164 絶望の中の希望
魔術学院編の最終話になります
「10層は、正五角柱の結界で覆われている。この結界はエスプリが張ったものではないな」
「ええ、世界樹本体よ。そして、神装力第4権限の結界になるわ」
え、つくも(猫)達の上位者になるの。
「かつて9層には、SSS級の魔物がいた。太古のエルフが書いた手記にそう記されている」
あのSS級の魔物よりも強いやつがいたのかと、シーンとなる仲間達。
「世界樹本体は、その魔物が聖域を荒らすことを防ぐためにあの結界を張ったのよ」
「SSS級はどんな魔物だったの」
シンティは気になるよな。
「体長が数百メートルはある巨大な魔物だ」
つくも(猫)達が出会った、七節型みたいなやつだろう。
「その魔物はどうなったのですか」
「いつの間にかいなくなっていた。そう書かれている」
「どこに行ったんだ。まさか、この森のどこかで寝ているんじゃないだろうな」
イグニスが心配するのも無理はない。なにしろあのGの存在を知ってしまったからな。
「私の仮説だ。しかし事実だろう。彼らは自分の巨体を維持できる魔素がなくなり霧散した」
恐竜とは事情が違うだろうが、巨体の維持にはそれだけのエネルギーが必要だ。
「レーデルさん、ぼくも繋がりました。そのSSS級魔物が霧散したときに放出した、超高濃度魔素を魔木が取り入れてしまったんですね」
「ジェイド、正解だ」
「ええ、レーデル、あなたも正解よ」
白猫が前足をペロッと舐めてそう言った。
「つまり、あの魔木も、存在してはいけない物だったという事だね」
チャルダン、その通りだよ。
「だからカナデさんは、魔木を全て燃やし尽くしたんですね」
私の婚約者殿は理解が早い。
「SSS級の事は今知ったけどね。でも、あの魔木が秩序を乱す原因であることは確信していた」
仲間達が大きく頷いた。納得してくれたようだ。
「くそー、さっぱりわからん。レーデル、おれにも分かるように説明しろ」
こいつはラウネンと同類だな。これからは『赤鬼』と呼ぶことにしよう。
「ふん、事情も聞かずに怒鳴り散らすやつに使う時間はないな」
あーあ、完全に怒っちゃったよ。しーらない。
「なっ……」
何かを言おうとしたが、神獣達に睨まれて黙った。
「10層の前に、探求者のとこを話そうか」
美少女エルフが、またメガネをクイッと持ち上げた。
「探求者とは、資格者のことだと私は思っていた。だが、違ったよ。本当の資格者は、カロスのように『思念波』を世界樹に届けることができる者のことだ」
仲間達がサクラさんを見た。
「わたしもその資格者なのね」
「そうだ、サクラは世界樹本体と会話ができる『資格者』だ」
カロスの思念波は本体には届かなかった。
サクラさんは、数万年に1人生まれてくる特別な『資格者』なのかも知れない。
「聖域を出た神獣達は、大樹の森で探求者と運命的に出会うことになる」
「そうなのよ、わたしもレーデルと出会ったのよ」
「そうだったね。レームスもナールルとその時にであったんだ」
ナールルがレームスさんの膝に額をこすりつけている。今の彼にはその時の記憶はない。
「ただね、今はちょっと事情が違っているのよね。そこは10層で説明するわ」
白猫が後ろ足で耳を掻きながらそう言った。
ここで暮らしているエルフ族は質素な生活をしている。部屋の中には家具のようなものはない。あるのは、床に敷かれたマットと低いテーブルぐらいだ。
ここは、世界樹の意志が壁を作ったときに、その中で生きることを選んだエルフ達がいる場所だ。
多くの探求者達もその時に10層に戻っていった。人々の進化を緩やかに見守るという使命は果たされていない。
「探求者とは、この世界の理を追求していくことが本来の姿だと私は考えていた。しかし、どうやらそれも間違えではないだろうが正解でもなかったようだ」
レーデルさんがサクラさんの肩に止まっている赤い小鳥を見た。
「ニクスよ、居るのだろう。我々が進化しなければ勝てない超種族が……」
赤い小鳥が羽ばたき、テーブルの上に乗るとボワッと燃え上がった。テーブルが燃えるほどの炎ではない。感情が高ぶったときの生理現象のようなものだろう。
「『龍人族』だよ。体力、知力、魔力、情緒、全てが完璧な超種族になる」
「ええ、世界樹の記憶の中にもその種族が出てきたわ。探求者は、『龍人族』に対抗できる力を得る為の進化をエルフ族やドワーフ族に授けることが本来の使命よ」
白猫が、後ろ足をペロッと舐めてからそう言った。
「人族は対象外なんですか」
ソフィアが首を傾げる。
「約3万年前に世界樹が眠る前の願いよ。その頃の人族は、まだまだお猿さんみたいなものだったの」
う、魔術学院初等部には、まだそのお猿さんがたくさんいるぞ。
「ソフィア、安心しろ。人族の成長速度はエルフの比ではない。今では同等かそれ以上に進化している」
レーデルさんの言葉が終わるとサクラさんが口を開いた。
「ニクス、どうなの? 今の人族は龍人族に対抗できるの」
「わからない。私が大陸から旅立って5万年は経過している。その間に『龍人族』がどのような進化を遂げているかは想像がつかない」
「ニクスさん、その種族はどのぐらい人数がいるのですか」
今まで黙って聞いていたジェイドがそう尋ねた。
「旅立つ前は数百人だった。だが、数万人の他種族が協力して戦っても、たった1人に勝てない状況だったよ」
つくも(猫)並みの強さだったという事か。
「レーデルさん、ということは、今はもっと進化して強くなっている可能性があるという事ですね」
珍しくチャルダンの声が震えている。恐怖の感情だ。
「そんなやつらとどうやって戦えと言うんだ」
イディアも弱気だ。
「あの魔物と同じだ。絶望しかないぞ」
ディーラさんが言っているのはG型魔物の事だろう。
仲間達の表情にも、9層で絶望を感じたときの感情が表れていた。
そんな中、レーデルさんだけが冷静だった。
「私の予想はこうだ。エルフ族も数万何の歴史があるが、ほとんど進化していない。ならば、その種族も同じような状況だと考えている」
室内に沈黙が漂う。
「それでも、たぶん勝てない」
クエバがぽつりとつぶやく。
仲間達が皆下を向いた。
「えーと、よく分からないんだけど、みんななんでそんなに落ち込んでいるの」
サクラさんがキョトンとしている。
「だって、レームスさんが発明したすごーく強い魔道具がたくさんあるんでしょう。それでやっつければいいじゃない」
その言葉に希望が見えたのか、みんなが顔を上げた。
「サクラよ、武器では勝てない。それにだ、もし効果がある武器だったとしても、彼らは賢い。直ぐに対抗策を考えるか、その武器の原理を解読してもっと強力な物に進化させてしまうだろう」
ニクスの言葉で、また下を向く仲間達。
「なら、私達が強くなればいいじゃない。大精霊が目覚めれば、みんなが精霊術を使えるようになるのよ。簡単じゃない」
ぐわっと言う感じでみんなが顔を上げた。
「サクラの言う通りよ。うちも精霊術が使えるようになればもっと強くなれる」
「ぼくもです」
シンティとエルが真っ先に復活した。
「嬢ちゃんの言う通りだな。おれももっと強くなれる気がしてきた」
「わたしもよ」
「師匠、私もだ!」
「おいらもっす」
「くくく、最強精霊術師の予感」
風の森パーティーとイディアにも戦意が戻ってきた。
「仕方ない、酒造りはしばらく延期だ。少し本気で強くなってみるか」
ディーラさんが、立ち上がって伸びをした。
「カナデさん、ちょっとワクワクしてきました」
「社長、退屈じゃない人生って、素晴らしいじゃないですか」
「ふー、チャルダンがその気なら、私も頑張るしかないかー」
ジェイド、チャルダン、メディも元気になった。
「カナデさん、あなたの足手まといになるような婚約者にはなりませんよ。私が、あなたを守って見せます」
ソフィアが隣で闘志を燃やしていた。精霊剣士の何かが目覚めたのだろうか。でも、うれしいかも。
「ソフィア、頼りにしているよ」
花が咲くような笑顔でソフィアが笑った。
レーデルさんが立ち上がった。
「さて、この話の続きは、10層でまたしようじゃないか」
「レーデルさんに賛成です。ここで結論が出ることではなさそうです」
ジェイドがすかさず賛成する。婚約者とはそうしなければならないのか。勉強になるぞ。
「ちょっと待て、勝手に話をまとめるな。おれに分かるように説明しろ」
冒険の探求者がまた、駄々をこね始めた。
「ペリペア、今までの話を聞いていて理解ができないなら、それはあなたの聞き方の問題です」
おー、キリロスが怒っている。
「そうなのよ、そこは、おまえの悪いところなのよ」
モモンガがそれに続く。
「ペリペアよ、入り口の町の問題から逃げ出したおまえには失望している。そして、すぐに怒鳴り散らすその態度には怒りを覚える」
「な、」
「9層を焼かなかったら、今頃超進化した昆虫型がこの世界を滅ぼしていたぞ。おまえは感じなかったのか。あの絶望感をどうなんだ」
「く、感じたに決まっているだろう」
「ペリペア、9層の森を焼くことは世界樹の意志よ。本体は、あの状態を放置してはいけないと考えていたわ」
「な、それは本当か」
「レームスは無意識で世界樹の意志を実現しようとしてしまったんだろうな。あの飛行体を作ったのは、9層を焼くためだ」
レーデルさんの視線の先には、驚いた表情のレームスさんがいた。
「でも、魔動機関貴族は大樹の森全体を焼こうとしたんですね」
ジェイドの考えた通りだろう。
「エスプリ、なぜ、それを教えてくれなかった」
「さっきも言ったわ。聞かれなかったからよ」
「……」
ペリペアは、黙ってしまった。
入り口の町の問題から逃げ出したとは何のことだろう。ちょっと気になるが、今聞くことではないな。
みんなもそう感じているのだろう。誰1人として、そのあと言葉を出す者はいなかった。
話し合いは流れ解散になった。
床に座り込んだまま動こうとしない里長を残し、我々はベニザクラ号に移動した。
今夜はここに止まることになる。もちろん、仲間達の宿泊場所はベニザクラ号の中だ。
ただ、おれは、生まれたことになっている家に帰ってみよう。婚約者をここでの両親に紹介しなければならない。
おれとソフィアだけが別の方向に向かったときに、後から声をかけられた。誰だ?
「秩序の探求者よ、ペリペアの態度を謝罪する」
狼の神獣『キリロス』だった。
「気にしていませんよ。誰だって、大切な森を焼かれたら怒ります」
「それは彼の言い訳だ。本当の理由は恐怖だよ。9層から流れてきた絶望へのね」
「何か事情があるのですね」
ソフィアが優しくそう言うと、キリロスが頷いた。
「入り口の町ができて、100年位までは何とか我慢していたんだ。だが、人族の果てしない欲望に恐怖してしまった彼は、性格が変わってしまった」
利権や特権を主張し始めた貴族が力を持ち始めたころかな。
「もともと、人の話を聞くのは苦手だったペリペアは、人族の要求をうまく処理できなかった。そして、だんだんと怒鳴り散らすようになった」
中間管理職が陥りやすいパワハラだな。
「自分の事が許せなくなった彼は、全てを象徴に押しつけて逃げ出したのさ」
カルミア様の前の象徴のことだ。
「ここでの生活は穏やかで落ち着いた性格に戻っていたんだが、あの絶望が流れてきたときに恐怖を思い出してしまったのさ」
そこまで話すと、キリロスは1つお辞儀をして、帰って行った。
「カナデさんが気にする事ではないです。これは、ペリペア様が自分で解決しなければならないことです」
そういって、婚約者様が優しく手を握ってくれた。
「ソフィア、ありがとう。元気が出たよ。ほら、あそこが僕が生まれた家なんだ。そして、あの優しい人達が僕の両親だよ」
家の前では、プリスさんとネポスさんがニコニコ笑いながら待っていてくれた。
ソフィア、サクラさん、仲間達、そして、この優しい人たちを守るためにも、おれはもっと強くならなければいけない。
10層には、きっとそのヒントがあるはずだ。
いよいよ、明日の朝、10層に乗り込むことになる。
魔術学院編 完
これで、『魔術学院編』の完結になります。
最後まで読んでいただきありがとうございした。
活動報告があります。
よろしかったらご覧ください。




