商人との出会い
先日の雨の余韻も全くなくなり快晴の空の下、フレイアは隊員のセオと共に今日も城下を巡回していた。
「隊長~暑い~少し休みませんか~」
「ん?ああ、そうだな、少し日陰に入ろうか」
声をかけてきたセオを見ると、汗が顔に滲んでいるのがわかる。遮るものがない日差しを数時間浴びていたのだ。確かにそろそろ休憩した方がいいだろう。
「すまないね、気付いてあげられなくて」
「いやいやいいんですよ、こうして言ったら休憩させてもらえるんで。ああ~いきかえる~」
露店で買ってきた飲み物を日陰に入って飲みながらセオは襟元を持ち上げ、少しパタパタと扇ぐと、目を細めて頬を弛める。相当暑かったようだ。
「なんで隊長はそんなに涼やかな顔でいられるんですかぁ?」
「そうでもないよ。私も暑いと思ってる」
「えーーーーじゃあなんで全く汗かいてないんですか」
「汗をかくほどの暑さでもない」
日陰に入ってなおも額に汗を滲ませるセオは、意味わかんないです、不公平だ、などとぶつくさ言いながら飲み物を飲み干し、再び日向へと足を向ける。
「もういいのか?」
「いいんです!どうせ暑いんだから!」
そう言いながら先程よりも軽い足取りでセオは歩き出す。
時折街の人々に声を掛けられながら、こちらからもなにか困ったことはないか、といったことを聴きながら街を歩いていく。
「てゆーかー、隊長は恋人とか居ないんすか?」
「なにが『て言うか』なのかわからないんだが……」
「まあまあそんな細かいことは気にせず~!で、どうなんすか実際」
セオの唐突な話の切り出しはいつものことなので、特に深く追求せずに答えた。
「いないよ」
「えっ、マジっすかぁ?!あんなにモテんのに!」
「モテるって……そんなことないよ」
「いやいや!あんなに女の子の視線独り占めしちゃってるのに何言ってんすか!」
「してないって」
「街の女の子も補佐官のエルシーちゃんだって!果てにはウチの隊員の婚約者まで!あんたの虜なのに何言ってんの!!パン屋のリリーちゃん、果物屋のハンナちゃん、本屋のメアリちゃん……」
「みんな女の子じゃないか……」
フレイアの恋愛対象は多分男だ。恋をしたことないからわからないが。そんな中で女の子の名前ばかり上げるセオにため息をつく。
「別に女の子だっていいじゃないですか!!俺らは全然モテないのに隊長ばっかモテて!!」
「あー、はいはい、もっと声量落として」
「ううううう……そういえばこの前助けてた女の子、あの子も隊長に惚れてましたね~」
「?オリビアのこと?」
「そう!オリビアちゃんっていうんですね!!可愛い名前!!」
声量を注意したにもかかわらず一向に落とさないセオに呆れながらも返す。
「あの子可愛いっすよね!また会いたい~」
「オリビアに手出したら殴るからね」
「エッッッなんでですか!!!暴力反対!無理やりなにかすることはないっすから!!」
「うるさい」
フレイアがセオを睨めつけるとセオはヒッと声を上げ、すみませんと小さな声で言ってから、やっと少し大人しくなった。
「オリビアちゃんとそんなに仲良いんですか?会った時はそうでもなかったですよね?まあオリビアちゃんは隊長に惚れてましたけど」
「オリビアとは友達になったんだよ、というより惚れてるってなんだ」
「は~~~~あの美少女と友達!羨ましい!」
「おい」
「すみませんすみません、静かにします」
自分でも少し声が大きくなった自覚があったのか、先程よりも声を潜めてセオは話し続ける。
「それで?どこまで進んだんです?」
「どこまで進んだって何」
「デートとかしたんですか?」
「一緒に食事は行ったよ」
「それ以降は?」
「特に」
「えええええもっと進んでると思ったのにィ」
残念そうな声が横から聞こえるが、フレイアはそれを無視して歩を進める。先程より少し早いのは、詮索されるのにうんざりしてきたからだろう。
フレイアに置いていかれそうになったセオは「ちょっと早いって隊長~」と言いながらも着いてくる。
やっぱ団長とできてんすか、そうなんすね、と後ろでまだなにか言っているセオに構うことなくフレイアは歩いた。
そうしてしばらく巡回していると、ふと大きな声が聞こえ、周囲がざわついた。
「待てーー!!!ドロボー!!!誰かそいつ捕まえて!!!」
声のした方に目を向けると、泥棒と叫ばれた男がこちらに走ってくる。男を捕まえようと距離を詰めると、その男も目の前に騎士がいることに気付き、方向転換をして脇道に入ろうとした。それに素早く見抜いたフレイアとセオは男を追いかける。そこまで距離は空いていなかったため、男との距離はすぐに縮まったが、それでも男の方が脇道に入るのが早くなる。
あの道にはいられると曲がり角が多く、道も複雑で最悪男を見失う可能性がある。何とかこの大通りで捕まえたい。
もう少しで男が脇道に入りそうになった時、急に男がすっ転んだ。ドシン!と前のめりになって顔から倒れる。打ったところが悪かったのか、そのまま起き上がらない男の横にはにこやかに笑う男が一人。
「ダメですよ~こんなことしちゃ。ほらこれは返しましょうね」
そう言って地面に転がる男が持っていたのだろう小袋を拾い上げた。フレイア達が追い付くと、黒縁眼鏡の男は尚もにこやかに彼女たちに話しかけた。
「あ、騎士様方。お疲れ様です」
「あ、ああ」
「はいこれ。この男が盗ったものだと思います。確認してください」
「ああ、」
あまりにも何も無かったかのように小袋をフレイアたちに向ける男に呆気に取られながらも、男の方に手を差し出すと、中に入っているものがカチャリと音を立ててフレイアの手に乗せられる。口を開けると中にはいくつかの宝石やアクセサリーが入っている。盗られたものかどうか確認するために、この場まで来た店の者に中身を見せる。
「ああよかった、ウチのです、ありがとうございます!」
「いえいえ、私は何も。この男が勝手に転けただけですよ」
「騎士様もありがとうございます!」
「いえ、ご無事でよかったです」
中身を確認した店の者は何度もお礼を言いながらその場を立ち去った。フレイアの足元ではセオが、意識を失ったままの男を縛り上げている。
ずっと笑みを絶やさない男は、なんでもない顔をして、この足元に転がる男の足を引っ掛け、転ばせたことをフレイアは気付いている。他の人々は気付いていないようだったが、この男は転がる男に勘づかれないように脇道に近付き、そして転ばせた。誰にも違和感を与えない滑らかな動きだった。その動きもずっと絶やさない笑みも何だか胡散臭く感じた。
「御協力、感謝します」
「いえいえほんとに私は何もしていませんよ。商品が無事でよかった。それよりあなたのお名前をお聞きしても?騎士様」
「フレイア・フローレンスです」
「フレイアさん」
男は被っていた帽子を取り、少し癖のある茶髪をふわりとなびかせ綺麗な礼をした。
「私、ウィリアム・ロペスと申します。ロペス商会の会長をしております」
「ロペス商会の」
ロペス商会とは、城下でも有名な大きな商会で、ロペスに睨まれては商売ができない、と言われるほどだ。他地域や他国の商会とも多くの繋がりを持ち、庶民から貴族の嗜好品まで、数多く取り揃えている。
確か商会長はまだ年若く、しかし経営の手腕はかなりのものだと聞き及んでいる。確かに、それだけ大きな商会のトップともなれば狙われることも多く、こういったことには慣れているのかもしれない。
「はい。どうぞ私のことはウィリアム、とお呼びください」
「はあ」
何故自己紹介をされているのか全くわからない。名前を聞かれたから答えたものの、相手のファーストネームを呼んで欲しい、と言われる意味もわからない。セオも頭上で繰り広げられる会話に訝しげに顔を上げる。
黒縁眼鏡の男、ウィリアムは胡散臭い笑みをより一層深めて言った。
「ところで、私、あなたに一目惚れしました」
「…………………………」
「「…………はあ?!」」




