ビビリな相談者
圭斗が入ってから、今年もオカ研が正式に始動したと言えるのかもしれない。
なぜか彼は魔界王子と呼ばれるようになっていた。
そんな名前になった経緯はよくわからないが嵐の仕業だと紗綾は知っていた。
リアムが一度はオカ研に関わった者として地獄の皇太子と呼ばれるようになったのもそうだ。
わざと悪い噂を流して、興味本位でオカ研に寄り付かないようにしているらしい。
冷やかしは相手にしない。受けるのは本当の依頼だけである。だから、ほんの少し本当のことを混ぜるのである。
そんなある日の昼休みだった。
いつものように紗綾は香澄と話し込んでいた。
その時、やたらと周囲を気にしながら近付いてくる人物がいた。
「あ、あのさ、月舘」
その男子はやけに小声で紗綾に話しかけてきた。
尚もキョロキョロと視線を彷徨わせ、挙動不審である。
「えっと……」
紗綾も見覚えはある。同じクラスにいたはずなのだが、名前が全く出てこない。
「こいつ、野島」
さすがにクラスメートの名前は覚えていないのはまずい。誰だっけ、などと言えるはずがない。
そうあたふたする紗綾に香澄が助け船を出した。
「野島慎二、同じクラスなんだけどな……」
「ご、ごめんなさい……」
本人に言われて紗綾はしゅんとした。
他人に興味がない云々と人のことは言えないのかもしれない。二年目になるクラスメイトのことさえまるでわかっていないのだから。
「いや、いいよいいよ。気にしないから」
「そんなに目立つ奴でもないしね」
紗綾の記憶でもいつも誰かといるような気がしたが、中心にいたことはないように思えた。
「その、さ、月舘。できれば二人で話したいんだけど……」
ひどく言い辛そうに彼は切り出す。
その瞬間、香澄がキッと彼を睨んだ。
「告白なら私を通しなさいよ」
「ば、バカっ! んなんじゃねぇよ!」
慌てる彼と一緒に紗綾もどうしたらいいのかわからなくなる。そんなことあるはずがないのだ。
「用があるなら、さっさとはっきりきっぱり言いなさいよ」
「か、香澄!」
ちょっとその言い方はきついのではないかと紗綾は思う。
そして、野島の話は自分に向けられていたはずだった。
「いや、あれだよな、田端も知ってて側にいるんだよな……一緒に聞いてもらった方がいいのか……」
野島はぶつぶつと呟いて、やがて決心したようにその場にしゃがみ込んだ。
「あのさ、オカ研の部長ってさ……」
野島は控え目に切り出す。
「あの性悪男がどうしたのよ?」
何かあったのか。
今まで十夜の名前が出される時は大抵いい話ではなかった。
だからこそ、聞くに値しない話はこうして香澄が間に入ってはね除けてきたのだ。
けれども、今回は違うような気がした。
十夜のことを興味本位で聞くのに、ここまで周りを気にしないだろう。彼はそういう人間ではないような気がする。
「その、色々噂あるけどよ……霊能力があるっていうは、本当?」
何か霊障に悩んでいるのか、紗綾は心配になる。
だが、先に口を開いたのはやはり香澄だった。
「何で、今更、そんなこと聞くのよ?」
訝しげな視線を投げる香澄にすっかり野島は萎縮してしまったようだったが、少し沈黙した後、頭を振り、口を開いた。
「……いや、あのな、兄貴がな、何か変なんだよ。兄貴の友達も……その、上手く言えないんだけど、何かに怯えてるみたいでさ……それが、肝試しに行ってからなんだ。俺もまさかとは思うんだけど、でも……」
どうやら霊障らしい。
そこでようやく紗綾にも発言権が与えられた。香澄がちらりと視線を投げてきたのだ。
「えっと……そういう相談なら、部室で聞いてもらえるよ」
魔王と恐れられる十夜だが、本当に困っている人間を見捨てたりすることはしない。見捨てられないのかもしれない。
「あ、あそこって危なくないか……?」
部室と聞いて、野島はあからさまに体を震わせた。
「危ない……?」
そういう噂こそあるものの、いつもそこにいる紗綾には何が危ないのかわからない。
「いや、ほら、何か変なモノを見たとか、変な音が聞こえるとか、隣の部室使ってた同好会がノイローゼになって解体したとか……」
彼が上げたのは怪現象の類ではない。
その全ての犯人が自分達の担任九鬼嵐の工作によるものだとわかったら、彼はどうするだろう。
理由を知っているからこそ紗綾は困った。
「だ、大丈夫だよ……多分」
「た、多分かよ!」
やはり野島を安心させることはできなかったらしい。声が裏返っている。
「別に何もないわよ、本当にただの変な部屋」
思い返せば、香澄も部室に入ったことがあるのだ。
変な、と言えば反論する人間もいるが、少し豪華な部室だとは紗綾も思っている。立派なソファーもあって快適と、かつて光も自室のようにくつろいでいた。
それも嵐が策士であることと校長という後ろ盾があることと関係するのだが。
「それに、あの部長、魔王とか言われてるだろ? 前にちょっと見たことあるけど、何か本当にそんな感じでさ……」
「黒羽部長は、悪い人じゃないよ」
十夜には悪い噂が多い。
そして、自ら誤解されようとしているが、本当は優しい人間だと紗綾は知っている。
「まあ、間違いなく性悪の変人だけどね」
香澄も常々性悪と言っているが、本気というわけではないらしかった。
きっと心のどこかで理解を示しているとだと紗綾は思っていた。
「こえー……こえーよ……」
ついに野島は頭を抱え出してしまった。
こうなると、紗綾は本当に何と言ってやればいいのかわからなくなる。
「うちの部長なんかその性悪の変人と友達になりたくて仕方がないみたいだし、大丈夫なんじゃない?」
「陸上部の……あの有名な先輩だよな?」
将也は三年生で二番目に有名な人物だと言える。成績は万年二位、生徒会への推薦をはねのけ、陸上部の部長になった男だ。
そして、オカ研の味方であることを宣言し、部員にも偏見を持たないように指導している唯一の男だと言えるかもしれない。
「まあ、あの人も相当な変人だけどね」
香澄はさらりと言い、紗綾も言い過ぎだとは言えなかった。彼は良い意味で変わっている。
彼はよく十夜と一緒にいるところを目撃されているが、実際は付き纏っていると言った方が正しいくらいだ。
全く相手にされなくても、彼は決して友達になることを諦めない。
尤も、彼が理解を示すのは、兄将仁の存在があるからだとも言える。しかし、恩などというものだけで動いているわけではないだろう。
「黒羽部長は霊障相談ならちゃんと聞いてくれるよ」
「でも、高校生だろ? 何かさ、言っちゃ悪いけど、お遊びみたいなさ……」
「部長は本物のサイキック……霊能者だよ」
黒羽十夜は他人が言うような単なるオカルトマニアではない。そういった要素は持ち合わせていないとも言うべきなのかもしれない。
「田端はそういうの信じてるのかよ?」
「私は超常現象断固否定派。でも、まあ、あの部屋の中にはあるんじゃないの? ねぇ、紗綾?」
香澄の心は一年前から変わっていないだろう。
けれど、もう彼らのことまでは否定しない。
「自分の手に負えないことは、ちゃんとした事務所紹介してくれるから」
彼が無茶をして、危険な目に遭うのは霊障を受けている方だ。
だから、できないと思えばそちらに話が流れる。本当はその存在を好ましく思っていないらしいが。
「事務所って言ったって、自分の家族経営のとこでしょ。黒羽オフィスだっけ?」
紗綾が言い出せないことを香澄は何の遠慮もなく言う。
そうなのだ。黒羽オフィス、十夜の母親が所長を務めている。
「でも、永遠子さんも久遠さんも凄いよ。毒島さんもいるし」
サイキックではない紗綾には正確にその凄さを測ることはできないが、見えなくとも、信じることができた。
「が、学割効く?」
「が、学割……」
それはどうなのか、紗綾は真剣に考えてしまった。
きっと、野島にとっては切実な問題なのだろうが、相談料など聞いたこともなかった。
「まあ、あの性悪男ならタダなんだから、とりあえず行ってきなさいよ」
香澄が溜息を吐いた。
そんな心配はまず十夜に相談してからにしろと言いたいようだ。
「た、田端も一緒にこねぇ?」
野島が縋るように香澄を見る。
「何で私が!?」
「だって、何か安心しそうな……」
「クッキーがいるわよ、クッキーが」
「そっか……クッキー、顧問にさせられてるんだっけ」
野島は馴染みのある人物に少しほっとしたようだった。
けれど、噂ではオカ研に利用されている自分達の担任が実は策士であることを彼は知らない。
知る者は皆口を閉ざしているのだから。




