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トラブルホイホイ、降臨

「ひーかーちゃーん?」


 その声は不気味に響いた。

 まるでホラー映画のように、空気が一瞬にして不穏なものへと変わっていく。

 慌てて光が振り返る。その背後に彼女はいた。

 歳は光と同じぐらいだ。私服姿の女で、長い黒髪がうねっている。顔に派手さはないものの、身につけているものを見る限りカラーセンスが怪しく思える。


「は、ハニー……どこに行っちゃったのかと思ったよ!」


 光がきょろきょろしていたのは彼女とはぐれたからなのか。

 だが、彼女はニコリともせず、光を睨んでいた。

 ハニーなどと言われるような甘い雰囲気は微塵もない。


「なに? その子」


 ビシッと、彼女が紗綾を指さす。


「いや、えっと……」


 問われた光は完全に対処に困っていた。

 当然、指さされた紗綾も困ってしまう。


「なにその子なにその子なにその子!」

「ひぃっ……!」


 光が恐怖している。そして、彼を助ける者は誰もいない。


「修羅場、ってやつだねぇ」

「よそでやってほしいっスよね。本当にうざいっス」


 コーヒーを飲みながら嵐は笑い、圭斗は鬱陶しそうにしている。


「今すぐ消えてほしいよね。榊さ、どうにかできないの? 君の眷属でさ」

「無理っス。そんなに都合よく使われてくれないっスから。つーか、それも部長の仕事じゃないっスか」


 嵐と圭斗は不穏なことを言い始めるが、紗綾は今、自分が口を挟んではいけないような気がした。


「浮気したら絶対に許さない、って言ったよね!?」

「違う! 違うから! 信じてハニー! この子、紗綾ちゃんだって! ほら、部の後輩の! 前に話したじゃん!」


 光が必死に説明する。何か大きな誤解があったようだ。

 すると、彼女が八千草の隣に立ってオカ研の面々と野島を順々に見た。


「初めまして、私、ひかちゃんの彼女の山沢花(やまざわはな)です。ひかちゃんとは結婚を大前提にお付き合いしてます」

「強烈キャラ……」


 圭斗が呟くが、幸い花の耳には届かなかったようだ。


「つまり、八千草を保護してくれた南大で有名なサイキックだよね?」

「サイキック?」


 嵐の問いに花が首を傾げた。彼女にはあまり馴染みのない言葉のようだ。


「霊能者とか超能力者とかまとめて言うの。あ、俺みたいのも」


 霊媒・心霊作用を受けやすい人もサイキックに含まれる。

 だから、八千草はオカ研の一員であり、部長を務めていたのだ。


「で、八千草。お前、何しに来たの? 今、ちょっとお取り込み中だから、冷やかしなら帰ってほしいんだけど。いや、むしろ、冷やかしじゃなくても帰って」


 嵐ははっきりと言う。相談を受けている最中なのだ。

 前年度部長を務めたOBとは言っても、彼は霊的影響を受けるだけであって何の助けにもならない。


「ほら、まずは一応、ファミリーになるかもしれないから紹介しなきゃと思って」


 嵐と十夜に睨まれても尚光はへらへらと笑っていたが、完全に言葉の選択を間違えていた。


「なるかもしれない? 今、なるかもしれない、って言った? あーあ、ひかちゃん、私のこと使うだけ使って、ボロ雑巾にしたらポイッと捨てる気なんだ。へぇ、そうなんだ。ひかちゃんなら、助けてあげてもいいと思ったけど、もう知ーらない」

「ご、誤解だよ、ハニー! ハニーに捨てられたら俺、もう生きていけないから!!」


 光は泣きそうだ。

 霊媒体質の彼はあまり一人にしておくべきではない。彼女がサイキックならそれは幸せなことだろう。


「こんなに面倒臭いってわかってたら、聞きたくなかったな」


 嵐が呟く。そもそも、連絡をしてみようと言っていたのだ。


「ホント、サイテーっスよね。紗綾先輩を浮気相手と勘違いするとか、呪えるものなら呪いたいって言うか」

「そうそう月舘は俺が永久就職先を斡旋中なのに。あ、黒羽、呪ってよ」


 いつもなら、十夜も不穏なことを言っただろうが、黙っていた。


「まあ、こっちも丁度二人に聞きたいことがあったんだよ。この際、きっちり答えてもらおうか」

「えっとね、馴れ初めは……」


 花が聞いてもいないことを話し出そうとするが、嵐は無視した。

 そして、野島を見る。



「野島、兄貴の名前は?」

浩一(こういち)です。野島浩一」


 野島が答えると花が首を傾げた。


「ノジー君? 君、ノジー君の弟君なの?」

「あ、はい……そうです」


 野島も引いているようだった。関わりたくないと顔に書いてあるようだ。


「私は、ちゃーんと、肝試しなんかダーメって言ったんだよ? ちゃーんと、ちゅーこくしてあげたのに、聞かない方が悪いんだからね? 私を恨まないでね?」


 花は念を押す。彼の身に何が起きているのか、彼女は知っているようだった。


「本当は、そのことで来たの。ハニーはこの調子だし、一応、管轄じゃん? 何か、ほっておけないからさ……」


 霊障に悩む者としては無視できないのだろう。

 今は様子がおかしいだけで済んでいるのかもしれないが、それが死を招くこともある。


「だって、ノジー君だけじゃないとか、ちょー面倒くさいの」

「まあ、正直、俺達だって、霊に喧嘩売った奴の尻拭いなんてしてやりたくないけど」

「そ、そんな……!」


 嵐の言葉に野島はひどくショックを受けていた。

 それは助ける気がないというようにも取れるだろう。だが、そうではないのだ。


「あんただって、勝手に喧嘩売って返り討ちに遭った奴の敵を討とうなんて思わないっしょ?」


 圭斗に問われ、野島は黙ってしまった。


「普段は奇異の目で見られて、困った時だけ頼られるなんて嫌な宿命っスよね? 部長」


 圭斗に同意を求められた十夜はただ黙っていた。

 紗綾も勝手だと思ったことはある。誰もが十夜を魔王だと恐れながら、本当に困った時は仏のように頼るのだ。

 野島が悪いわけではない。仕方のないことなのだ。


「だってね、ノジー君のお友達の彼女って、ちょーせーかく悪くて、私のこと、オカルト女とか根暗とか言うんだよ? 自分は厚化粧の化け物女のくせに。今までの発言全部取り消して、泣いて土下座でお願いされるまで、ぜーったい助けたくない」


 花はよほど嫌な思いをしてきたのだろう。

 それでも、十夜なら誰であっても助けることを紗綾は知っていた。


「確かに、ファミリーになるかもしれない、だね」


 嵐は深く溜息を吐いた。


「俺もサイキックとして、君が今までどんな扱いを受けたかは察するよ。けれど、同じだとは言わない。俺と黒羽と榊だって同じじゃないからね」


 人には見えない物を視て、聞こえない声を聞く。それに触れ、消す力を持っている。だが、サイキックと一言で言っても全てが同じではない。


「君は、確かに八千草とはファミリーになるかもしれない。それはどうだっていい。君が八千草を保護して、決して見捨てないなら俺たちはもうこいつを助けなくていいからね。ただ、それは八千草が言うファミリーとは少し違うんだよ」


 おそらく光自身はそこまで考えて言っていないだろう。


「だから、せいぜい、お幸せになりなよ。俺達が君と手を組むことはない。この件はこちらが引き受ける」

「ほ、本当ですか!?」


 十夜が頷けば、野島もほっとしたようだった。



「さて、野島のところには黒羽に行ってもらうとして……」


 嵐が考える仕草を見せると、十夜が紗綾を見た。


「これも連れて行く」

「私もですか……?」


 自分が行っても何にもならないはずだと紗綾は思うが、野島はパッと顔を明るくした。


「た、頼むよ、月舘! 俺達、クラスメイトだろ?」


 どうやら十夜と二人っきりは嫌なようだ。


「まあ、それでいいや」


 嵐は反対しなかった。別にいてもいなくとも同じだろう。


「お友達の方はもっと危なそうな気がするんだよね……」

「ずっと学校休んでるらしいよ」


 答えたのは八千草だった。


「そっちは、榊とあっちの人達に動いてもらうかな……」

「面倒臭い方にわざわざ俺を連れてく必要ないっしょ? どうせなら、部長の方、見学するっスよ」


 あっちの人達という含みに圭斗は何かよからぬものを感じたようだった。


「多分、魔女じゃない美人さん貸してもらえると思うけど」


 嵐は嘘を言ってはいないが、誤解を与える言い方だと紗綾は思った。


「いや、俺、そういうのにはつられないんで」


 圭斗が肩を竦める。つられたら、後が大変だろうと紗綾は思う。



「連絡先、わかるなら教えてほしいんだけどさ」

「やだ、教えない。私が行くもん!」


 嵐は光を見たが、答えたのは花だった。プライドを傷付けられて、ムキになっているのだろうか。


「今更、君に何ができるの?」

「できるもん!」


 まるで子供だ。

 光も子供っぽく、このままでは手に負えなくなるのではないかと紗綾は思っていた。


「俺、聞いてきたんだよ、連絡先! 偉いでしょ? えっへん!」


 どこまでも子供っぽいが、光も少しは大人になったようだった。メモを嵐に差し出す。


「ひかちゃん、勝手なことしないで!」


 花が取り上げようとするが、もう嵐の手の中だった。

 光も何も考えていないようでかなりくろうしているのかもしれない。


「とりあえず、あっちに確認してみるよ」


 メモを確認して、嵐は携帯電話を取り出す。既にあちらが動いているということも考えられるのだろう。


「黒羽達はもう行きなよ。野島はその方がいいでしょ?」

「は、はい……」


 野島は落ち着かない様子だった。部室が怖いのか、光たちに引いているのか、兄が心配なのか、どちらにしてももうここに留まる理由はない。

 問題は速やかに解決しなければならない。手遅れになってしまう前に。

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