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52 マシナーズハート

 

 機械都市アイゼンロック。

 その名の通り、アイゼンロックは街のあちらこちらで機械の姿を見ることが出来る。

 その中でも、最も驚いたのが……。


「蒸気機関なんて開発されてるんだな……」


 街の中を、煙を上げて走る列車の姿だった。

 いわゆる、蒸気機関車というやつだ。

 街を大きく迂回するように流れる川には跳ね橋のようなものもかかっており、こちらに来てから見た景色の中では、この都市が一番俺になじみ深い。


「蒸気機関……?」


 アレックスが、なんだそれは、という風に首をかしげる。

 今俺たちは、つつがなくアイゼンロックに足を踏み入れ、門番の教えてくれた道筋通りに王城へ向かっているところだ。


「なんていうのかな……えっと、火を起こして蒸気を発生させることによって、機関の中のタービンを回して動力を得る……エンジン、って言ったらわかるか?」

「ふむ……機械関係に僕は詳しくないから、ちゃんとした理解に至っているかわからないけど……つまり、機械を動かす心臓部、というところかな?」

「あぁ、そうそう。ありていに言えばそうなる」

「なるほど……レイジは機械に詳しいんだね」

「ま、地元にゃいろいろあったからな。ここよりもう少し進んだ文明だったけど」

「へえ……」


 そう頷いて、アレックスが目の前の線路を走っていく蒸気機関車を見る。

 感心したように何度か頷いて、笑みを漏らした。


「この世界には、僕の知らないものが、まだまだある……。それを知れただけでも、旅に出てよかった」

「大げさだな……。ていうか、孤児院の方はよかったのか?」

「ん、大丈夫だよ。もともとあそこに僕が滞在していることの方が珍しいことだからね。もちろん兄弟たちのことが気にならないと言ったらうそになるけど……。それでも、ヘイムガルドがこの先再び戦火に巻かれることはそうないと思うし、家族も健やかに育ってくれることを祈ってるよ」


 そう言うアレックスの顔は晴れやかだ。

 まぁ、確かにレイリィがヘイムガルドをまた戦争に巻き込むなんてこと考えにくいし、もともと孤児院という性質上、特にアレックスがあそこに必要というわけではないのだろう。


 そう考えて、ひとまず納得した。


「っと、見えて来たね。あれが王城……らしい」

「城……?」


 目の前にそびえるのは、高い塔が幾重にも入り組み、城というよりは塔の集合体といった風体の建造物。

 分厚く高い城壁に周りをぐるりと囲まれ、黒々としたその威容で都市全体の中央にそびえたっている。


「見た目城っぽくはないな……なんだろ、監視塔……? 煙とか昇ってるし、城の中にも工場があんのかな」

「かもしれないね。例によって要所は見せてもらえないだろうけど」

「ま、ミリィを引き取りに来ただけだしな」


 そんな会話を交わしながら、俺たちは城門まで歩みを進めた。

 門番――ここの門番も小学生みたいな見た目のドワーフだ――に声をかける。


「えっと、キリバ・レイジといいますが、ロック王はご在宅でしょうか……」

「……は?」


 ……なんだこいつ、みたいな目で見られて、自分が間抜けなことを言ったことに気が付く。

 仕方ないじゃないか、こういう時の作法なんて知らないんだから。


「僕達はヘイムガルドより参りました、アレックス・エイリウス。そして彼は聖人レイジ。王よりの書状もこちらに。ロック王にお目通り願いたいのですが、お取次ぎいただけますか?」

「書状……というと、そう言えば、人王が代替わりしたと聞いたな……ならば、君たちが使者か?」

「そのようなものと思っていただいて構いません。お目通りまで時間がかかるようでしたら、どこかで待機していますが……」

「いや……そう言えば王が来客があるはずだと言っていたな。しばしまたれよ」

「よろしくお願いします」


 淀みなく言葉を紡ぎ、目的をきっちりと門番に伝えるアレックスを見て、自分のふがいなさにため息を吐く。


「……すまん、アレックス」

「ははは、大丈夫だよ」


 なんでもない、と手を振って、アレックスと二人、門の外に立つ。

 15分ほど待つと……。


「レイジ殿。お待たせいたしました。……お久しぶりですね」


 と、ドワーフ……久々に顔を合わせる、クレインに出迎えられた。


「おぉ、クレイン、久しぶりだな!」

「えぇ。本当に。迷宮での活躍は伺ってます。父の事も……そして、『平和』のことも、ありがとうございました。先の勇者の侵攻も、レイジ殿がなんとかしてくださったとか……なんというか、言葉がありません」

「いや、そんな大したことは……ある、か?」

「ありますよ。……それで、そちらの方は……?」

「お初にお目にかかります。僕の名前はアレックス・エイリウス。レイジの友人です」

「アレックス殿……?」


 はて、と首をかしげるクレイン。

 どこかで聞いた名前だな、と思案するが、まあいいか、と思い直したらしい。


「ご丁寧にありがとうございます。私はクレイン・アイゼン。現機王、ロック・アイゼンの嫡子です。以後お見知りおきを」


 そういって、手を差し出した。

 その手を握り返して、アレックスがほほ笑む。

 ほぅ、とその笑みに見惚れて数秒。

 クレインが首を振って気を取り直した。

 ……気持ちはわからんでもない。


「父がお待ちです。こちらにどうぞ」


 そう言って、俺達を先導して歩き始めた。


 城門が開かれ、足を踏み入れる。

 外から見るとそれっぽくなかったが、中は案外、というか、当然、というか、普通に城だった。

 庭園があり、石像があり、長い廊下があり……そして、王座の間があった。


「おゥ、レイジ。久々だな」


 玉座に膝を立てて座るロック・アイゼンがニカ、と人の好い笑みで俺たちを迎える。

 その隣には……、


「お兄ちゃんっ!」


 別れた時から幾分か背の伸びた、ミリィが居た。

 俺を視止めるなり、だだだっ! とかけてジャンプ。

 そのままの勢いで俺の胸元に抱き着いた。


「っと、ミリィ。元気みたいだな」

「元気なの! お兄ちゃんは……お怪我……してる?」


 吊った腕を見て、ミリィの元気が萎む。


「怪我はしたけど治りかけだよ、心配しなくていいぞ」

「本当……?」


「本当だ」といってミリィの頭を撫でる。

 そして、ミリィを下ろしてロックを見た。


「ミリィをありがとう。おかげで安心してやるべきことがやれたよ」

「おぅ。そいつァなによりだ。向こうでのアレコレも耳に入ってるぜ。大暴れだったみてぇだな」


 かか、と楽しそうにロックが笑う。

 大暴れとか言われると、なんか語弊があるような気がするが、わざわざ否定はすまい。


「こっちは大丈夫だったか?」

「おう。ま、人的被害は……こういっちゃなんだが、大したこたぁねえよ。それでも、死んだ奴には報いなきゃなんねぇ。それが、もう居ない人王の命令でもな」


 そういって、俺の隣に立つアレックスを見るロック。

 ……此度の戦争に於けるアイゼンガルドの被害、そのほとんどがアレックスによるものだ。

 人死にも出ている。

 いくら和平が結ばれたと言っても、その被害が無かったことになるわけではない。


「……勇者、アレックスだな」

「……はい。機王、ロック・アイゼン」

「本来ならよぉ、戦犯がどうしてぬけぬけとここに、って怒鳴り散らして、そっ首の一つでも刎ねるところだよな、これはよ」

「……そうされても、僕は文句を言える立場にありません」

「わかってて、なんでここに来た? 俺の温情に期待して、って顔つきじゃねぇやな」

「……僕は、勇者であることを捨て、只一人の人間、アレックス・エイリウスとして生きていくと、そう決めました。その為に、僕自身が犯した罪は、雪がなければならない。……それでたとえ、首を刎ねられることになっても。それは、間違いなく僕の罪で、僕の物です」

「はっ、つまりよ、処刑されに来たってことか?」

「いいえ。先ほども言った通り、僕はアレックス・エイリウス、たった一人の人間として生き、隣の友人……聖人レイジと共に、世界を平和にする旅をするためにヘイムガルドを出ました。……ここで、首を刎ねられるのは本意ではありません。ですが……一つの顛末として、そうなる可能性は、頭に入れてきました。……機王・ロック・アイゼン様のご随意に」


「ちょ、ちょっとまてよ! ま、まぁ、アレックスがしたことは、戦争犯罪だって言い分は分かるし、それに対して何のお咎めも無しってワケにいかないのもわかるけど、いまここで処刑ってのは……!」


「……レイジよ。お前にゃ恩がある。影の中に潜ってる賢王にもな。だがよ、国としてそれじゃあいけねぇ。俺は機王だ。この国のトップだ。それがただの恩で自分の国に被害を齎した存在を許すなんてこた、あっちゃいけねぇのよ」

「わ、わかるよ、わかるけど!」

「……でもな。ヘイムガルドとの和平。その条件に、アレックス・エイリウスの身柄の安全って項目がありやがるんだ、これがな。……つまり、その首を刎ねるわけにはいかねぇ。また戦争になっちまうからな」

「……レイリィ……君は、僕を……」

「だからよ。アレックス・エイリウス。貴殿に命じる」

「……は」

「機王ロック・アイゼンの名に於いて、貴殿の我が国、アイゼンガルドへの生涯にわたる入国、及び滞在を禁ずる。破られた場合、条約如何関係なしにその身を拘束、死罪とする。異存は」

「……ございません」

「よし。……勇者アレックス。退去するにも準備が必要だろう。此度はそれを鑑み、7日のみ、弊国への滞在を許す。以降はいかな理由があろうとも、この地に足を踏み入れぬように」

「御意に」

「差配は以上である。……聖人レイジ」

「……ん」

「貴殿には内密に話がある。この後、ちょっと面かせや」

「……わかった。……アレックス」

「あぁ。……では、機王、僕はこれにて……」

「おう。さっさとどっか行っちまえ。……そうだな、こっから東の海岸沿いの街、アイゼンリアにでもな」

「……御意に」

「……アレックス」

「機王の心遣いだよ。レイジ。先に行ってる」

「……わかった」


 そう言って、アレックスが王城を後にする。

 その背中をミリィがじっと見つめていて……。


「ミリィ?」

「……アレックスさんは……ううん。なんでもないの」

「……そっか」


 す、と目を逸らした。



 ――――――



「……それで、ロック。俺に用事って」


 王座の間を後にして、ロックに呼ばれた部屋に来た。

 その部屋は、なんというか……様々な機械やら機材やら工具やら……まさしく研究室といった風の部屋だった。


「おう。来たか。まあ座れよ」


 がしゃーんと音を立てて工具を床に落として、椅子を引っ張り出してくるロック。

 乱暴だなあ、と思いながら出された椅子に座る。


「まずは、すまなかったな、レイジ」

「ん、何がだ?」

「勇者のことだよ。あれ以上のことは、ちと俺の手に余るんだ。あれでも下を宥めるのに相当苦労したんだぜ」

「……いや、よくよく考えたら……いや、考えなくても、だな。当然のことだよ。ヘイムガルドで色々解決してさ、正直、気が緩んでた。国同士のことだし……アレックスのしたことは、本意でなくても、裁かれて当然のことなんだ。……こんなところまで連れて来た俺が馬鹿だった」

「いや、そいつぁお前のせいじゃねぇよ。あの差配をするために、一度召喚するってのは、ヘイムガルドとも合意が取れてたことだ。……勇者の方も、了解済みの筈だぜ」

「……そっか。だから、こうなるってわかっててアレックスはここまでついてきてくれたのか……」

「まあよ、そんなわけで、アレが限界だ。あれ以上は、ちと立場的にも、心情的にも譲歩できねぇところだな」

「……寛大な措置に感謝するよ。……ほんと。……ところで、海岸沿いの街……アイゼンリア、だっけ? そこに何があるんだ?」

「あー……そうだな。そいつぁ行ってのお楽しみってとこだな。その件に関しちゃ、悪意なんて一片もねぇよ。いろいろ世話になった礼だと思って、向こうに行ったら素直に受け取ってくれ」

「……お楽しみ、ね。まぁ、悪意が無いってなら、ロックのことだし、本当のところなんだと思うし、楽しみにしとくよ」

「おう、そうしてくれ。……んでよ、本題だ」


 そういって、ロックが奥の部屋への扉を親指で示す。

 指示に従って立ち上がり、その扉を押し開くロックに続いて、真っ暗な部屋へと足を踏み入れた。


 手前の研究室に比べ、その部屋は随分とシンプルな部屋だった。

 薄暗く、ずいぶんと涼しい。

 部屋の中央にちょうど人ひとりが寝ころべそうな大きさの台座があり……いや、それだけだ。

 その部屋には、その台座のみがある。

 そして、その台座の上には……。


「……人……?」


 白いシーツを首までかけられた、人が寝ていた。

 女性だ。

 シーツの上からでもわかるほど、出るところの出ている……つまり、ないすばでいの女の人。

 その目は閉じられているが、その顔のつくりはとても端正だ。

 肩のあたりで綺麗に切りそろえられた金髪。

 そして、見る限り……息をしていないように見える。


「……しん、でるのか?」

「いや、しんじゃいねぇよ。そもそもこいつぁ人じゃねぇやな」

「人じゃない……っていうと……俺と同じ、とかか?」

「いんや、そいつもちげぇ。こいつはな……自動人形オートマタだ」

自動人形オートマタ!?」


 ロックの言葉に驚き、その女性を二度見する。

 思わずその肢体に目が行きそうになるがなんとかそれを堪え、観察する。

 ……何度見ても、人間そのものだ。

 肌には張りがある様に見えるし、その頬は触れればきっと柔らかいだろう。


「人間にしか見えないぞ……。そもそも自動人形オートマタって……」


 そう言いながら、俺が見たことのある自動人形オートマタの姿を思い浮かべる。

 骨格が丸出しになったような造形の銀色の体に、無骨な手足。

 瞳は赤く不気味に輝き……どう考えてもこの目の前の女性とそれは結び付かない。


「おうよ。これが俺の生涯をかけた最高傑作。人間型自動人形、その完成品よ」

「……人間を、造ったっていうのか……?」

「あぁ。俺の作りたかったのは人間。……だが、こいつは起動しねぇ。何度試しても駄目だ。何かが足りねぇ。何かが欠けてる。……忘れたか? 俺はそのために迷宮に潜ったんだぜ」

「……機械の心(マシナーズハート)……」

「ご明察! あのあと、あれを持ち帰ってこいつに組み込んだ。……が、迷宮の中でお前さんが言った通り、俺じゃ起動させられなくてな……」

「そう、か。それで俺が力を貸す約束だったな」

「おうよ。……頼めるか?」

「……約束だからな。……やってみる」


 言って、一歩踏み出し、台座の横に立つ。

 手を翳して、『情報端末コンソール』に触れる時の様に……何かにアクセスするという意思を以って……その体に触れた。


 そして――


 ――キィイイン、と耳鳴りのような高い音が頭に響く。


『オマチ、シテオリマシタ、マスター』


 いつか聞いた、あの凛とした声が響く。

 無機質な……しかし、どこか温かいその声色。


(マスター……迷宮でも、たしかそんなこと言ってたな)


『イエス、マスター。ニクタイ、ノ、ソンザイ、ヲ、カクニン。コレデ、ワタシハ』


(……肉体。この自動人形オートマタの事か……?)


『イエス、マスター』


(つまり……これで、お前は起動できる、ってことなのか?)


『イイエ、マスター。ワタシノ、コノイシキハ、マダ、コノカラダニ、ナジンデイマセン』


(どうすればいい?)


『カキクワエテ。ワタシノ、ソンザイ。……ワタシノ、ナマエハ――』


「……ガー、ネット」


 その名前を呟く。

 その瞬間、横たわった自動人形オートマタの体が、ぴくりと動き――


 ――そっと、目を開いた。


「ハロー、ワールド。おはようございます、マスター。認識名、ガーネット。貴方様の魂の奴隷。只今起床いたしました。――さあ、ご命令をマスター。おはようから夜伽まで。なんでもこの完璧メイドたる私にお命じ下さい。えっちなことでもオールオッケーです。えっちなのはいけなくないと思います」


 ……とんでもないものを起こしてしまった、という後悔と共に、その自動人形オートマタが、起動した。



 二章『機械の迷宮』 了


 

 三章『魔の迷宮』に続く。

これにて二章はおしまいです!

長かった……気がする。

新キャラも登場して、このまま三章になだれ込むことになります。


次は魔人領! 新たな仲間を加えてあのキャラもこのキャラも大活躍!

断章を一話挟んで、明日からの更新になります! これからもお付き合いいただけますと幸いです!


次回は明日20時と21時の二話更新。


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