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和解は一日にしてならず?

「な・ん・で、あんたがここにいんのよ!? な・ん・で!」


 翌日、昼休み、香澄が割り箸で弁当の蓋をベチベチと叩いた。

 額にははっきりと不機嫌と書いてあるかのようだった。


 チラチラとクラスメート達が興味本位で視線を向けてくるのも気に食わないようでそちらを一瞥していた。皆、さっと顔を背けていそいそと弁当を食べ始める。

 香澄は一目置かれているところがあり、何かあった時には彼女をリーダーにしようとする動きがあるほどだ。逆らえないという存在でもある。

 彼女を頼るのは紗綾だけではないのだ。本人も元々の面倒見の良さから放っておけないようである。

 それを思えば、将也の後を継いで陸上部の部長を務めるのは当然のことだ。けれど、彼女は決して紗綾から遠くなったりはしなかった。

 いつまでも近い距離のままでいてくれる。それがたまらなく嬉しかった。


「もう俺達の間は引き裂けないっスよ。田端先輩にもね」


 香澄の鋭い視線の先で圭斗が涼しげに笑っている。

 彼は彼女が購買に弁当を買いに行っている間に現れたのだ。

 そして、一緒に弁当を食べたいという申し出を紗綾は快諾した。

 香澄ときちんと和解してもらいたいという気持ちがあったからだ。

 しかし、この状況は好ましくない。

 香澄は戻ってくるなり彼を睨み付け、圭斗は笑って受け流すばかりだ。


「相手にされないのに必死なことで。いつまでも私の紗綾にちょっかい出してないで、さっさと次のターゲット決めたら? 選びたい放題、つまみ食いし放題なんじゃない?」


 香澄が圭斗を睨む。

 いきなりの険悪な雰囲気に紗綾はオロオロするしかなかった。


「人聞きの悪いこと言わないで下さいっス。しかも、さりげなく自分の物発言しないで下さいっス。ってか、なんなんスか。俺が先輩に何かしたとでも?」


 圭斗は肩を竦める。

 香澄は弁当を食べ始めたものの、怒っているのは間違いないようだ。


「あんたと同じクラスの子がうちの部にいて、色々教えてくれた。随分と棘があるそうで、女の子達には愛想良くしておかないと後々怖いわよ? 後ろから刺されたりして」

「あー、ご忠告どうも。でも、俺、先輩と違って人付き合いダメダメなんスよ。激しい人見知りで。だから、つい素っ気ない態度が出ちゃうんスよね。変にオドオドしていじられんのもやだし」

「私も人見知りだよ。どうにかしなきゃって思うんだけど……」

「コラッ、紗綾。変な仲間意識持たないの。こいつの場合、嘘なんだから」


 香澄は呆れた様子ではあったが、圭斗に向ける眼差しは本気で怒っているのではないようだった。どちらかと言えば、普段の香澄だと紗綾は安堵する。


「誰とでもベタベタするわけじゃないってだけっスよ。それなりにトラウマもあるわけで、丸っきり嘘言ってるわけじゃないんで、そこんとこ誤解しないで下さいっス。いや、田端先輩に理解されなくても俺は困らないんスけど」


 海斗とその恋人のことだろう。

 さらっと言う彼はどうにか乗り越えられているらしい。


「でも、圭斗君には飯田君っていう親友がいるもんね。私と香澄みたい」


 何とかその話題でごまかそうと紗綾は思ったのだが、圭斗の動きがぴたりと止まる。


「いや、俺、あいつのこと、親友とか思ったことない。少なくとも、先輩達みたいな関係じゃあ……」


 紗綾は唐揚げを箸で掴み上げたまま固まった。


「親友じゃないの……?」


 ぽとりと唐揚げが元の位置に着地する。


「し、親友っス! 大親友っスよ。もうずっと昔からの。腐れ縁っていうか、なんて言うか……」


 きっと、照れ臭かったのだ。そう紗綾は納得することにした。


「ロビンソン君とも友達になれた?」

「いいや、全然」


 あっさりと否定されて、紗綾はまた唐揚げを落としそうになる。


「折角、同じクラスにサイキックがいるのに?」

「じゃあ、先輩がお手本見せてくれます?」

「うっ……」


 それを言われると何の反論もできなくなる。

 自分が言えたことではなかったのだ。


「そこは、サイキックじゃないもん! って言えばいいのよ」


 香澄が呆れているが、できるならば、それは言いたくないと紗綾は思っている。

 サイキックではない。けれど、その一言を発することで彼らとの境界がはっきりしてしまうのが怖かった。

 同じ場所には立てないとわかっていても、近くにはいたい。狡い考え方だとは思うが、紗綾にはそれしかできなかった。


「天然っスよね……」

「だって、なんか怖いんだもん……」


 思い出して、紗綾は無意味に唐揚げをつついた。


「食べ物で遊ぶんじゃない!」


 香澄に窘められ、紗綾はお姉ちゃんと呼びたい気分だった。

 兄弟のいない紗綾にとって香澄はそういう存在だった。時にお母さんでもあるのだが。


「そりゃあ、変な外国人にいきなり求婚されて追いかけ回されたらトラウマにもなるわよ」


 香澄の言う通りだ。その時も紗綾は逃げるしかなかった。


「あ、あいつ、最近、クラスの女子に照準変えたんで大丈夫っスよ。これっぽっちも相手にされてないっスけど。俺にとっても都合がいいんでコッソリ援護してるんスけど」


 廊下で見かける度にさっと香澄の後ろに隠れていた。だが、それもしなくていいのだろうかと紗綾はほっとする。

 リアムの方もなぜか紗綾を恐れていて、それは圭斗か嵐の仕業らしかった。


「じゃ、じゃあ、二人も仲良くね」


 紗綾は何とか話をそこに終結させようとする。

 今日の目的は香澄と圭斗を和解させることなのだが、二人は目を合わせれば睨み合う。


「大丈夫よ」

「大丈夫っスよ」


 それぞれが紗綾を見る。そして、お互いに顔を見合わせてフンと背けた。


「いきなり仲良くなんて癪だから」

「同感っスね」


 どうやら二人はもう和解しているようだ。

 紗綾がほっとした時、その人はフラフラとした足取りでやってきた。



「泉水先輩……?」


 紗綾がその人について知っていることは、写真部ということだけだ。

 なぜ、ここに彼女が現れるのかはわからない。


「写真できたからあーげーるー」


 渡されたのは分厚いピンクの封筒。封がされていないそれをそっと覗けば、かなりの枚数の写真が入っているように見える。


「こ、こんなに……?」

「お金のことなら気にしないで、たぁんまり儲けてますからぁ、うふふ」


 気にしないでと言われて気にするのが紗綾だ。


「モデル料ってことで。いやあ、いいもの撮らせていただきましたぁ。ありがとねぇ」


 受け取ってぇ、と半ば無理矢理握らされ、その好意を受け取っておくことにした。


「ありがとうございます」

「あと、これ、黒羽王子に渡しといてねぇ。何か逃げられちゃってぇ」


 黒羽殿、とお世辞にも綺麗とは言えない字で書かれた封筒を渡される。こちらは、紗綾のものよりもずっと薄い。


「わ、わかりました」


 今日、十夜は来ているということだろうか。

 どうせ、会いに行くと決意したのだ。その時に渡せばいい。たとえ、結果がどうなっても、それだけは受け取ってくれるかもしれない。


「じゃあねぇ」


 またフラフラと帰っていく泉水を見送っていると、スルリと紗綾の分の封筒が抜き取られる。


「俺、文化祭出てないんスよねー」


 そう言い、圭斗が中身を出す。


「ずるい! ここは紗綾の一番の親友が先よ!」


 香澄は手を伸ばすが、止めるわけでもない。


「俺は一番の男の親友っス」

「キーッ!」


 その様子を見ていれば何の心配をないと感じる。

 しかし、自分で見返すのも勇気がいると感じる文化祭の写真を彼に見られるのは恥ずかしい。


「って、何スか、これ……」


 ピタッと圭斗が固まる。その手にあるのは、十夜と将也と佐野と映っている写真だ。


「うちのクラスは浴衣カフェで部長たちのクラスは王子喫茶だったんだよ」

「紗綾はオカ研方式の客引きだったけどね」

「ああ、この浴衣猫耳、そういうことっスか」

「いつの間に!」


 圭斗の手には隠し撮りらしい香澄の写真がある。

 どうやら泉水は紗綾のクラスの写真も一緒に入れてくれたようだった。


「あっ! 俺、まだ見終わってないっス!」


 香澄に写真を奪い取られ、圭斗は手を伸ばす。

 だが、「おだまり!」と一蹴されてしまった。


「って、うわっ、お祓いしなよ。この白い人映ってるの」


 今度は香澄が固まる。彼女が持っている写真には将也が見切れている。


「将也先輩だよ?」

「何であの人白いんスか、絶対おかしいっスよ」


 圭斗までそんなことを言い出す。


「そ、そうかな?」

「ぜーったい、おかしい!」

「ほんと、先輩騙されてるっスよ」


 二人揃って一体なんなのだろうか。

 将也が嫌われていると言ったのが信憑性を帯びてくるような気がした。

 だが、今はそれよりも気になってしまうことがあった。

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