50 【人王】レイシア・ジゼル・ヘイムガルド
「アレックス?」
「あぁ。三日ぶりだね、レイジ。怪我の具合は?」
柔和な微笑を浮かべて、アレックスが歩み寄ってくる。
いつも着けている白銀の鎧は外し、シンプルな白のシャツの上に、茶色のベストを着ている。
現代日本でも通用しそうな、おしゃれな着こなしだ。
……ヤツがイケメンだからそう感じる、というのもあるかもしれないが。
「ん、城で養生させてもらったおかげで、大分よくなったよ。まあ、まだ動かないけどな」
首から吊っている右腕を少し上げて、アレックスに示して見せる。
微笑みが少し翳り、心配そうな視線と共に、アレックスが嘆息した。
「腕を切り落とされて、そう平然としているのも……なんというか、すごいね」
「ま、アリスが言うにはちゃんと元通りにくっつくらしいからな。それなら、まぁ、いいかな、と」
「んむ。ちゃんとくっつくのじゃ。わしの血もちゃんと分けたしの」
アラスターとの戦闘の後、沈黙を守っていたアリスが影から現れて、唐突に自分の胸を槍で貫いたときには大層驚いたが、以前、迷宮でも同じことをしたらしいとレイリィに教えてもらった。
アリスの血は、俺にとって怪我の治りを早くする効果があるらしい。
見た目エグいやりかたなので、もう少しその辺は何とかしてほしいところではあったが。
「すまない。僕がもう少し早く駆けつけていたら……」
「おっと、そういうのはもういいっこなしだぜ。お前はちゃんと来てくれて、そして自分のやるべきことを果たした。……だろ?」
「あぁ……うん。そうだね。そう言ってくれると……救われるよ」
「おう。ま、気にすんな」
「ありがとう、レイジ」
なぜかアレックスに礼を言われる。
なんというか、紆余曲折あったけど、こいつは変わらないなぁ、と苦笑いを浮かべてしまった。
「んで、なんでアレックスが? いま、レイリィと次の迷宮について話し合ってたところなんだけど」
「ん、そうだね。……レイジ」
顎に手をあてて、ふむ、と頷くアレックス。
なんというか、余人がやればともすれば気障に見えるそのしぐさも、アレックスがやれば妙に決まっているのが憎らしいというか、なんというか。
真面目な瞳で、俺を見つめ、アレックスが意を決したように口を開き、
「……僕を、君の旅に連れて行って欲しい」
そう言った。
「いいぞ」
半ば予想していたその提案に、一も二もなく頷く。
「「……え?」」
俺の返答が予想外だったのか、アレックスとレイリィが同時にぽかんと呟いた。
「そんなに予想外だったか……? いや、なんとなくアレックスはそうするんじゃないかなーって思ってたんだよな、俺。俺の剣になる、とか言ってたし。……まあ、俺の剣になるだのなんだのってはお断りだけど、迷宮探索とか旅に同行するのは断らないよ。むしろ力を借りられて助かる。……と、いうかむしろヘイムガルド的には大丈夫なのか、それ。アレックスってこの国の重要な戦力だろ?」
「え、あ、い、いや……いいの、かい?」
「むしろ何が駄目なんだ?」
「その……君はひとりでそれを成すつもりなのかと……」
「そんなに自惚れてるつもりないぞ、俺。アイゼンガルドでもドワーフ達に手伝ってもらったし……そもそもアリスも、ミリィもいる。一人でなにもかも出来るほど、俺は万能じゃない」
その証拠がこれ、という風に右腕を上げる。
俺が一人でなにもかもを終わらせられるなら、こんな風に大怪我して、アリスやレイリィに心配かけないってもんだ。
自分の力不足は、自分が一番痛感している。
そもそも俺はこの世界のことを何も知らないのだ。
こっちにとばされてきて約半年といったところだが、常識がそんなにすぐに身に着くはずもなく、地理なんかも曖昧だ。
それに……。
「それにさ、まぁ、なんていうか、アレックスを俺は……友達、だと思ってるから。友達と旅をする……っていうのも、悪くないかな、と」
そんな、少し照れくさいセリフを、アレックスから目を逸らして言う。
驚いたような気配を、視界の端で感じ――レイリィと、アリス、それにアレックスだ――、そして、レイリィが堪らず、といった具合で噴き出した。
「ぷっ……ふふっ、くくく……ですって、アレックス? よかったわね」
「……そんなに笑うところか?」
「だって、レイジ、顔、真っ赤よ? かわいいな、って」
「かわ……っ!? くそ、言うんじゃなかった……!」
「レイジ……」
「な、なんだよ。お前も笑いたければ笑っていいぞ!?」
「いや……笑わないよ。……僕も……僕も、レイジを……友人だと、そう思って……いいのかい?」
「なにが駄目なことあるんだよ……」
「そう……か。うん。ありがとう。そうだね……僕は、レイジの友人だ」
しみじみと、何かを確認するように、なんども頷くアレックス。
その表情は、どこか晴れやかで……そして、多少の羞恥が混じっているように見受けられた。
……俺も同じ表情をしているだろうから、わかる。
「と、とにかく! アレックスがついてくることは構わない。ただ……ミリィとの話は、自分でつけてくれ」
「……もちろん」
「なら、俺から言うことは何もないよ。……アリスも、構わないよな?」
「ふむ……」
顎に手を当てて、アレックスを眺めるアリス。
なにを見定めようとしているのか、その金の瞳からは何も読み取れないが……。
「ま、いいじゃろ。……お主は、もう勇者では、ないのじゃろ?」
「――……あぁ。そうだよ、ブラッドシュタインフェルト。僕は、アレックス・エイリウス。勇者は……もうやめたんだ」
「ならばよいのじゃ。……そうじゃな。以前までのお主は、わしは嫌いじゃったが……今のお主は、そう捨てたものでもないのじゃ」
うむ、と頷いて、言葉を切るアリス。
今の問答に、どういった意味があるのかはわからないが……アリスのアレックス嫌いもどうやら和らいだらしい。
……なんか、ちょっともやっとするが。
「ありがとう。ブラッドシュタインフェルト」
「……アリシア」
「え?」
「アリシアじゃ」
「……あぁ、ありがとう……アリシア」
「ふん」
名を呼ばれて、鼻を鳴らしそっぽを向くアリス。
……なんかちょっともやっとするんだけど!?
「……それで、こっちは別に構わないんだけど、ヘイムガルド的にはいいのか? さっきも言ったけど、アレックスってこの国の最大戦力なんだろ?」
「そうね……なんというか、政治的な事情も少し絡んでくるから、レイジにはもうしわけないのだけど」
「政治的な事情?」
「単純に、アレックスがこの国に居る状態で、和平交渉なんてしても……その、ね?」
「あぁ……」
その一言で納得した。
ようは「この国には勇者アレックスが居るんだけど? 従わないとどうなるかわかってるよな?」ってとられてしまう可能性があるってことだ。
他国をたった一人でどうにか出来てしまう存在。それがアレックスだ。
……核兵器をチラつかせて和平交渉もくそもないってことだな。
「だから、アレックスは旅に出た、ってことにするのが一番いいのよ。わたし達が他国と結びたいのは、対等な友好条約だから」
「なるほどな」
納得した。
……ていうか、そんな説明で納得できてしまうアレックスの存在は、やはり異常だ。
「そんなわけで、レイジ。アレックスをお願いね」
「あぁ、頼まれた。……アレックスも、よろしくな」
「うん。よろしく、レイジ」
右手を差し出すアレックス。
その手を見て。
「……だから、お前の手なんて握ったら俺の手、焼け爛れるんだけど」
「……そうだった」
そうして、二人で笑った。
――こうして、アレックスが、俺たちの旅に加わった。
――――――
翌日。
出立の準備を済ませた俺たちは、王城、王座の間に居た。
レイシア・ジゼル・ヘイムガルド。
彼女の戴冠式を見届ける為だ。
本来は、国の要職に就く人間しか参列出来ないというこの行事は
――「レイジやアレックスには、見届けて欲しいの」
というレイリィの一声で、俺達も参列できる運びとなった。
レッドカーペットの上を、髪を下ろし、白く豪奢なドレスを着たレイリィが、ゆっくりと歩いていく。
「なんというか……こうしてみると、本当にお姫様だな」
「お姫様だからね。……でも、うん、そうだね」
ごてごてとした法衣を着た神官のような老人が、目の前に跪くレイリィをしっかりと見据え、錫杖を高く掲げる。
「――汝、レイシア・ジゼル・ヘイムガルド。魂に刻まれし己が必定を受け入れ、人族を率い、統べる人王に至る覚悟はありや」
「是」
「――汝、レイシア・ジゼル・ヘイムガルド。魂に刻まれし己が記憶にあたわず、祖先を、歴史を、その背に背負う覚悟はありや」
「是」
「――ならば、汝、レイシア・ジゼル・ヘイムガルド。我らが魂に、汝の名を刻もう。ここに、新たなる人王の誕生を祝福しよう」
レイリィの頭に、王冠が乗せられる。
ゆっくりと立ち上がり、こちらを振り返るレイリィ。
すぐさま、その場にいる全員が――俺以外の――彼女に跪いた。
ただ一人たったままの俺を見つけ、レイリィの頬が少しだけ緩む。
慌てて俺も跪いた。
「――皆。わたくしが、本日、今より、皆の王となる、レイシア・ジゼル・ヘイムガルドである」
凛とした声が、玉座の間に響く。
「……わたくしはが求むるはたった一つ。――『平和』。我らが人族から――あまねく世界に、平和を。われらがヘイムガルド王国は、これより先、世界の平和へと邁進する。われらが胸に取り戻したその灯を、決して消させることなく。そして、われらが悲願を阻むもの、それを悉く排除して。そうして、我らの手に、胸に、平和を取り戻そう。――あまねく世界に、平和を」
「「はっ!」」
皆が斉唱する。
「皆の平和への祈り、それが絶えぬ限り、わたくしは、決して止まらないと誓いましょう。皆の……力を貸してください」
そういって、レイリィが頭を下げる。
「「はっっ!!」」
先ほどよりも大きな斉唱が、レイリィに返った。
――こうして、新たなる人王、レイシア・ジゼル・ヘイムガルドが誕生した。
2章はあと2話でおしまいになります。
1章に比べ、文字数も話数も大分多くなってしまいましたが、最後までお付き合い、よろしくお願いいたします!
3章もぼちぼちスタートです。
これからも、よろしくお願いいたします!
次回は明日20時に一話更新になるます!
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