01 駄メイド、推参
――海上に居る。
突然だが、今俺は海上に居る。
海の上。蒸気船に乗って、滑るようにそこを移動している。
俺達が次に目指すは魔人領……ロウ・グランデと呼ばれる、今までいた大陸とは別の大陸だ。
中央大陸との間には大海が横たわっており……つまるところ、船で移動する必要があった、というわけで……。
ぼけーと、空を見上げて、ウミネコだかカモメだか、よくわからない鳥に想いを馳せる。
海面がきらきらと太陽を反射して、さざ波がその音で心を癒してくれる。
辺り一面、真っ青な世界。
――まさしく、海だった。
「マスター。お飲み物は如何ですか。口移しも可でございます」
「……いや、不可だけど。……不可だけど、飲み物はもらう。ありがとう」
「どういたしまして。マスターに尽くすのが私の存在価値。この程度の事、いかほどの事もございません。……時に、マスター」
「んー?」
「なぜ私から、そんなに距離を開けるのですか? いえ、当然、私たち主従の間には心の距離などないも同然、もちろん分かっていますとも。でも、それほどまでに距離を開けられますと、私としても、その前提を疑わざるを得なくなってしまいます。ああ、心が張り裂けそう」
「抑揚無い感じに言われても全く心に響かないし、近くにいるとお前がいろいろ触ってくるからだろ!」
ぐいー、と腕を伸ばして俺に抱き着こうとジタバタするやたらと整った……いや、整い過ぎた顔立ちの金髪青目のナイスバディ――どう見ても人間にしか見えないが、彼女は自動人形……魔力によって動く、機械の人形だ――ガーネットの頭を押さえ、これ以上俺に近寄れないようにしながら、手渡されたグラスを傾ける。
酸味のあるさわやかな味が口の中に広がって、喉を通り過ぎていく。
「……美味い。何だこの飲み物」
「それはねー、アイゼンリアで買った果物を絞って作ったジュースなの! たくさん買ったからまだまだあるよー?」
「ミリィが作ってくれたのか。ありがとな」
「えへへー!」
手触りの好い、さらさらとした銀色の髪を撫でる。
愛くるしい紫色の瞳を、嬉しそうに細めながら魔族の少女――ミリィに笑みを返しながら、もう一口ジュースを口にする。
やっぱり美味い。
「ていうか、ガーネット……マスターに尽くすのがどうたらこうたらって言ってて、これ作ってくれたのミリィなんじゃないか」
「ええ。私に調理や料理をする機能は備え付けられていませんので。私に出来ることは夜伽と性奉仕と夜のお相手と子作りとせっ……」
「やめろやめろ! それにそれらは全部同じ意味だ! ミリィの前でなんてこと言いやがる!? 言わせねぇよ!?」
「せっ???」
「ミリィは知らなくていいから! この駄メイド! ミリィに余計な事吹き込むな!!」
べちん、とデコピンをかます。
「あん。マスターのいけず」
肩のあたりで綺麗に切りそろえられた、きめの細かい金髪を海風になびかせて、感情のこもらない抑揚のない声で言って、ガーネットが首をかしげる。
濃紺のワンピースの上に、ひらひらとした白いエプロン。
まさしく『メイド服』といった風の服装の彼女は、その長いスカートをひらりと翻しながら立ち上がる。
――まったく。とんでもない厄介者を身内に抱えてしまった、と頭を抱える。
そもそも、なんでロックが造り上げた自動人形であるところの彼女が、俺たちに同行しているというと……時間をすこし遡って説明しないといけない。
そう、彼女を目覚めさせた時の話――
――「ハロー、ワールド。おはようございます、マスター。認識名、ガーネット。貴方様の魂の奴隷。只今起床いたしました。――さあ、ご命令をマスター。おはようから夜伽まで。なんでもこの完璧メイドたる私にお命じ下さい。えっちなことでもオールオッケーです。えっちなのはいけなくないと思います」
目覚めて開口一番。
よくわかるような、よくわからないような、結論、わけのわからないことを言いながら、女性が上体を起こす。
金髪青目。
すらりと通った鼻筋に、小さくまとまった口。
刮目せよ、美人とはかくありき、とでもいうような整い過ぎた顔に、感情の籠らないその瞳だけが異物のように輝いている。
「起動した……!? レイジ! おまえやってくれたなぁ! おい!」
ばしばしと俺の肩をたたいて、ロック……アイゼンガルド王国の王であり、金髪を三つ編みにして、いたずらっ子のような笑みを浮かべた小学生……の様に見えて結構いい歳なドワーフが大喜びする。
ばしばしと俺の肩を叩く手が、ばしり、と空中で縫い留められる。
台座から立ち上がった自動人形が、その手首をつかんでいた。
「私のマスターになにしやがりますかこのへちゃむくれは。マスターに危害を加えるのであれば産まれて来たことを後悔するくらい痛めつけることも私、やぶさかではないですよ」
抑揚のない声でそうまくし立てて、自動人形がロックの手首を捻り上げる。
「ちょ、おいおいおい! やめろ!」
咄嗟にその手を引きはがそうとして……
「はい、やめます。マスターの言う通り」
ぱ、と先んじてその手が離された。
「大丈夫か、ロック! こいつ、いきなり暴力なんて……」
「……最高だ」
「……は?」
「さいっこうだ! レイジ! 見たか、おい!? こいつァ製造者であるところの俺に反抗し、あまつさえ暴行にすら及ぼうとした! この意味が分かるか!? おい!」
「えぇ……ロックって、ドのつくMなの……」
「ちっげぇよ! いいか、自動人形ってのはな、機能として、製造者に手を挙げられないように命じられてるんだよ! いいか? 製造者への危害の禁止! 命令への服従! そして、その二つに矛盾しない限り、自分を守る! これが自動人形に科されたルールなんだよ! こいつは、それを破ってまで、俺に手を上げようとしやがった! つまり、自分で考え、自分で行動することが出来るってことなんだよ! まさしく、人間、ってやつじゃねぇか、おい!?」
「どこぞで聞いたことのあるような三原則が聞こえて来たけど……えぇと……ガーネット……だったか?」
マシナーズハートにアクセスし、俺が書き加えたその名前。
恐らく、目の前の自動人形の名前だろうとあたりをつけて、彼女に向き直る。
「はい。マスター。認識名、ガーネット。マスターの魂の奴隷であり、性奴隷であるところの……」
「性奴隷なんて作った覚えないよ!?」
「……それはおいおい、既成事実として……」
「恐ろしいことのたまうな!」
「……マスターのいけず」
「……って、いうか、さっきからマスターマスター、ってそれ、俺の事なのか? 製造者って意味じゃ、こっちのロックが……」
「いいえ。マスターはマスターです。私のマスターは貴方様。それ以外のへちゃむくれはへちゃむくれでしかありません。興味もありませんし、情も情けもありません」
「えぇ……」
「……つまり、最終段階。魂の定着を成したレイジをマスターって認識してるってことなんじゃねぇか?」
「いいえ。ただのひとめぼれです」
「こいつはすごいぞレイジ! こいつ恋愛感情ってもんが……」
「だぁあ! 話が進まない!」
……そんなこんな、すったもんだがあり、ひとまず落ち着くまでしばしの時間が必要であった。
「……つまり、お前は俺をマスターだと認識していて、俺以外の命令を聞くつもりがない、と」
「その通りですマスター。さすが聡明、まさに天地神明。マスター以上の存在は天界ににすら存在しえないでしょう。すてき。抱いて」
「……仕えるべきを自分で定める……まさに魂が……」
「ロックまで話し始めるとほんと収集つかないから、頼むから黙っててくれ……。……それで、どうするんだよ。起動したはいいけど、こいつこんな感じだぞ、ロック」
「どうもこうもねぇよ。お前さんが連れて行けばいいじゃねぇか」
「……なんで!?」
「俺がそう言わなくても、こいつはそうするつもりだろうよ。なあ、ガーネット?」
「マスター以外に名前を呼び捨てられるのは鳥肌ものですね。へちゃむくれ。様をつけなさい」
「……俺、こんな扱いづらいヤツ連れて行きたくないぞ……」
「あん、マスターのいけず」
「いけずとかじゃなくな……?」
「おいていこうとしても、絶対ついてくるぞこいつ。そんな気配がある」
「……恐ろしい想像だな……」
――その想像は、おおむね事実であった。
王城で一日を過ごし、翌日、アレックスが先に向かったアイゼンリアへ俺もその後を追おうと出発した、その直後。
王城の城門の前で、メイド服にきっちりと身を包んだガーネットが待ち構えていたのだ。
「ハロー、マスター。では、参りましょうか」
「参りましょうか……って、おまえ、俺が何をしようとしてるのか理解してるのか……?」
「マスターのマスターによるマスターの為の酒池肉林、最強ハーレムを作るための世界一周行脚でしょう? しっかりばっちり理解了解しております」
「これっぽちもわかってねぇよ!? お前の中で俺はどんだけ好色なんだよ!?」
「英雄色を好む、と申します」
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、酒池肉林、ってなんなの?」
「ミリィは知らなくていいことだよ!」
「好色って??」
「それもしらなくていい!」
『……レイジ』
「アリスも呆れた感じ出さないで!?」
――そんな具合で、なし崩しに、ガーネットも俺たちに同行することになったわけだ。
頭の痛くなるような脳みそ真っピンクなこの自動人形を不本意ながら仲間に加え、俺たちは王都、アイゼンロックを出発し、東、海岸沿いの街、アイゼンリアへと出発した。
道程としては、三日ほど。
その旅路は、つつがなく……ガーネットがわちゃわちゃと煩いこと以外は、だが――進行し、俺はこの世界に来て、初めて海を臨むこととなった。
「……海だ」
『そうじゃの』
「海なのー!」
「水着回ですか?」
「そんなものはない」
まさしく、はたして、海であった。
果てなく続く、大海原。
波が寄せては返し、久しく嗅いでいなかった、潮の香りが鼻を擽る。
そうしてやっと、俺は重大なことに気が付いたのだった。
「……どうやって、海を渡ろう」
――目的地は遥か海の向こう。別大陸ロウ・グランデ。
……そこへ向かう手段の確保を、完全に失念していたのだった。
と、いうわけで、本日から三章になります!
本日はここまで、次回は明日21時に一話更新になります!
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