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怒りの再会

 二人が階段を上がりきったところで、前方からやってきたのは圭斗だった。

 そのオレンジ頭はよく目立つ。遠くにいてもすぐわかるせいで、最近は嵐に目印にもされていたりするほどだ。


「あ、先輩、遅いじゃな……」


 紗綾を見付けて笑顔になった彼は、ふと、固まった。

 その表情はすぐに険しくなる。じっと戒斗を見ている。


 時間にしてほんの数秒だと言うのに、やけに長く感じられた。


「カイト! てめぇ、何しにきやがった!?」


 爆発するように圭斗が声を荒らげた。


「自分から穴蔵から出てきたか、圭斗」


 やはり、圭斗と彼は知り合いのようだ。

 否、そんな軽い繋がりでないのは明らかだ。

 圭斗の険相、そして、戒斗の冷たい表情、今まで散りばめられてきた何かが磁石に引き付けられる砂鉄のように、集まっていく気がした。


「何でてめぇが先輩と一緒にいんだよ!?」

「大きな声を出すな、落ち着け」


 圭斗からすれば全く落ち着ける状況ではないのだろう。

 憎くて仕方がない、そんな表情で彼を見ている。

 自分に向けられているものではないのに、紗綾が恐くなるくらいだ。


「しかし、派手な頭だな。顔は俺に似てきたか」

「……だからだよ! 俺が非行に走ったって言うなら、それは、てめぇのせいだ」


 オレンジ色の髪、着崩した制服、アクセサリー、その全てが彼への反抗心から生まれたものなのか。


「実の兄貴に向かって酷い言い方だと思わないのか?」


 兄弟と言われれば納得はできる。顔も名前の響きも似ている。

 しかし、二人の間には大きな亀裂があるように思える。


「なら、何で、勝手にいなくなった!? 何で、あの人を置き去りにした!?」

「聞くまでもないだろう?」


 兄弟とは思えないほどの、凍り付くような空気。

 先ほどまで穏やかだった戒斗さえ全く態度が違う。


「この前、あの人が来た。てめぇが帰ってきてるって噂になってる」


 先日の女性のことだろうか。

 確かあの時は圭斗に近い誰かが帰ってきたという話を聞き付け、女性がその居場所を問い詰めていたはずだった。


「そうか……面倒だな」

「ふざけんじゃねぇ!」


 ぽつりと零した戒斗に圭斗が激昂する。


「これ以上付き纏われたくないから俺は街を出た。新しい住み処を見付け、携帯電話も新しく契約した。彼女が選んだ物は全て処分した。刹那でも、彼女を愛してしまったことを今はとても後悔している」


 淡々と、どこまでも冷たく戒斗は言う。


「だったら、なんで戻ってきたんだよ!?」


 このまま二度と帰ってこなければ良かったと言うかのようだ。

 しかし、帰ってきてしまうことも圭斗はわかっていただろう。紗綾はそんな風に思う。


「彼女が街を出たと知ったからだ。もっと遠くへ行ってくれた方が良かったんだが……俺も生まれ育った街が好きでね」


 本当にそうなのだろうか。疑わしくなるような言葉だった。


「戻ってくるとは全く面倒だ。どうやら、俺は知人に恵まれなかったらしい」


 圭斗はもう何も言えずに、怒りに震えている。


「今日のところは落ち着いて話せそうもないな。また、来る」

「二度とくんじゃねぇ! てめぇの顔なんか見たくもねぇ!」

「それは無理だ。どう足掻いても俺とお前の繋がりは消えないんだからな」


 くそっ、と圭斗が悪態を吐く。

 この兄弟の間に何があったのか紗綾にはわからない。

 入り込めない空気が、高い壁のようにそこにある。


「今度は二人っきりで話をしたいですね、紗綾さん」


 くるりと振り向いて、戒斗が微笑む。穏やかだが、どこか恐怖を感じる。

 名前を教えてはいない。圭斗が呼んだだろうか。


「その人に近付くんじゃねぇよ!」

「それも無理だ。彼女には知る権利がある」


 何の権利があると言うのか、聞いてみたくてもできない。

 戒斗は小さく頭を下げて去って行ってしまう。

 その後を追うこともできたはずだった。

 けれど、圭斗が舌打ちをして、紗綾の手首を掴んで歩き出す。

 少し痛い、そう感じても言えなかった。話しかけられる空気ではなかった。

 ただわかるのは、圭斗がとても怒っているということだけだ。




 やっと手が離れたのは、部室の前でのことだった。


「すいません。でも、あいつには関わらないでくださいっス。絶対に」


 強張った声が言う。縋るような目に、頷くしかなくなる。

 なぜ、彼はこんな表情をするのだろうか。

 いつでも強気な彼だったのに、今は全く余裕がないようだ。



 部室に入ってからも圭斗は何も話さなかった。

 嵐も何か気付いていたのかもしれないが、何も言わない。

 救いだったのは、文化祭用のありがたいグッズをただ黙々と生産していればいいことだった。

 今年も久遠に売らせるために、嵐が材料を調達しているのだ。


 その嵐はいつものようにコーヒーを飲んで二人を見守るだけだ。

 そして、十夜はここにはいない。内職をしているのだが、彼の場合は美術室でシルバーアクセサリーの製作を言い渡されている。

 彼のその才能が発覚したのは一年の時、魔女曰く『試しにやらせてみたら、意外に器用でむかついた』ということである。



 帰りには十夜も戻ってきたが、やはり圭斗は何も言わない。

 周囲を気にする彼は、またあの女性が来ると警戒しているのだろうか。

 けれど、現れたのは彼女ではなかった。


「やあ、久しぶり」

「将仁さん」


 司馬将仁、いつもくたびれた印象のある彼だが、今日は違うような気がする。


「そろそろ文化祭だってね。暫くこっちは大丈夫そうだから安心して楽しんで」

「は、はい」


 彼が大丈夫だと言うには何かあるだろう。霊は決して待ってくれないのだから。

 すると、彼が圭斗を見た。


「君、圭斗君だったっけ? お兄さんには本当にお世話になってるよ」


 その瞬間、圭斗の顔色が悪くなる。一瞬にして表情が消えた。


「俺、用事、思い出したんで先に帰ります。すいません」


 ぺこりと頭を下げて圭斗は去って行く。それはまるで逃げるかのようだ。



「弟とは仲がいいって言ってたのに、照れてるのかな? 俺も自慢の兄貴になりたいな……なんてね」


 あの二人のやりとりを見ていれば、とても仲がいいとは思えない。

 少なくとも圭斗の戒斗への態度は憎んでいると言うのがしっくりくるくらいだ。


「……どうやら、触れちゃいけないものに触れたみたいだ」


 将仁も何か感じるものがあったようだ。


「戒斗さん、ですよね……? サイキック・カウンセラーの」

「そうそう、会った?」

「はい、今日お越しになってて……」

「用事があるって言ってたからね。今、捜査に協力してくれてるんだ。彼は何かを捜すのが得意みたいでね」


 戒斗は腕時計の場所を言い当てた。

 けれど、どうしても見つけられない彼というのは、やはり圭斗のことだったのだろうか。

 繋がりは消えないと彼は言った。しかし、彼だけは見付けられないとも言った。それが圭斗のことだとしたら、何という皮肉だろうか。あるいは、だからこそ見付けられないのか。


「愛する街で役に立ちたいとは言ってるけど、何かありそうなんだよね」


 刑事の勘というものか。

 自分の前では穏やかで優しかったのに、圭斗の前では冷たくなったことを紗綾は思い出す。

 昔の恋人だろうか、彼を捜していた女性についても愛したことを後悔していると言う。

 彼の本心がどこにあるのかはわからない。何が目的なのかもわからない。

 結局、すぐに帰ってしまった。


「まあ、何かあったら連絡するよ。じゃあね」

「はい、将仁さんもお仕事頑張ってください」


 そう言って、将仁と別れる。

 何か嫌な感じがする。

 そう思えば、十夜がどう思っているのかが気になってしまう。



 ちらりと盗み見た十夜は何の話だか全くわかっていない様子だった。そして、気になってもいないようだ。


「今日、戒斗さんっていう人が来てたんです。圭斗君のお兄さんみたいで、サイキックで……」


 サイキック、その言葉を口に出せば、変な気分になる。

 蛇の道は蛇、十夜の方が知っているはずなのだ。


「部長は知っているんですよね……? 戒斗さんのこと」


 思い切って聞いてみる。


「知らん」


あまりにそっけない返事だった。


「前に先生が言ってた人って戒斗さんのことじゃないんですか?」


 圭斗とオカ研を繋ぐ誰か、それはきっと戒斗のことだろうと紗綾は半ば確信していた。

 圭斗の憎悪、サイキックであること、そして、嵐の言い方では十夜もその人物について知っているようだった。


「知らんと言ったはずだ」

「すみません……」


 それ以上は聞くことは不可能だった。

 聞いたところで何かが変わるわけでもないだろう。

 それでも、どうにかしたいと思ってしまったのだ。

 圭斗があまりにも辛そうで、彼の家族の問題だと思いながらも、見て見ぬ振りはできなかった。

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