悪魔とまた明日
「サイキックって便利な言葉っスよね」
「だから、オカ研では他の言い方はしないんだよ。霊能者も霊媒も、超能力者も一緒」
「でも、一言で言っても俺と海斗は違う」
「海斗さんは人によっては超能力って言うかも」
「超能力捜査官、なんて?」
紗綾はコクリと頷く。
その定義は未だよくわかっていなかった。
だが、嵐は世の中にはもっと不思議な人間がいると言った。彼はそんな人物に会ったとは言わなかったが、ないわけでもないのかもしれない。
「俺は前部長とか刑事さんよりましなくらいっスね。とりあえず、見えるだけ。いざとなれば、頼斗が俺を守ってくれる」
超霊媒対質の光と姿が見えるだけの将仁、圭斗が近いとすれば後者なのだろうか。
「でも、部長とか先生は凄いっスよね。あと、久遠ってお兄さん」
圭斗も眷属を従えている点では十夜に近いところもあるが、人と動物霊の違いがある。
十夜の場合は彼自身も強い力を持っている。
「だから、何もできないことが、俺のコンプレックス。下手に手を出すとどうなるかわかってるから何もできない臆病者。その点では部長を尊敬するっスよ」
適切な対処ができない人間が迂闊に手を出せる問題ではない。
それを弁えている彼を臆病者とは言わないはずだと紗綾は思う。けれど、口を挟む余裕がなかった。
「それは海斗からすれば、贅沢な悩みなわけっスけどね……」
霊的作用を受けやすく、しかしながら、それを制御できないのは光を見ていればぼんやりとわかる。
彼はどこまでも明るかったが、海斗は正反対の性格をしているだろう。
「俺の眷属に気に入られて、勝手に変な名前付けたりして、あげられたら良かったんスよ。俺は守護石があれば、だいじょう……」
言いかけて圭斗が顔を顰めた。
「か、噛むなよ!」
いきなり声を上げた圭斗に、一体何事だろうと紗綾はぎょっとした。
「な、何でもないっス」
圭斗はどこか恥ずかしそうにしている。それが、自分には見えないものに関係したことだと紗綾は察する。
「そこにいるんだね、頼斗さん?」
「ええ――ペット厳禁なんだから出てけよ」
頷いてから、圭斗は追い払うような仕草を見せるが、また顔が小さく歪んだ。
「だから、噛むなって。他に見える奴いたら、どうするんだよっ」
「私も見えたらいいのにって、いつも思うよ。見えるせいで、みんな苦しんでるってわかってるのに――」
右手を振る圭斗を見ていると何だか微笑ましい気持ちになる。
頼斗自体は見せてもらったことがあるのだ。だから、多少、想像はできる。けれど、やはり想像に過ぎないのだ。
同じ物を同じように見るとは限らない。だが、そもそも同じ物が見えていないというのは苦しい。
「――そうしたら、みんなのこと、少しは助けられるのかな、って」
助けなど必要としていないのかもしれない。助けられるなどと思うことがおこがましいのかもしれない。
それでも、思わずにはいられなかった。
オカ研にいることに何の意味もないとはたくなかった。今はほんの少しでも役に立てるならば良いと思う。
「何か先輩のオーラっていいんスよね。癒し系って言うか」
「全然自覚ないんだけど……」
大人しいと言われることはあったが、そんなことは言われたこともなかった。人を癒せる人間はまた違うと思うのだ。
「でも、今、ちゃんと向き合ってくれてる」
「逃げちゃったから……」
初めから向き合えたなら、どれほど良かっただろうか。
これからは罪滅ぼしなのだ。
「俺たちが秘密主義過ぎたからで、初めから何もかも話すべきだったんスよね」
「わからないよ? 信じなかったかも」
今でさえ自分に強力な守護霊がついているとは実感していない。
「勝手に拠り所にしてたところが壊れるのが嫌で秘密にして、それを海斗に壊されるなんて思わなかった」
「拠り所になれるなら、私は嬉しいよ。今まで自分のことしか考えてなかったから」
「そんなことないっしょ」
「みんなの話聞こうともしないで、海斗さんについてったりして」
それも、まったく無意味だったと思うわけではないが、反省すべき点が多すぎた。
「まあ、そういうところ、不安っスよね。変な壷買わされたりするんじゃないかとか」
「それ、香澄にも言われる……」
危なっかしいと言われるし、頼りないというのも自覚している。
断ることも苦手だが、見知らぬセールスマンから高い壷を買うことはないと思う。しかし、相手がオカ研の関係者であった場合、断れる自信は全くない。
「でも、海斗のことも考えてくれてる」
「海斗さんだって苦しんでるから」
苦しんでいることをわかっていながら彼を悪だと見放すことはできない。
お人好しと言われようと彼は最早ただの他人ではない。紗綾の中では彼もオカ研のファミリーだ。
「そうなんスよね……わかってて、俺は何もできなかった。刺激するばっかりで、何の助けにもなれなかった」
圭斗の傷もまた深いものだろう。何もできないことが彼の痛みだ。
「海斗が変わったのはあの人と付き合い始めた頃から。それまでは何とか……まあ、それなりに兄弟やってたんスよ」
仲が良かったと言うほどでもないのか。照れ隠しなのか。
「海斗も見えたり聞いたことは匿名で警察に情報提供したりしてたけど、自分から首を突っ込もうとしなかった。見ないフリをすることもあった。サイキックなら他にもいたし」
それで良かったのだろう。そうするべきだったのだろう。
「それが、あの人に出会って、深入りしたばっかりに……」
圭斗の表情が暗くなる。全てが壊れたのはその時なのだろう。
「先輩から見て、海斗ってどんな感じっスか?」
「やってることは正反対だけど、根本的には部長と似てるのかも、って思うよ。ちょっと危うい感じがするところも、わざと冷たい態度を取るようなところも」
本当は誰かを救いたいと思っている。一人でも救えたらと思っている。
自分が傷付いてでも救いたいのか、自分が傷付かなければ救うのか。
否、誰かがその傷を鬱いでくれれば海斗も違ったのかもしれない。
嵐や将也などは十夜が精神的に弱いと言うが、十分に強いのではないかと紗綾は思う。
人殺し――それは決して言葉通りではないだろう。
彼の心に闇をもたらす何かがあったとして、今の彼はそれを全て乗り越えたというわけではないだろうが、どこかで折り合いを付けているはずだ。
自分を責め続けながら、誰かを救うことで償おうとしているように見える。
「なんか、側にいなきゃいけない感じがしちゃうみたいで。でも、そうすると、自分が依存しちゃうって、負の連鎖的な? 難儀な奴っスよね」
紗綾は重荷になりたくはないと思っている。けれど、本当に支えられるかはわからない。
自信があるとは言い切れない。全てをわかりきることは、きっとできないだろう。
「それじゃあいけないと思ったのかもしれないっスね。だから、姿を消してみた」
抜け出すために強硬手段をとる。それは極端だが、気持ちはわかる。
紗綾がしたこともまた同じだったかもしれない。
「その時のあの人は本当にひどいもんだったっスよ。泣いて暴れたり、俺を海斗の代わりにしようとしたり。だから、俺もあいつの面影を探されるのが嫌で、わざと派手な格好して、遊び歩いたりして、自分の顔見る度に殴りたくなったりして……まあ、結構荒れたっスね」
さらりと圭斗は言うが、内容は穏やかではない。
彼は彼なりに乗り越えたのかもしれない。
「あの人が街を出てった時、正直ほっとしたんス。高校で先輩を見つけた時、本当に嬉しかった。この人なら、あんな思いをしなくてもいいと思った。霊的な作用っていう面では全く危なげないし」
光のようでは大変だと紗綾も思う。霊媒となる方もそれを助ける方も。
紗綾がいた一年の間、光は何度となく騒ぎを起こしたし、その間の嵐と十夜の気苦労も相当なものだった。
その上、霊の姿が見えるだけの将仁や声が聞こえるだけのマリエが事件に首を突っ込むことがあった。
魔女は容赦なく仕事を押し付けてくるし、黒羽オフィスの手伝いもある。
「最初は、本当に最初の一瞬は、救われたい一心でなんとしてでも落とそうって思ったんスけど、話してみたらすっかり心持ってかれた。話したら面白いし、俺のこと心配してくれてたみたいだし」
「だって、生贄だよ? 面白がってなるようなものじゃないし……」
圭斗を心配するのは紗綾にとって当然のことだ。彼の高校生活を台無しにすることになるのだから。
「生贄連れてかないと自分が困るのに?」
そう言われると返答に困ってしまう。
嵐は『立ってれば絶対に大丈夫』としか言わなかったし、十夜は無言で生贄が見付かるまで戻ってくるなとばかりに黒いオーラを出すだけだった。
「でも、今はなって良かったって思ってる」
まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。感謝されるはずのないことだ。
「部長見た瞬間に手に入らないって悟ったけど。それでも、側にいたかった。苦しくなるってわかってたのに、今更、離れられないって思った」
「離れないよ」
「友達だから?」
紗綾は頷く。友達は大切にしなければならない。だから、彼が苦しんでいるのをわかっていながら見放したりはしない。何も出来ないとしても、離れない。
「手に入らないのに?」
そう問われると沈黙するしかなかった。
わかってるっス、と圭斗が笑う。
「まあ、俺の願いを限りなくシンプルにするなら、側にいたい、っスからね……その点では、変わらない友情もありっス。大ありっス。むしろ、その方がいいかもしれないっスね。近すぎると遠慮がなくなって、どうしようもなく壊れてくってのを見ちまってるんで――あ、全部が全部そうって思ってるわけじゃないっスからね」
圭斗の心の奥には海斗のようになるかもしれないという恐怖があるかのかもしれない。
「明日、また会えるといいね」
「会えるっスよ、いくらでも。何度でも会いに行く」
「部室で」
これが一歩、そして、明日こそは十夜に会わなければならない。
「それはどうっスかね?」
「うっ……」
ニヤッと圭斗が笑い、紗綾は言葉を詰まらせた。
そうなる保証は全くない。
「冗談っス。友達だから意地悪も言うんスよ」
圭斗はクスクスと笑う。
「先輩なら大丈夫っスよ、絶対に」
ありがとう、と微笑む。圭斗からパワーを貰えた気がした。




