策士と悪魔の憂鬱なドライブ
魔女の車に紗綾が乗せられ、当然のように嵐の車に乗ろうとしていた十夜もそちらに連れて行かれた。
十夜は嫌そうに、助けろとばかりに嵐を見ていたが、逆らえなかった。
魔王にも逆らえない苦手なものがあると明らかになった瞬間だった。
残るのは圭斗とリアムである。
何も状況がわかっていないでピクニック気分のリアムを見て、圭斗は苛立っていた。
リアムを見るとどうにもイライラするのだ。
彼のせいで物事が順調にいかなくなったと恨めしく思っている。オカ研に相応しい人物ではない。
それに、性格的に根本的に合わないとも感じる。
だから、嵐に促され、乗り込もうとするリアムを圭斗は背後から気絶させた。
そして、無理矢理後部座席に押し込むという暴挙に及んだのだ。
「うわっ、榊って、いつもそういうことやってんの?」
運転席に座った嵐は圭斗の突然の凶行に驚いたようでもある。
しかし、呆れているようでもあり、ほっとしているのもわかる。
教師として生徒の行いを正そうなどと言う様子は一切感じられない。
「お互いのためっスよ。本当はトランクに押し込んでやりたかったんスけど、荷物もあるし、さすがにセンセーが困るんじゃないと思って」
圭斗は悠々と助手席に乗り込む。
あとは、どこかもわからない目的地に着くまでにリアムが起きないことを願うだけだ。
「あーあー、俺の助手席は月舘専用なのに」
「またそういうことを……本人に言ってもいつもの冗談で流されるんだからやめればいいのに」
「報われないって言いたいの? いや、まだ希望はある……じゃなくてさ」
話がずれたことに嵐も気付いたようだ。
そうでなければ圭斗はそのまま流すつもりだったのだが。
「隣でうるさいのも、後ろでうるさいのも嫌じゃないっスか」
圭斗は平然と笑う。どちらにしても、自分が耐えられないのだ。
眠っていようと彼と後部座席に二人というのも嫌なものだ。
「気遣いは嬉しいんだけど、センセーは胃が痛いよ。この歳で胃薬とかのお世話にはなりたくないんだけど。どうしてくれるわけ?」
嵐はもうリアムのことなどどうでもいいようだ。
魔女への態度のことを言っているらしい。
彼らにとっては大問題だろうが、圭斗にとっては何でもない。
「凡人には恐れるものがないっスからね」
「凡人ねぇ……」
嵐の口ぶりは疑わしげで、含みを持っていた。
圭斗がサイキックであることは嵐には言っていないし、今、この場で告白するつもりも更々ない。
けれど、力を視ようとしていたのを圭斗は感じていた。だからと言って視させてやるつもりもない。
何度確かめようとしたところで無駄だ。もしかしたら、意地なのかもしれない。
「俺、あの学校のシステムぶっ壊してやろうと思ってるんで」
言い放てば、嵐のこめかみが引き攣ったのがわかる。
しかし、圭斗も軽々しく言ったつもりはない。
「それ、あの魔女を敵に回すってことだけど」
もちろん、そのつもりで言っているわけであって、圭斗もわかっているのだ。
「気に食わないんスよ。サイキックを人柱にして、何様っスか。俺、道具にするとか、駒にするとか、そういうの嫌いなんで。あんな人の下じゃあどんな雑用もしないっスよ」
サイキックとしての役目は理解している。
圭斗もサイキックだ。しかし、彼女の望むようにはできない。
だが、だから反抗するわけでもない。
「君は聡いね。でも、それが命を縮めるってこともある」
「君子危うきに近寄らずっスか? 俺は危うい方が好きっスけどね」
「まあ、俺もそう思ってた時あるけどね……そう魔女に会うまでは。それまでは平和なボケボケの頭だったよ。実にお幸せな男だった」
「たかが女じゃないっスか。しかも、けばい女。俺、ああいうの全然好みじゃないんスよね」
魔女は見る者に畏怖の念を抱かせるらしい。力があれば、そのプレッシャーもわかるだろう。
否、そうでなくとも魔女は恐ろしい人物であるようだ。
紗綾は彼女に気に入られているらしいが、それでも明らかに怖がっている。
けれど、圭斗は微塵も恐れない。
「魔女を笑う者は二度と笑えなくなるって言われるくらいだし、たかが女が怖く感じることがあるんだよ」
嵐の言葉は妙に実感が籠もり、魔女のことだけではないのだろうと思わされる。
「結婚、迫られたり?」
「まあ、ね。重たい女もいるよ。この歳になるとそれも仕方ない感じだけどね」
圭斗と嵐では十も歳が違う。
だが、圭斗としては、十年後にこうはなりたくないと思うものだ。
少なくとも、重たい女などと言いながら、懐に婚姻届を忍ばせて、教え子を狙っているような重たい男予備軍には。
「でも、魔女と関わる限り、絶対にまともな人生なんて送れないしさ。巻き込めないからね。仮に子供ができたとしたらその将来まで決められちゃうわけだし」
「部長もセンセーも大変っスね」
圭斗は他人事だと笑う。
彼らは家単位で縛られているように見える。
「正直離れられたら……って思うよ。でも、逃げても地の果てまで追っかけてくる。そういう呪縛なんだよ。末代まで祟られるみたいな」
そうは言うものの、何も恩恵がないわけではないだろうと圭斗は思う。
一方的に与えられるものであって、望んだものではないのかもしれないが。
結局のところ、二人は魔女にとってなくてはならないツールでしかないのだろう。尚且つ増やしたがっている。
「そういうものに紗綾先輩や俺を巻き込むなんてひどいっスね」
「本当はさ、助けてほしいって言ったら、笑う?」
圭斗としては真実を告白するつもりはないが、笑えもしなかった。
「まあ、俺も人生縛られてるんで、わからないとは言えないっスけど」
「若いのに可愛そうに」
嵐は笑ったが、それは自分が若くないことを認めたようなものだ。
そして、圭斗は自分を可愛そうだとは思わない。
諦めているということなのかもしれなかった。
否、確かに諦めていたのだ。つい先日まで、紗綾を見付けるまでは。
「サイキックって勝手な奴ばっかりだって思ってるんスよ」
「だったら、何でうちに来たの? しかも、残る気満々って感じで。ああ、月舘狙いだっけ?」
「まあ、サイキックに不幸にされた女知ってるんで。でも、救いたいなんて大層なことは思ってないんスよ。敢えて言うなら、見届けてやろうと思っただけで」
考えてみたところで、大した理由はない。
少なくとも、他人に言えるようなものではない。
「月舘を傷付けるようなことしたら命はないと思った方がいいと思うよ」
でしょうね、と圭斗は頷く。敵が多過ぎることは自覚していた。
「何か凄くお節介な先輩が来るんスよ、俺のところに」
「ああ……もしかして、司馬?」
嵐は何でもお見通しのようだった。全ては簡単に推測できることだろう。
「あの人と部長って一方通行っスよね」
クラスメートであるものの、二人は友達というものではないようだ。
少なくとも将也の方はそうなりたがっているようだが、十夜が心を開くということもなかったようだ。
そして、将也が言うには、少しばかり文句を言うと、十夜はすぐに思い悩んで早退すると言う。
しかし、それは繊細というのではなく、精神面が脆弱だということだと圭斗も思う。
「まあ、司馬の兄貴の方はこっちでお世話してるんだけどね」
「将仁とか言う刑事っスよね?」
「ああ、もう会った?」
「この前、先輩と帰った日に」
将也と似てはいるが、くたびれた印象のある男だった。仕事で疲れているのだろうか。
「あの人、よく捜査中に変なもの視たって言って泣きついてくるから。要注意」
司馬将仁が視える人だということは圭斗も知っている。助けを求めてくるということも紗綾から聞いている。
刑事ともなれば人の生死や憎悪などの強い感情に触れることもあるだろう。
「しかも、彼女が女子高生でさ、二人して面倒なことに首突っ込もうとしちゃうから本当に要注意ね。仕事引き受ける時は賄賂貰わないと。その賄賂もすんなり受けとるとつけあがるし」
それが教師の台詞だろうかと思うものの、この男には無意味だということはもうわかっていた。
彼は普通の教師ではない。
「俺には関係ないっスから」
「でも、あっちはそうは思ってくれないかもしれないよね」
既に将仁にとって圭斗はオカ研の一員だろう。既成事実とも言えるかもしれない。
能力があろうと、なかろうと、本当に困った時には関係ないことだ。
溺れる者は藁をも掴むのだから。
「面倒臭い人間ばっかりっスね」
「そうそう、本当に嫌になっちゃうよ。月舘だけが俺の癒しだよ」
圭斗が溜め息を吐けば、嵐も頷いたらしかった。
「もう何も言う気になれなくなってきたっスよ」
九鬼嵐とはこういう男なのだと圭斗は悟っていた。
きっと構えば構うほど面倒臭くなる。適当に聞き流した方が利口だと。




