様でした、魔王様」
「今日はもう何もない?」
「ございません」
「本当に?」
「はい」
「じゃあ庭行ってくる!」
「暗くなる前にはお戻りください」
「分かってる!」
アレンは勢いよく部屋を飛び出した。
「……魔王様」
ノエルは苦笑する。
七歳だった少年は十五歳になった。
けれど。
こういうところだけは、あまり変わっていなかった。
◇◇◇
「レン!」
「あ、ガッシュ!」
大庭園では、今日も四十種族の子供たちが集まっていた。
「明日、城下町行こうぜ!」
「また抜け出すの?」
「今度はちゃんと許可取る!」
「珍しい」
「俺だって成長するんだぞ!」
少し離れた場所から梟族の少年が言う。
「前回、職員に捕まったからでしょう」
「うるせえ!」
笑い声が響く。
アレンも笑った。
「じゃあ明日ね」
「おう!」
◇◇◇
夕暮れ。
アレンは魔王城へ戻った。
ガルドとすれ違う。
「遊んできたのか?」
「うん」
「魔王としての自覚はどこへ行った」
「仕事終わらせてから行ったよ!」
「ならいい」
「いいんだ……」
ガルドはそのまま歩いていく。
アレンは振り返った。
「ガルド!」
「なんだ?」
「……これからもよろしくね」
「急にどうした」
「なんとなく」
ガルドは少しだけ笑った。
「ああ」
それだけ言って去っていった。
◇◇◇
夜。
アレンは魔王城の最上階へ向かった。
ベランダへ出る。
冷たい北方の風が白髪を揺らした。
「…………」
眼下には、巨大な城下町。
無数の明かりが夜を照らしている。
さらに向こうには――大庭園。
自分が初めて、この国に残したもの。
その先には交易路が続いている。
アカシアント公国。
クロード王国。
そして北方魔族領。
三国は今日も交易を続けている。
「……平和だな」
アレンは小さく笑った。
勇者になりたかった。
兄との約束を果たしたかった。
そして。
自分が殺してしまった勇者ビーストの代わりになろうとした。
でも――。
「僕、勇者になれなかったよ」
誰に言うでもなく呟く。
「ごめんね、兄さん」
少しだけ間を置いて。
「でも……」
城下町を見る。
夜になっても人々の笑い声が聞こえる。
「こっちも、悪くなかったよ」
◇◇◇
そのときだった。
「…………?」
アレンが眉をひそめる。
背後。
誰かがいる。
そんな――妙な感覚があった。
ゆっくり振り返る。
「…………え?」
一人の男が立っていた。
見覚えがある。
魔王城に飾られた肖像画。
歴史書。
大浴場の天井画。
何度も見てきた人物。
「……先代?」
男は答えなかった。
ただ。
穏やかな表情でアレンを見ていた。
そして――。
『魔王アレン』
「…………」
『この国を任せたぞ……』
アレンが目を見開く。
「待って!」
一歩、踏み出す。
だが。
次の瞬間。
そこには誰もいなかった。
「…………」
風が吹く。
白い髪が静かに揺れた。
夢だったのか。
幻だったのか。
それとも――。
本当に先代魔王が現れたのか。
アレンには分からない。
「……そっか」
再び城下町へ向き直る。
そして。
少しだけ笑った。
「任せてよ」
「……先代」
◇◇◇
かつて。
一人の勇者が魔王へ挑んだ。
勇者は敗れ、命を落とした。
その魔王は、勇者の遺志を受け継ごうとした。
勇者になろうとした。
だが――。
彼は最後まで、勇者にはならなかった。
その代わり。
魔王として国を守った。
魔族を守った。
人間と手を取り合った。
友を作った。
そして、次の時代へ残るものを作った。
「…………」
アレンは夜の北方魔族領を見渡す。
もう。
勇者になれなかったことを悔やんではいなかった。
なぜなら――。
自分が何者なのか。
ようやく分かったから。
勇者ではない。
英雄でもない。
この国を受け継ぎ。
この国の未来を守る者。
その名は――。
魔王アレン。
北方の夜空を、淡いオーロラが覆っていく。
少年はそれを見上げながら、静かに笑った。
彼の物語は終わる。
けれど。
彼が守る国の歴史は――。
これからも続いていく。
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『勇者が魔王(俺)に挑んだが、死んだので俺が勇者になる』
――完――
皆さん、お疲れ様でした。
これにて、
勇者が魔王(俺)に挑んだが、死んだので俺が勇者になる
完結致しました。
長いようで、
実際はそこまで長くないんですよね。
カクヨムでも、色々な作品があります。
是非、そちらも読んでみてください。
面白いと思います。
(そうだと、いいな…)
では、皆さん、いつかまたお会いしましょう!




