洗礼会場は木々の中
やがて車は停まる。
降り立つのは空き地のようだった。
やっぱり、と紗綾は思う。二年目にして期待していたわけではない。
「薄々わかってたっスけど、これ、歓迎会じゃないっスよね?」
合流した圭斗が辺りを見回して問いかけてくる。
わざわざ移動するのはパーティー会場を予約しているわけではない。
今年もなかなかにひどいと紗綾は思う。
周囲はやけに木が目に付き、車を停めた場所も雑草だらけで、かろうじて二台分のスペースが確保されているという程度だ。
都会から隔絶されたかのようである。時が止まっているようだという言い方もできるかもしれない。
「月舘は何て言ってたんだっけ?」
「な、何ですか?」
「歓迎会じゃなくて、何だと思うんだっけ?」
「……洗礼です」
くるりと振り返って問いかけてきた嵐に、紗綾は小声で答える。
幸い、魔女は携帯電話で誰かと連絡を取っている様子だった。
だから、一行はこの何もない場所で待たされているのだが、そんなことが耳に入ったら紗綾とてどうなるかはわからない。
洗礼でも試験でも何でも魔女は歓迎だと言い張るに違いない。
「まあ、そんな感じだよね。試練とかさ、楽しいものじゃないね。俺は監督だけど」
嵐もうんうんと頷いているが、どこか他人事だった。
「試練でも何でもいいっスけど、こんなド田舎で何するって言うんスか。しかも、泊まりがけで」
都会っぽさを纏う圭斗は理解できないと言った様子で言い放つ。
問題は一泊二日の合宿ということなのだ。去年の歓迎会が日帰りだった紗綾も首を傾げた。
「失礼だよ、榊。これでも人が住んでるんだから」
「その言い方も微妙っスよね」
嵐はやんわりと言ったが、圭斗は肩を竦める。嵐も嵐で失礼だと言いたいのだろう。
少ないが、周囲に家はあるのだ。人気はないのだが。
「僕、イナカ大好きです! パーティー楽しみです!」
妙に明るい声でリアムは言う。
少なくとも、彼が思っているような楽しいパーティーが行われるわけでないことは明らかだった。
部員の親睦を深めるような合宿でもない。
もしかしたら、悪夢の一夜が待ち構えているかもしれない。
紗綾がぶるりと身震いした時、嵐がふっふっふっと笑った。
「まあ、大丈夫、うちの月舘はすごいぞー。『エジプトって人住んでるんですか?』って真顔で言うんだぞー」
とんでもない恥ずかしい過去の失言の暴露だった。
圭斗の視線を感じて、紗綾は穴があったら入りたいと思ったが、どこにも隠れる場所はなかった。
「何だと思ってたんスか?」
「……ピラミッドがある砂漠」
圭斗も呆れているようで、顔から火が出そうだったが、小声で紗綾は答えた。
「まあ、わからなくもないっスけど……」
圭斗は笑わなかったが、そこに反応したのは十夜だった。
「違うのか? あんなところに人が住めるのか?」
「え……?」
「部長って万年一位なんスよね……?」
至極真面目な様子で問うた十夜に紗綾は自分の恥ずかしさを忘れた。思わず圭斗と顔を見合わせる。
「あ、あのさ、黒羽……エジプトもお国なんだよ? 人口は七千万を超えるんだよ? 街とかあるんだよ?」
「あんな砂漠にか?」
「そりゃあ、かなり砂漠だけどさ」
教師らしく、嵐は力説するが、そもそも十夜は嵐を教師として信用していない。
嵐は、ついには頭を抱えてしまった。
「最悪だ、この二人! エジプトの敵だよ! ああ、俺がきちんと教えてあげないと将来が不安だよ! 月舘はリヒテンシュタインもドイツのどこかだと思ってたしね。あれは国ですよ、国。リヒテンシュタイン公国、首都はファドゥーツ。まあ、公用語はドイツ語だし、住民もほとんどドイツ系だけど、お国なの」
よくもそうペラペラと出てくるものだ。
「この人本当に先生だったんスね……」
圭斗は初めて感心しているようだ。
紗綾にも気持ちはわからないでもない。
ちらりと盗み見た十夜の表情はとても万年一位の優等生として語られるものではなかった。
先程のエジプト発言を恥じているのか、その耳は赤く、些か動揺しているようだった。そういう彼を見るのは珍しい。
「センセー、部長がリヒテンシュタインってどこだって顔してるっス」
圭斗が十夜を指さす。
即座に十夜は圭斗を睨むが、彼に魔王の睨みはまるで通用しない。
「月舘だってリヒテンシュタインは知ってたのに」
「私だってって何かひどくないですか?」
単に海外のことに少し疎いだけだと紗綾は思うが、嵐はにっこりと笑った。
「大丈夫、月舘には俺がこれから色々教えてあげるから」
「淫行教師は黙ってもらえないっスかね?」
何か言葉に含みを持たせた嵐を圭斗は冷たい表情で見ている。
「黒羽みたいなこと言うのはやめてもらえないかな?」
「うわっ、部長みたいなヘタレと一緒にしないで下さいよ」
「確かに黒羽はヘタレだけど、お前は生意気すぎるよ」
嵐と圭斗の言い合いが始まり、紗綾はどうしたものかとおろおろしながら、ふと、リアムを盗み見た。
彼はおそらく内容はよくわかっていないのだろうが、ただにこにこと様子を見ていて、嵐の躾が行き届いているのか、全く近付いてくることはない。
「まあ、部長は教科書に載ってないことはわからないっていうダメなパターンっスかね。暗記が得意なだけ、みたいな」
「そうそう、この子、結構なマニュアル君だよ」
勝手なことを言う二人を十夜は睨むが、二人が怯むことはなかった。
そんな中、通話を終えたらしい魔女がパンパンと手を叩いた。
「さあ、行くわよ」
待たせたことを詫びるわけでもなく、魔女は言う。
そして、下僕達を引き連れるかのように歩き出したかと思えば、突然くるりと振り返った。
「これから行くところは民家よ。くれぐれも粗相のないように」
嵐は言うまでもなく、十夜と紗綾はよくわかっていた。
去年もこういったパターンだったし、一昨年もそうだったと聞いている。その時も泊まりではなかったようだが。
「そう言うなら、ちゃんと説明してほしいんスけどね」
圭斗が言うことは尤もだった。
「悪霊に悩まされているって相談を受けたのよ」
霊障相談を受け、解決する。それは魔女の仕事であり、オカ研の仕事だ。
魔女は歓迎会などと称して、事前に何の説明もなく自分の仕事をさせるのだ。
詐欺ではないかと紗綾は去年から思っていた。
「オカ研のお仕事体験っスか?」
「ボランティアよ。あなたは誤解してるみたいだけど、あたし達は慈善事業をしているの」
その言葉が間違っているとは言い切れないと紗綾は思う。
けれど、彼女が言うと嘘っぽく聞こえる。
単に見た目や言葉遣いの問題ではなく、打算的な人間であることを知ってしまったからだろう。
「じゃあ、歓迎会じゃないってことっスね?」
わかっていながら、誰も口にしてこなかったことを圭斗ははっきりと問う。
それにはすっかりパーティー気分だったリアムがショックを受けた顔をした。
「パーティーじゃないですか!?」
「嫌なら帰っていいわよ?」
「どうやって帰れって言うんスか?」
魔女はにこりと微笑むが、帰す気がないことは初めからわかりきっている。
「黙ってついてきなさい」
それが全てだった。
魔女に従うこと、逆らわないで、ただついていくことこそが一番なのだ。
「さっきから引っ掛かっているんだけど、あなた、どこかで見た顔しているのよね」
魔女が圭斗をじっと見る。
二人は初対面であるようだったが、彼女は何の根拠もないことは言わないと紗綾は知っていた。
「それ、口説き文句ってやつっスか?」
「まさか、ガキに興味はないわよ」
「俺も年増に興味はないんで」
圭斗はわざとらしくケラケラと笑う。
その言葉に魔女の眉がぴくりと跳ね上がる。
彼は言ってはいけないことを言ってしまった。
しかし、紗綾にはフォローするという高等技術はできない。
「年増ですって? あたし、二十歳になったばかりなんだけど」
「ああ、化粧が濃すぎてわからなかったっスよ」
圭斗は全く詫びる風もない。
しかしながら、魔女が年相応に見えないことは口にしないだけで関係者の誰もが思っていることだ。
「まあ、いいわ。その内、思い出すから」
「すぐに思い出せない時点で終わってるっスよ。歳取るとイヤっスね」
「くそ生意気」
なぜ、ここまでわざわざ挑発するようなことを言うのか。
紗綾には圭斗がわからなかった。
しかし、本人は涼しい顔をしている。
「たとえ、思い出したとしても、俺はあんたとは何の関係もないっスよ。これは断言できる。運命論なんかで縛られるつもりは微塵もないっスから」
もしかしたら、圭斗には何か心当たりがあったのかもしれない。
けれど、やはり、そこは自分が踏み込むことのできない世界だと紗綾は疎外感を感じていた。




