ただひとつの手がかり
その娘が現れたのは、牢獄に閉じ込められて少したった頃のこと。
連日の尋問という名の拷問が続いていたときだった。
顔には出さないように努めていたものの、正直、エドアルドの心は疲れ始めていた。
正常なときであれば決して認めないであろう、作られた罪状に対してもどうでもよくなり始めていたのだ。
鞭打ちの傷の痛みのせいで横になって眠れないため、自然と壁や格子に寄りかかって眠る形になる。できるだけ、壁を選んで眠るようにしていたが、その日は看守の虫の居所が悪かったのか鞭打ちの回数が多く、牢の中に戻されたときには入り口の格子から動くことができなかった。
少しの間、気絶するように眠っていたエドアルドは、腕を叩かれる感触で目を覚ました。
上の窓から差し込む光が、ぼんやりとだが格子の向こう側にいる誰かを照らしている。
深くフードを被っているせいで顔は見えないが、その身体の大きさから女だと推測できた。
「だ、れだ」
枯れた声で問う。
こちらの腕を叩こうとした女の手が宙で止まった。伸ばされた手がフードの中に消えて、再度伸ばされる。ただし、今度はエドアルドの手に。緩い力で引っ張られ、掌を上に向けられる。
指に綴られた文字で、エドアルドは状況を理解した。
この女は話せないのだ、と。
それから、度々、夜になると女はエドアルドの、いやエドアルドたちの前に現れては食料の差し入れや傷の手当てといった世話をするようになった。
女の存在を、エドアルドたちは看守に決して悟られないように細心の注意を払った。
誰にも言わないでほしい、と女が願ったからだ。
女はなかなか名前を明かさなかったが、『天使』と呼ばれていることに困惑したのか、とうとうエドアルドの手に名を綴った。
名は、リディーというらしい。
リディーは、エドアルドたちがクーデターを起こしてから姿を見せなくなった。
顔は見ることが叶わなかったが、エドアルドはたったひとつだけ手がかりを掴んでいた。
リディーの左腕には大きな火傷の痕があったのだ。