迷い鳥
「迷い鳥さま。
オスタルリキ東方辺境伯にて、エースターカイザーライヒ大公にて、神聖帝国の皇帝陛下が貴方様にお目にかかりたいそうです。
故に、これより私金羊毛騎士団団長ヨハンが宮殿にご案内させていただきます」
「え、ええと、ちなみに団長さんって偉い人ですよね」
私がそう聞くと彼はにっこり微笑んでいった。
「はい、マルク伯などという立場を頂いております」
眼の前にいる金髪碧眼のイケメンにそう言われて私は心のなかで頭を抱えた。
(私ただの農家の娘の農業大学生ですけど、どうしてこんなことに?
それに辺境伯と大公と皇帝を兼任ってどういうこと?)
ちなみに私は学校の作業着でもあるクソダサジャージから衿の詰まったシュミーズの上に、蝶番式の逆三角形をした鉄の鎧のようなコルセットを着けさせられ、その上にペチコートを重ね、ネックラインの低いウプランドと言うらしい裾が床丈まであるローブを上に重ねた状態。
これは上流階層の正装らしいけど、蝶番式の逆三角形をした鉄の鎧のようなコルセットで締め付けられているお腹が死ぬほど苦しい。
(これじゃあ、食事もまともに取れないわよねぇ)
ちなみに私がこの場所に来ることになった原因は交通事故らしい。
大学の構内を自動車で入っていたところで野生のエゾシカが不意に車道に出てきて、車に衝突した鹿がフロントガラスを破り車内に飛び込み、運転していた私は即死したらしい。
北海道ではキタキツネやヒグマも怖いけど、なにげにエゾシカも怖いのよね。
で、死んだはずの私はなぜか見しらぬ中世的な町並みの街中に倒れていたらしく、歩哨とか衛兵と飛ばれる人が私を見つけ、そして呼ばれてきたらしい金髪イケメンにこう問いただされた。
「このあたりでは見ない黒い髪と瞳に、見たことのない服。
あなた様のお名前をお伺いしても?」
「私は坂田遊里といいます」
「Vanda Joli……やはりあなたは迷い鳥であったようですね」
その後の説明で迷い鳥とは、この世界とは違う世界から来た異世界の人間を示し、私の名乗った坂田遊里と言う名前は”彷徨うもの””国”を示す単語らしいい。
つまり私は普通に日本語で自分の姓名を言ったつもりだったのに、相手には住む国を持たない放浪者だと説明してしまったことになったらしい……なんてこった。
ちなみに100年ほど前に西の大国フランシア王国にラ・ピュセル・ドルレアンと呼ばれた迷い鳥がやってきた際には、征服され崩壊寸前だった王国軍を立て直して勝利に導いたが、最後は異端審問において異端認定され火炙りにされてその生涯を終えることになったらしい。
その後その国はだいぶひどいことになったみたいだけど、多分それってフランスの英雄の一人で100年戦争で活躍したジャンヌ・ダルクでしょうね。
とするとここは16世紀、1500年代初頭のヨーロッパもしくはそれに似た存在がある世界なのかな?
「確かに、建国以来、我が国には迷い鳥が降り立ったという事例はないですが、他国では何百年か一度に現れる例もあり、渡り鳥の降り立った国は必ず発展したり滅亡寸前であっても滅亡を逃れるといわれております。
ゆえに、我々はあなたに対して決して粗雑な扱いはせず、可能な限り快適な生活を送れるようと思っています」
「は、はあ」
「ただ、大変申し訳ありませんが、我が神聖帝国において女性が男性の姿をすることは神の教えに背く異端とされますので、早急にお召し物は変えていただきたいと思います」
「ああ、ラ・ピュセル・ドルレアンの異端の認定って女性でありながら男装していたからとかですっけ?」
中世のヨーロッパでは、女性は男性が身にまとう服装を着ることが、キリスト教の教えに反していると考えられていたので、この教えに反した行為は、異端審問で問題にされる行為だったりするのですよね。
無論そのあたりには政治的な思惑とかが色々絡んでいたりするわけですが。
21世紀の現代では考えられないわけですが、どうやらこの世界でもキリスト教のような宗教が大きな影響を持っているのでしょう。
ジャンヌは「魔女」だから火炙りにされたわけではなく、男装の罪で断罪され火炙りにされたのです。
「え、ええ、そのとおりです。
さすがは迷い鳥です」
「いえ、もしかしたらそうかなーと思っただけで確証があったわけではないのですが……」
そして私は芋臭い学校の作業着でもあるジャージから女性用衣装に着替えたわけですが、やがて2頭立てで四の輪、屋根ドア付き乗用馬車の前へ連れてこられらました。
「なんだかずいぶんお高い馬車のようですが?」
「迷い鳥様の乗る馬車としては不十分かもしれませんが、今はこれで我慢していただければ」
「いえ、私はもっと目立たない馬車のほうがいいのですが?」
「大切な国賓である迷い鳥様をみすぼらしい馬車に乗せるなどあってはならないことです」
「うー、ちなみこの馬車のお値段ってどのくらいなんでしょうか?」
「およそ500グルデン金貨ほどかと」
「500グルデン金貨の価値が私にはサッパリわからないんですけど……」
「そうですね。
月に2グルデン金貨あれば一家族が何とか暮らせますし、3グルデンあればそれなりに良い暮らしができるというところです。
腕のいい職人や学校教師であれば月収4グルデンほどになりますし、下級騎士や傭兵隊の兵卒であれば衣食住居費込みで月収4グルデンといったところですね」
とすると1グルデンはおよそ10万円くらいかな。
とするとこの馬車は5000万円相当の超高級馬車なのでは?!
「あとは馬一頭が同程度の値段ですね」
つまり馬一頭が5000万円ほどでそれが2頭だから1億円相当?!
超優良血統のサラブレッド並みのお値段なのですがそれは。
「ええと、それだと普段のお買い物がし辛いのでは」
「そうですね、ですので普段はバッツエン銀貨、クロイツァー銀貨、ヘレル銀貨、ペ二ヒ銀貨などの銀貨を用います。
1グルデンはおよそ10バッツエンで50クロイツァーですね」
とすると1バッツエンが10000円で、1クロイツァーはおよそ2000円くらい?
古くから銅銭が使われていた日本や中国などとは違ってヨーロッパでは 銅貨はまだ使われておらず銀貨の重さや純度なんかで細かく銀貨の種類が分かれていたんでしたっけ。
「1クロイツァーは4ペニヒで、8ヘレルといったところです」
1ペニヒが500円、1ヘレルが250円くらいでいいのかな?
昔の通貨は10進で交換されるわけではないから面倒くさいのですよね。
「あ、でも衣食住に関しては私達が手配しますので、迷い鳥様の手をわずらわせるようなことはございません」
「え?」
「ですのでお金に関しての心配は無用ということです」
「は、はあ……」
「ここヴィーナー・ノイシュタットは帝都ヴィーナーから8マイレ、馬車でゆっくり移動して2日、急げば1日ほどかかりますが、ちょうど途中に温泉がありますのでそこで体を少し休めていかれるとよいでしょう」
「それはとても助かります」
1マイルは1600mだけど、確かドイツやオーストリアのマイレは7.5Kmくらいのはずだからおよそ60Kmくらいかな?
ヤードポンド法も通貨と同じで国ごとに違うからややこしいんですよねぇ。
そして城門から出ようとするときに気がつく。
A.E.I.O.U.とかかれたモノグラム。
「Austriae est imperare orbi universo ("全世界を統べるのがオーストリアの使命である")?」
「おお、あれを読めるとは流石でございますね」
「え、いえ、多分そういう意味かなーって思っただけなので……」
「そもそも、あれが何なのかをわかるものが少ないのですがね」
あー、16世紀初めのオーストリアでの識字率は国全体で3%、都市部でも5%ほどですもんねえ。
ヴィーナー・ノイシュタットの城門に掲げられたA.E.I.O.U.というのは、15世紀のハプスブルク家の神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世が好んで用いた略語句。
彼は建設したウィーナー・ノイシュタット城やグラーツ大聖堂などの建築物や自身の食器などあらゆるものにこの文字列を刻んだらしい。
とするとここは16世紀初頭くらいのオーストリアというわけでしょう。
この頃のオーストリアはスペインなどと婚姻関係で結ばれていた閨閥であったこともあり、版図自体はかなり大きな国ではあったものの、イングランド、フランス、オランダ、ドイツ諸国などに比べれば商業や農業で出遅れていてあまりぱっとはしない国でもあったような気がする。
後にはウィーンは芸術家の集う華やかな都市となるんですけどね。
しかし、帝都ヴィーナーまで私はこの拷問具のような鉄製のコルセットを装着したまま移動するんですか?
それから私がつけていたブラ・ショーツはどこいったの?
まあ、今のこの世界の冶金や繊維の技術では同じものは作れないと思いますから戻ってこないのでしょうけど。
そして1時間に1回、定時に規則正しく時刻の数だけ鐘をならす機械式塔時計の鐘が10回なりました。
朝の10時ですね。
「では、昼食を取ったら出発しましょう」
「あ、はい、よろしくお願いします」
食事内容は仔牛肉を用いてミートハンマーで叩いて薄くし、小麦粉を挽き立ての黒胡椒で味付けし、多めのバターで揚げ焼きし、レモンをしぼって食べるシュニッツェル、キャベツの漬物であるザワークラウト、白い小麦を使うクロワッサンの原型となったパンである三角形をしたキップフェルに透明なビーフコンソメスープであるクラーレ・リントズッペ、あとはアーモンドミルクのかかったデーツ。
飲み物はワインですね。
ちなみにこの時代における牛肉やデーツはなかなかに高級食材で、一般庶民では手が出せないもののハズだったりするので、確かに食事的には優遇されているのでしょう。
また、ブドウやイチジク、デーツやリンゴのような高いところに成るフルーツは神に近い神聖な食べ物で、貴族や聖職者は好んで食べ、逆にカブやニンジンのような根菜は穢れた食べ物と考えられていたため、貴族や聖職者は食べなかったはずです。
なかなかに美味しかったのは良いのですが、食事を終わった私は馬車で帝都までドナドナされていくのでした。