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51 アイゼンロックへ


「……それにしても、レイリィの好意を受け取らなくてよかったのかい?」


草原を走り抜けながら、アレックスが俺に尋ねる。

その速度は尋常を通り越し、余人から見れば、俺達は鈍色と白銀の残像にしか見えないだろう。


「大分長いことミリィを放置しちまったからな……馬車だと、ちょっと時間がかかりすぎるし……俺とアレックスなら走ったほうが早いだろ?」

「まぁ、そうなんだけど……」


レイリィの戴冠式が終わって直後、関係者への挨拶もそこそこに、俺たちはアイゼンガルドに向けて出発していた。

セシリアに馬車を用意すると打診されたが、丁重に断って、いまこうして走っている、というわけだ。


――「レイジ、どの。この度は、まことに……」

――「いいから、礼は。……ったく、お前らは本当に礼が好きだな」

――「それを、素直に、受け取らない、レイジ殿、も大概ですが……」

――「大概とかいうなよ……ま、セシリアも元気でな。……流石にもうついてこないだろ?」

――「はい。やることも、たくさん、ありますので」

――「そっか。……じゃあ、またな。セシリアにも、ずいぶん助けられたよ。ありがとう」

――「他者の礼は受け取らず、自分は礼を言う、と……。やっぱり、貴方は大概ですね。……流石は聖人さま、です」


固い握手を交わし、セシリアと別れた。

別れの瞬間、ほんのすこしだけ、セシリアが笑みを浮かべていたのは……大切な思い出として、俺の胸の内にだけ、残っている。


まあ、それだけで、よかったな、と。

そんな風に思ってしまうチョロい俺だ。


「レイジ? どうかしたのかい?」


物思いに耽る俺に、アレックスが横合いから声をかけてくる。

かなりの速度で走ってるというのに、息も乱さず、汗ひとつ流さない。

流石といえば流石だが、こいつが本当に人間なのかどうか、疑わしくなってくる。


「いや、お前が本当に人間なのか疑ってた」

「え……どういうことだい?」

「いや、割と本気で走ってるんだけど、当たり前みたいについてくるから……」


あの後、ローレンツォとアラスターの死に立ち会ったからか、例の背筋がゾクゾクするような感覚と共に、俺のレベルはいくつか上がった。

つまり、俺の吸血鬼としての身体能力が飛躍的に向上したということであり……。


「レベルも上がって、大分身体能力あがったんだけどな……」

「ははは……僕もそれなりにレベルが上がっているからね……そのせいかも」

「いやはや、俺はまさしく人外の自覚があるし、それは完全に事実なんだけどさ……」


それに追随するお前の身体能力はどうなってんだ、って話だ。


「ははは……」


言われ、苦笑いを浮かべるアレックス。

その瞳が、す、と細くなった。


「先に魔物が居るね。どうする?」


魔物を捕捉したらしい。

『遠見』を放つのをさぼっていたから、気づかなかった。

まぁ、俺がせずとも、先ほどからこのようにアレックスが捕捉してくれるので、必要ないのだが。


「んー、任せる」

「任されよう」


そういって、アレックスが加速する。

手に魔力のオーラを纏わせて、魔物の群れに突っ込んでいく。

一瞬後、魔物が爆発を受けたかのように宙に浮き、白銀の閃光が魔物達を撫で斬ると、魔物達の肉体がバラバラに寸断される。

どちゃり、と地面にばらまかれる魔物の死体が、白銀の閃光によって焼かれると、その場に残ったのは、地面に広がる血だまりだけとなった。


一瞬にして10匹からなる魔物の群れを全滅させ、死体の処理も完璧。

流石というほかない。


「素材はとらなかったのか?」


戦闘跡に追いつき、そこに立つアレックスに尋ねる。


「ん、とったほうがよかったかい? レイジも戦闘する時、魔物の素材には目もくれない戦いをするから、てっきり必要ないと斬り捨てているものかと」

「いやまあ、俺場合アレックスみたいに斬りたい場所を斬れるわけじゃないからな。大体一撃で沈めようとすると、魔物は爆散するから、素材とりたくても取れないんだ」

「ははは。君の攻撃のとんでもない破壊力の弊害だね。……まあ、路銀はあって困ることは無いし、次からは有用な素材はとることにしようか」

「そうしよう。ま、右手がこんな具合だから、暫く戦闘はアレックスに任せるよ」

「ああ、任された」


俺の右手は、いまだ動かない。

だが、切り離された肘からさきが、びりびりと、痛いようなくすぐったいような、そんな感覚に苛まれている、ということは、神経がつながりかけているのだろう。

アリスの言った通り、そのうち動くようになるだろうと思う。


「いこうか。急げば、2日くらいで大滝までは行けると思うよ」

「おう。さっさとミリィに合流しねえと」


ミリィと別れてからそろそろ10日ほどだ。

無事を確認したいし、何より、底抜けに明るい彼女の笑顔が、そろそろ恋しい。


アレックスに頷いて、俺たちは再び走り始めた。



――――――



あれから2日。

俺たちは、ロックガルドの大滝にたどり着いた。

滝の裏の洞窟を抜け、大渓谷の降り立つ。


「さて……」


と、呟いて、辺りを見回す。

以前見た時にはここには大量の兵士がうごめいていたが……いまは人っ子一人見当たらない。

まぁ、兵は引いたんだろうし、当然といえば当然なんだが……。


「ミリィは……多分、首都の方にいるんだろうな」

「あぁ、そうだろうね。レイジは、首都へは?」

「いや、行ったことないな。前回は、ここから直接迷宮都市に向かったから」

「なるほど。じゃあ、ロックガルド要塞も見たことが無いんだね」

「ロックガルド要塞?」

「うん。この渓谷を真っ直ぐ行けば突き当たるんだけれど……そうだね、見たほうがはやい。……きっと、驚いてもらえると思うよ」


いたずらっぽくウィンクをこちら寄越すアレックス。


……きゅん。


……ってしてる場合じゃない。


「つくづく、俺が男でよかったと思うよ……」

「なにがだい?」

「お前、無意識ならとんでもない女殺しだぞ……」

「???」


なにを言われているのかわからないという風のアレックスにため息を吐いて、渓谷の先を見据える。


「いくか」

「ん、そうだね」


再び走り始める。

ぐねぐねとした渓谷を走り抜け、橋を渡り、魔物を屠り、走る。


――そうして3日ほど走って、そこにたどり着いた。


「んだ……これ……」


左右を山脈に挟まれた深い渓谷。

中央を流れる大河を跨ぐように、要塞が築かれていた。


そう、まさしく要塞だ。


橋げたの様に河に突き刺さる柱が何本も立ち並び、その足元で、巨大な水車がガラガラと回っている。

柱が伸びる先には、重厚な石造りの要塞が鎮座し、渓谷の奥へと進ませまいとその威容を示している。


「驚いてくれたみたいだね」

「そりゃ……驚くだろ……」


とにかく、とんでもない規模だ。

とてつもなく深く、広い渓谷を、埋め尽くすように築かれたその要塞は増築を繰り返したのか、最初からそういう設計なのか、とにかくいびつに大きく広がっている。

ところどころから高い煙突が伸び、中で何かを製造しているのだろうか、その先からはもくもくと煙が立ち上る。

日本で一番有名な某アニメスタジオの映画に出てきても違和感ないようなその建築物に、度肝を抜かれた。


「ドワーフらしい、というか、なんというか……」

「そうだね。とても彼等らしい建築物だ。……ここの防御は鉄壁。平原を抜けるルートじゃなく、ここを陥落させなければならなかったら、僕もああまで簡単にすすめはしなかっただろうね」


まあ、平原のルートでも、アリシア一人に阻まれたわけなんだけど。

と、頭をかいて、アレックスが苦笑いする。


「それで……ここ、どうやって通行するんだ……?」

「レイリィから話が通ってるはずだけど……」


そういって、陸側に伸びる柱の足元。

その大きさに見合う大きさの鉄の門が設えられている。

そちらに向かって歩みを進めるアレックス。


「とまれ! そこの人族! 何用で参った!」


門番のような男――といっても小学生にしか見えないが――が、肩の銃を構え、アレックスに向ける。


「僕はアレックス! アレックス・エイリウス! 人王、レイシア・ジゼル・ヘイムガルド陛下からの親書がある! 確認いただけないだろうか!!」

「人王の……? そう言えば和平が結ばれたと……。わかった! 検める! こちらにお持ちいただけるか!」

「今行く! ……少し待っていてくれるかい」

「あぁ。まかせた」


いつの間にかいろいろと話が通っていたらしい。

……ひとりだったらここで詰まってたかも……。

相変わらず俺の考えなさに辟易する。


アレックスが懐から封筒を取り出し、門番に検めさせてる間、手持無沙汰に俺は要塞を見上げる。

高さは100メートルはあるだろうか。

この世界の文明レベルを考えれば、とんでもない巨大建築だ。

山と山の間を結ぶようにいくつもの通路が伸び、あちらこちらに向かっている。

あの通路が各地の洞窟に繋がって、ここを中継地点としてアイゼンガルドの各地へと移動できるようにしているのだろう。

線路のようなものも見える。

アイゼンガルドでは石炭や自然由来の燃料を利用してると言っていたし、鉱山のような役割も果たすのだろうか。

見れば見るほど様々なものがつぎはぎされたような建物だが、それゆえの、機能美のようなものも見て取れる。

アイゼンガルドの迷宮都市でも感じたような、どこか懐かしい……文明への郷望を思い出させる。


くちをぽかんと開けて、その様子を眺めている俺の肩が、ぽん、と叩かれた。


「お待たせ。通っていいそうだよ」

「おう、アレックス。悪いな、いろいろ任せて」

「大丈夫だよ。それも、この旅での僕の役目だ」


そう言って、肩を竦めるアレックス。

確かに、俺とアリスは戦闘極振りだし、ミリィはマスコット担当だ。

政治担当は今までいなかったし、助かる。


「流石に要塞の中は見ることは禁じられたから、さっさと通り抜けよう」

「おう、そうだな。ま、中は軍事機密の塊だろうしな……見てみたかったといえばうそになるけど」

『レイジが頼めば、見せてもらえると思うのじゃ?』


と、アリスが影のなかからそう言う。

確かに、ロックに頼めば見せてもらえそうだが……。


「ま、いずれな。世界が平和になって、観光とかできる余裕が出来たら……候補にいれとくか」

『ふむ……その時はわしも一緒に観光するのじゃ』

「はは、そうだな。世界を見て回るか……ま、退屈はしなさそうだ」


ぼそぼそとアリスと会話して、先に歩き始めたアレックスに追随する。

鉄製の門が開かれ、長いトンネルのようなものに足を踏み入れた。


「おぉ……中は……なんというか、すごいな……」


左手にごうごうと音を立てながら川が流れ、その向こう側にはやはり水車が廻っている。

動力を何に利用しているのか、身を乗り出して上を見てみるが、暗い闇に阻まれ、その先は伺い知れない。

ところどころに水門が設置され、外の大河が氾濫しないように流れを制御しているのだろう。

つまり、ダムのような役割も、この要塞は果たしているらしい。

道はやや上り坂になっており、歩けば歩くほど、川から高く遠ざかっていく。


「凄いものだね……」

「だなあ……ヘイムガルドも秩序だった綺麗な街並みで感動したけど、ここはここで、なんというか機能美の塊って感じだ」

「そうだね。ヘイムガルドの街並みも、僕は好きだけど……なんというか、ここは男心を擽られるね」

「だよな! 歯車と機械って、やっぱり男心擽るよなぁ」

「あぁ。僕はアイゼンガルドの首都は見たことがないんだけれど……あそこも大分凄いみたいだよ」

「へえ、そいつは楽しみだ」


修学旅行で男友達と交わすような言葉を交わしながら、トンネルを歩く。

暫く歩き、その景色にも慣れてきたころ……。


「出口だ」


先に、光がぽっかりと口を開けていた。

眩しさに目を細めながら、トンネルを抜ける。


「おぉ……」


広がる景色は、大河を左に臨む平原であった。

目の前には大河を横切る広く大きな橋が架かっている。

広く大きな石畳の街道が川の左右に敷かれており、等間隔に街灯も設置されている。


「す、ごいな……」


文明を感じるその光景に、再び俺の感嘆が漏れる。

凄まじい規模の街道、として橋だ。

背後の巨大な要塞もそうだが、造り上げるのにそのくらいの時間がかかったのか、想像もつかない。


「この先に関所があるはずだ。そこを抜けて……そうだね、2つ街を経由すれば、首都が見えてくるはずだよ」


地図を広げてアレックスが言う。

頷きを返し、俺たちは再び並んで歩き始めた。



――――――



街道沿いに進み、約3日。

関所を抜け、最初の街にたどり着き、一日休憩した俺たちは再び出発した。

そこからさらに北上して3日。二つ目の中継地点を経由して、さらに北東へ進むと……。


「大分街道が広くなってきたな……それに、人の往来も多い」

「そろそろ首都だからね。……人、というよりは、殆どが自動人形オートマタのようだけど」

「物資の輸送なんかは、殆ど自動人形オートマタ任せなんだな。合理的っていえば合理的だけど」

「馬車も必要ないしね。僕たちは特殊だけれど、彼等……といってもいいのか、自動人形オートマタは疲れ知らずだ。夜通し移動しても問題ないから」

「まあ、そういう意味じゃ、殆ど休憩も挟まず移動してる俺達も異常っちゃ異常だよな……」


そう頷いて、先を見据える。

その視線の先には……。


「んで、あれがアイゼンロックか」

「そうだね」


山々に囲まれ、その威容を俺たちに示す、巨大な都市が見えた。


――アイゼンガルド王国、その首都であるアイゼンロック。その堂々たる登場であった。

2章も終わりなので、今回はこのまま1時間後に1話投稿して、本日中に2章を〆たいと思います。


次回更新は21時! よろしくお願いします!

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