生贄娘に突きつけられる真実
戒斗との再会は早かった。出会った翌日のことだった。
放課後、なぜか応接室に呼び出され、一体何をしてしまったかと不安たっぷりで向かえば、彼が悠々とソファーに座っていた。
「突然、呼び出してしまって申し訳ありませんね」
「いえ……」
「あなたとはきちんと話をしなければと思ったんです。月舘紗綾さん」
名前はどこで知ったのだろうか。紗綾は思う。
今なら、誰かに聞いたのかもしれないと思える。
だが、あの時は、確かに彼は名乗っていないはずの名前を知っていた。紗綾は名乗り損ねていたのだ。
名札など名前がわかるようなものはなかったというのに。
「申し遅れました。榊海斗が本名です。海に北斗七星の斗で海斗。源氏名の方が気に入っているんですけどね……もうおわかりの通り榊圭斗の兄です」
司馬将仁と将也、黒羽久遠と十夜、紗綾が知る限りでは彼ら――榊海斗と圭斗は最も兄弟らしくない。
顔は確かに似ているし、サイキックという共通点もある。
だが、圭斗は兄に対して憎悪を抱き、海斗は弟に冷たい眼差しを向ける。
その理由はわからないし、今、問題なのはそれではない。
なぜ、彼が現れたのか、だ。それも、オカ研にならわかる。けれど、彼はこうして紗綾を呼び出した。
確かな目的があるらしい。
「ここの校長先生とは知り合いというか、そもそも私も黒羽オフィスの関係者といったところなんですよ。ファミリーではありませんがね」
紗綾の心を見透かしたように海斗は言う。
だが、やはり嵐が言っていたのは彼のことなのだろう。
圭斗もそれを知っていて、オカ研に入ったのか。
「いくつか質問させていただきますが、よろしいですか?」
彼の意図はわからないが、紗綾はこくりと頷く。
知りたいことが、聞きたいことが紗綾にもあるからだ。
「君はオカルト研究部の一員だそうですが、どうやって選ばれたんです?」
「黒羽部長の眷属が……」
「黒羽十夜君、ですね?」
やはり、海斗の方は十夜を知っているらしい。黒羽オフィスの関係者だというのなら、知っていて当然かもしれない。
だが、逆は、本当のところはどうなのだろうか。十夜は忘れているのか、本当に知らないのか。
「その……こっくりさんみたいなので、えっと……」
「彼の眷属が君の名を示したと?」
「そうです。でも、私はサイキックじゃなくて……」
要領を得ない説明だった。だが、海斗は頷く。
「わかりました。質問を続けます。何か大きな怪我や病気をしたことはありますか?」
「ないです」
香澄からすれば虚弱と言われてしまう紗綾だが、それでも健康だ。
「では、危なかったことは?」
「何度か……でも、大体無傷か掠り傷程度で済んだみたいで、昔話になる度に不思議がられています」
なぜ、そんなことを聞かれるのだろうか。
不思議に思いながらも紗綾は答えていく。
小さかった頃は、もしかしたら命に関わっていたかもしれない危険があった。
ふむ、と海斗が頷く。そして、沈黙が訪れた。
「やはり、無敵の強運の持ち主、ですね」
「え……?」
言われた意味がわからなかった。
「月舘紗綾さん、君には無敵の強運があります」
もう一度、はっきりと告げられる。
「強運なんてありえません!」
強運、それも無敵などとはありえない。笑えるほどにおかしなことだった。
「どうして?」
不思議そうな顔をしたのは海斗だった。
なぜ、そこまで強く否定するのかわからないと言うかのように。
「私は……凄く貧乏くじを引く体質みたいなんです」
「貧乏くじ?」
何度も人に言ってきたことであるのに、問い返されれば急に恥ずかしくなる。
「たとえば、プリントが自分だけ足りないとか、自分だけ忘れられるとか、名前が間違ってるとか、タイミングが物凄く悪いとか、そういう小さいことなんですけど……」
海斗がじっと見つめてくる。その空気に耐えられずに紗綾は続けた。
「誰でもあることだとは思うんです。でも……」
自分だけが特別だとは思わない。思いたくない。
だけど、世の中には小説よりも奇妙な事実があり、そういった星の下に生まれたのだと言われてしまうことがある。
「君には強力な守護霊がついています。尤も、運気を良くしてくれるものでもないのですが、いつも君を守っていますよ」
ゆっくりと海斗が言う。
「そんな……」
「君は十分に霊的な作用を受けていると言えるんですよ」
紗綾は信じられなかった。
サイキックではない。霊障も受けないそのはずだったと言うのに。
理解が追い付かない。
それは、つまり……
紗綾が答えに行き着きそうになるその瞬間、大きな音がした。
乱暴に応接室の扉が開けられ、息を乱し、険しい表情で圭斗が飛び込んでくる。
「海斗!」
「圭斗、お前を呼んだ覚えはない」
また海斗が別人のように冷たくなる。
圭斗に対してはそうするのが当然だというように。
「てめぇ、何のつもりなんだよ!?」
「まあ、いい。この際、はっきりさせておこう」
海斗が紗綾を見る。何かひどく嫌な感じがした。
「圭斗が君に固執するのは、その無敵の強運が理由です。強力な霊に守られた君の存在は、はっきり言ってしまえば、楽だからです。おそらく他もそうでしょう。君に向けられる愛情は君自身に対してではないんですよ」
冷然と海斗は言い放つ。
それが紛れもない事実だと断定するように
「てめぇっ、ふざけんな!!」
圭斗が激昂する。今にも海斗に殴りかかってきそうなほどに。
「知らない方が残酷だよ。彼女には知る権利がある」
「今更、出てきて何なんだよ!?」
「勿論、お前には幸せになってほしいと思っている。俺はお前の兄貴だからな」
「反吐が出る。俺が不幸せだとしたら、全部てめぇのせいだからな!」
圭斗は本気で海斗を嫌っているのだろう。彼からの仕打ちのせいでそうだなった。
「もう行きましょう、先輩」
圭斗が紗綾を見る。だが、紗綾は動けなかった。
「圭斗君……最初から知ってたの?」
きっと、今聞かなければ彼は曖昧にするだろう。
ここでの話などなかったことにしてしまうだろう。
だから、紗綾は問うのだ。答えを求めて彼を見詰めて。
「それは……」
圭斗は口ごもる。
自分にはわからなかったことだが、彼はわかるのだろう。
そして、最初からわかっていたのだとすれば全て納得できてしまう。
「勿論、見た瞬間にわかっただろうな。俺がわかったのと同じように」
答えたのは海斗だった。
「久遠の弟はぼんくらと聞いていたが、眷属は優秀だったらしい」
その言い方は少し気にかかる。
けれど、今の紗綾にはその言葉を否定することができない。
「圭斗は久遠や鈴子や嵐さん達とは違うからね」
一体、どういう意味なのだろうか。
確かに圭斗は動物の眷属を持ち、彼らとはタイプが違う。他人を守るための力ではないと嵐は言う。
だが、海斗の言い方には何かあるような気がする。
「黙れ、海斗!!」
圭斗の怒りはどこまでも激しいようだった。燃え盛る炎のように、海斗を巻き込んで燃やし尽くそうとせんばかりに。
「なら、お前には彼女の苦しみがわかるのか? 何も知らないまま、サイキックと一緒にされて、どんな思いをしてきたと思っている?」
海斗の言葉に圭斗が黙り込む。
自分の苦痛など彼らに比べれば大したものではないと言えば良かったのかもしれないのに、言葉にならない。
それは、自分には何もないという前提の話だ。
彼は、何も言ってくれなかった。
「今日はこれ以上、落ち着いて話せそうにないですね。話したくなったらいつでも連絡を下さい。何でも聞きますから。そして、何でも話します」
「ダメっス! こいつの話なんて聞かないで下さいっス!」
穏やかに笑う海斗と対照的に圭斗の表情は苦しげにも見える。
けれど、また海斗の表情は冷たくなる。
「また取られるとでも思っているのか?」
「あれは、取ったつもりだったのかよ?」
おそろしいほどに冷たい空気、二人の過去に何かあったことは間違いない。
「さあ、どうだろうな」
二人にしかわからない何か、息苦しさに逃げ出したくもなる。
「もう行っていいですよ。圭斗がうるさくて申し訳ないので」
「あの……ありがとうございました」
立ち上がり、それから紗綾はぺこりと立ち上がる。
彼が教えてくれたことは良かったと思っている。
そして、早足で応接室から出ようとした。
「紗綾先輩!」
圭斗の声にぴたりと立ち止まってしまう。
けれども、振り返ることはできなかった。
「俺が言ったことは嘘じゃないっスから」
何が嘘ではないと言うのだろうか。
今は何も信じられなかった。
何も考えたくはなかった。
紗綾は飛び出すように応接室を後にして、決して振り返りはしなかった。そうしてはいけないのだと自分に言い聞かせて。




