裏神様
しばらくすると、昼休みの終了を告げるチャイムの音が聞こえてきた。瑞泉はそのチャイムで目が覚め、ゆっくりと体を起こした。寝ぼけながら辺りを見渡すと鏑木が呼び出しから戻ってきていた。裏神様のことを聞こうと思ったのだが、えらく落ち込んでいるようなので話を聞くのは無理そうだと悟った。
そうなると、やはり最終手段である幼馴染の露木に聞くしかないと思った。オカルト話大好きな露木なら、裏神様のことを知っているに違いない。
気になることが出来ると、あんなに億劫だった放課後が今や、早く来ないかと待ち遠しく感じる。五限目、六限目の授業も上の空、授業が全く身に入らなかった。
六限目が終わり、残すはホームルームのみとなった。帰る準備を進めていると担任の先生が教室へと入って来た。
「いいか、お前ら、最近やたら、たるんでいる奴が多いとのことで明日は急遽、服装検査をすることになった」
担任の先生は開口一番にそう言った。するとあちらこちらから悲鳴と怒号が入り混じった声が聞こえてくる。担任の先生はそんなことお構いなしに話を続ける。
「静かにしろ。普段からちゃんとしていない奴が悪い。とりあえず明日まで猶予があるんだから引っかかりそうな奴は今日中にどうにかしとけよ。
よし、先生からは以上だ。それでは気を付けて帰るように」
担任はそう言うと教室から出ていった。それと同時に瑞泉は立ち上がり教室を出た。いつもなら真っ直ぐ下駄箱へ向かうのだが、今日は約束もあり、何より気になっている裏神様のことについて聞かなければという強い信念を持って露木の教室へと向かった。
露木の教室へ着くと、露木のクラスはまだホームルームの途中のようだった。廊下で待っていると教室の中にいた露木は瑞泉に気付き、ニコリと笑って小さく手を振って来た。瑞泉も小さく手をあげそれに応えた。教室の何人かの男子がこちらを向いた気がするが、それはきっと気のせいだろう。
露木のクラスの担任は話が長いようで、クラスに着いてから五分以上は待たされた。ようやく号令が聞こえ、生徒が次から次へと教室から出てきた。すると、何人かの男子生徒は教室から出てくる時に睨むような目つきで瑞泉のことを見てきた。どうやら、さっき感じていた視線は間違いではなかったようだ。
はぁ、とため息をつくと丁度露木が教室から出てきて瑞泉に話しかけた。
「ごめん! 待たせちゃったね。
どうしたの、ため息なんかついちゃって。なんか悩み事?」
露木は心配そうに下を向いている瑞泉の顔を覗き込んだ。「お前の所為だ」とは口が裂けても言えないので、「別に何もないよ」と瑞泉は返事をした。
「ふーん、ならいいけど。
じゃっ、帰ろっか!」
露木はそう言うと下駄箱へと向かって歩き始めた。瑞泉は少し距離を取って後ろから付いていくような形で歩き出した。
下駄箱まであと少しというところで露木が足を止め、後ろを振り返り瑞泉の方を向いた。
「ねぇ、なんでそんな離れて歩くの? せっかく、一緒に帰るんだから並んで歩こうよ」
露木は少し不機嫌そうに右の頬だけ膨らませてそう言った。本人的には怒っている顔なのだが、凄く可愛らしい。
あざといが大抵の男ならこの仕草で落とされてしまいそうだ。現に瑞泉も少し心が揺らいだ。
「あー、悪い。一緒に帰るのが久々だから少し緊張しちゃってさ」
「ふふっ、実は私もっ!」
露木はニコニコと笑いながらそう言った。その笑顔はとても眩しいもので、瑞泉は真っ直ぐ見ることが出来ず思わず顔を逸らしてしまった。そんなことを知らない露木は、先に下駄箱に到着すると校内履きから外履きに履き替え、瑞泉よりも一足先に校庭へと出た。そして、瑞泉へ向けて、「早く早く」と手招きをした。それに誘われるように、急いで外履きへと履き替えた瑞泉は露木の元まで駆け寄った。
並んで歩いてみると、やはり少し恥ずかしかった。露木は瑞泉の肩ぐらいまでの身長で、露木が歩く度にシャンプーのいい匂いがふわふわと漂ってくる。中学一年生の頃まではそんなに身長は変わらなかったのになぁ、と瑞泉は当時のことを思い出しながら校門をくぐった。
帰り道では本当に何気ない世間話に花を咲かせた。こんなに喋ったのはいつ以来だろうと思い返さなければならない程、昔のことだと思った。特別仲が悪いわけでは無く、むしろいい方であるのは間違いない。でなければ今もこうして帰ることもないだろう。
それに、瑞泉家と露木家の親同士も仲が良い。何故なら、学生時代からの付き合いだそうだ。それ故、樹と奏が小さい頃からお互いの家でバーベキューをしたり、誕生日会を開いたり、とにかく行事ごとは、どちらの家も必ず参加するほど仲が良い。
だが、瑞泉と露木が中学三年の受験時期になってから会うことも会話も少なくなった。同じ高校に通うということになっても、何故かお互いに気まずさがあり挨拶や少し喋ることがあっても今日みたいに一緒に帰るというようなことは一度もなかった。
だが、それも解消された瑞泉は今日一日気になって仕方が無かったことを露木に質問した。
「なぁ、露木は裏神様って知ってる?」
その質問をした瞬間、露木は水を得た魚のように目を輝かせた。
「えっ! たっくんも裏神様のこと知ってるの!?」
「いや、今日、野球部の悠が裏神様の話をしていてきになったんだ。悠に詳しく聞こうと思ったんだけどさ、どうにも聞けそうになかったから、露木なら知ってるかなって思ってさ。
ていうか、たっくんって呼ぶなよ。恥ずかしいだろ」
「そんなこと言ったって、たっくんはたっくんでしょ? 今更直せないよ。
話を戻すけど、裏神様って言うのは、一種のお呪いみたいなものだよ」
「お呪い?」
瑞泉はあだ名を訂正してもらうことを諦め、裏神様の話に集中することにした。
「うん。お呪い。好きな人の名前を消しゴムに書いて、誰にも見られることなく、その消しゴムを使い切ったら恋愛が成就するとか、そういう類のお呪いに似ている話だよ」
「へぇ、じゃあ、裏神様のお呪いは一体どういうものなんだ?」
「やり方は至って簡単だよ。宿題のプリントとか、片面印刷のチラシとか、とにかく何かに使われた紙で裏が白紙のやつがあるでしょ? それに「裏神様へ」って書いて、そこの下に叶えたい願い事を書くの。
そして、ここが一番重要なんだけど」
露木は話を止めて瑞泉の方へと詰め寄って来た。予想していなかった行動に瑞泉は思わずびっくりして後退りをした。
「急に近づくなよ。びっくりするだろ。
それで、一番重要なことって?」
「一番重要なのは、その願いを叶えるために代償を払うの。本当に何でもいいんだけどね。
ただ、その代償に見合った願いしか叶えてもらえないの。どこかの錬金術みたいな感じで等価交換っていうことになるのかな。
その代償を書いたら、最後に自分の名前を漢字のフルネームで書いて、その紙を裏返しにするの。つまり、その紙の表面ってことだね。
すると、不思議なことに裏神様が願いを叶えてくれるっていうお呪いだよ」
「ふーん、なんだか、小学生が考えそうなお呪いだな。裏紙と裏神をかけているところとか、最後の名前を漢字のフルネームで書くっていう所が特にね。
しかし、その代償を払うっていうのはどうするんだ?」
「うーん、説明が難しいんだけど、例えば、明日服装検査があるでしょ? その服装検査を無くしてくださいって書いて、代償は自分が大切にしているライブのDVDとか書けば、そのDVDが酷然と消えるらしいんだ。そしたら代償を受け取ってくれたってこと。そして、代償を払った代わりに服装検査がなくなるみたいな感じかなー」
「最後がふわっとし過ぎていたな。
それに服装検査に見合った代償がDVDってどういうことなんだよ…」
「あくまでも例え話だよ? それにそのDVDにお金の価値がどれだけあるかではなくて、その持ち主がどれだけ大切にしているのかっていう話だから」
「なるほどね。
じゃあさ、裏神様を利用してお金も貰えたりするの?」
「たっくん、考え方がよくないよ。
まぁ、実際に試した人がうちの学校にいるみたいだよ。その人は、寝る前に「お金をください。代償は自分の髪の毛を差し上げます」って書いたそうなの。それで朝起きて、洗面台に顔を洗いにいって髪の毛を触ったら、円形脱毛症が出来ていたって。
ショックを受けたみたいだけど「裏神様に願いを叶えてもらった」って思ったその人は浮かれ気分で学校に行ったんだって」
「それで、そいつはいくら手に入れたんだ? まぁ、なんとなく予想はつくけど」
瑞泉は露木に質問しながら、学校で円形脱毛症になった人物を思い浮かべていた。柔道部の池口である。あんなに怖そうな顔をして、そんな呪い事を信じるなんて、人は見かけによらないんだなと瑞泉は思った。
「やっぱり、オチ分かっちゃった?
その人が拾ったのは学校に向かう道中で拾った十円だけだったみたい。だから、願いと代償のバランスがイコールじゃないとダメみたいだね」
「やっぱり、十円か。
まぁ、そんな胡散臭い話、俺は信じないけどなぁ。
とりあえず、裏神様の正体が分かってスッキリしたぜ。なーんか、物足りないけどな」
自分が想像していたものよりショボかったというのが正直な感想だった。
たかが、裏紙に掻いた願いを代償さえ払えば叶えてくれる神様がいるわけない。普通、願いを叶えてもらいたければ、神社やそういう信仰深いところに自らの足で赴いて、神様に「自分はこうなりたいです」と宣誓をし、その願いを叶えるために努力をして、願いは成就するものではないのか?と瑞泉は思ったが、やはり口にはしなかった。
裏神様の話が終わったところでお互いの家に着いたので、二人はそこで別れた。




