高天原
「い、いててて。ん? あれ、ここは…?」
樹は見知らぬ場所で目を覚ました。そこは上も下も右も左も真っ白な世界。どこかで見たことのあるような景色だった。どこだったかな?と思い出す前に背後から声を掛けられた。
「やっと目を覚ましたか。この馬鹿者め」
その声の主は裏神様だった。その隣には目に帯を巻いており、綺麗な着物を召している裏神様と同じぐらいの背丈をした少女の姿があった。
「あ、えっと、どちら様ですか?」
「私はこの世界の運命を司る神様だよ。そこにいる裏神と名乗っている馬鹿の姉だ」
「へぇ、お姉様ですか…って、えぇ!! 裏神様、お姉様が居たんですか!?
…と言うことは表の神様? 表神様? なんか語呂が悪いな」
樹が独り言を呟いていると姉と言った神様は声をあげて笑った。
「はっはっはっ。面白い奴だな。
私の事は神楽と呼ぶがいい。私と妹が下界を旅していた頃に人間に名付けてもらった名でな。結構気に入っているんだ」
「下界を旅していたんですか? どうして?」
「私と妹は生まれた時から役割が決まっていたんだよ。まぁ、大抵の神様はそうだけれどな。別にそれに不満があったわけではない。ただ、たまに休みというものが欲しくなってしまって、それで少しの間、暇をもらっただけだよ。特に何かあったわけではないが、楽しい旅行だったよ」
神楽はそう言うと笑った。すると、その横にいた裏神様は不満そうに頬を膨らませて神楽に話しかけた。
「そんなことを話すために妾とこやつを呼び出したわけではないじゃろうが。はよう本題を話せ」
裏神様がそう言うと神楽は何かを思い出したかのように手をポンと叩いた。
「そうだったな。では、御伽。ちょっとこっちに来てもらえるか?」
神楽がそう言うと御伽と呼ばれた裏神様は渋々と言った様子で神楽の元に寄った。すると、神楽は樹に聞こえないように裏神様に耳打ちをした。耳打ちが終わると裏神様はため息をつき、その内容を樹に話し始めた。
「よーく聞けよ。今、お前の体には禍津日神という最悪最低の厄神が乗り込んでおる。その髪を消すためにお前のことを抹殺することが先の神同士の会議で決まったそうじゃ。これから、数多の神の僕がお前を殺しにくるじゃろ。お前は殺せば神の階級が三つあがるそうじゃからな。特に階級の低い神や神に成りたてがわんさかくるじゃろうな。云わばお前は賞金首というやつじゃな」
裏神様は特段慌てた様子もなく他人事の様な口ぶりでそう言った。
「え? ちょ、ちょっと、待ってください。俺、殺されちゃうってことですか?」
「まぁ、そういうことじゃな。姉はさっき言った通り運命を司っているのじゃ。これから先に起こる未来を全て余すことなく分かっているからな」
裏神様がそう言うと樹が肩を落とした。
「じゃあ、俺は死ぬんですね」
「いずれ寿命がきたらな。
さっき、姉は妾に耳打ちをしたじゃろ? 姉の言葉を直接聞けばその未来は本当になる。ただ、何かを通して聞けばその未来は回避できる余地があるのじゃ。その何かは大抵他の神に成るのじゃけどな。まぁ、とにかく、まだ肩を落とすには早いと言う訳じゃな」
「そ、そうですか…」
「なんじゃ、浮かない顔じゃな。まぁ、対策はそのうち考えるとして、今日はもう帰るか。人の身でここに長居するのもよくないからの」
裏神様はそう言って樹の手を取ると一歩踏み出した。すると、全て白かった景色はあっという間に色のついた景色へと変わった。そこから少し進むと見覚えのある風景が飛び込んできた。
そこは家から少し歩いたところにある、神社の境内だった。
「いつの間に…」
あまりの目まぐるしさに理解の追いつかない樹は言葉が出てこなかった。
「今日はゆっくりと休むか。もう遅いしな。っとその前に」
鳥居を潜ろうとした裏神様は歩みを止め、踵を返すように社殿へと戻っていった。樹もそれに続く。
「一体どうしたんですか?」
「これから世話になるからな。ほれ、樹賽銭を出せ」
そう言われた樹は財布を取りだした。
「幾ら入れればいいですか?」
樹がそう尋ねると裏神様は鼻で笑った。
「ふっ、そんなもん幾らでも構わんよ。そこに神様を信仰する気持ちがあればそれで良い」
そうは言われたものの、なんとなく気が引けた樹は財布の中に入っていた五百円玉を賽銭箱へ投げ入れた。
「さて、賽銭も済んだことだし、帰るぞ。妾は腹が減ったんだ。今日はコロッケが食べたい気分じゃな」
裏神様はそう言うと長い階段を下り始めた。樹もそれに続くようにして家路についた。




