47 問答と、戦い
顔を上げる。
――感触も、感慨も、振り払う。
……決めた筈だ。覚悟は。
その機会が、思ったよりも早く来ただけ。
こうなることは分かっていた筈だ。
いずれ、自分の手で、誰かを殺めることになると、わかっていた筈だ。
自分の手を汚さぬまま、自分だけが清廉なまま、世界を平和にするなんていう大望が果たせるほど、この世界は甘くない。
クーデターに参加するなんてことをすれば、尚更。
切り替えろ。
まだ、全て終わっていない。
嘆くのも、悲しむのも、後悔するのも……全て、終わってからだ。
立ち上がる。
全てを振り切って、振り返る。
「いこう、レイリィ」
俺の言葉に、何も言わずレイリィが頷く。
俺の脇を通り抜けるその時、レイリィが俺の手にそっと触れ、一度だけ、きゅ、と握った。
一瞬のふれあい。
それで彼女が俺になにを伝えようとしたのか、それは分からない。
でも、手の震えは、止まった。
――――――
「殺して、やるぅう……!」
僕の足元で、アナスタシアが呻く。
手と脚に光の枷を嵌めて、じたばたと暴れている。
魔力を使って逃れようとするが、それは叶わない。
【聖魔枷】。嵌めた対象の魔力を吸い、その分だけ硬く、強くなる魔力の枷だ。
魔力が強ければ強いほどその枷から逃れることは難しくなる。
アナスタシアほどの魔力を持っていれば、この枷から逃れるのはまず不可能だろう。
「こん、な、辱め……を!!」
「君は気絶させても、目が覚めたら後ろから襲ってきそうだからね。申し訳ないけど、この手が一番確実なんだ」
苦笑いを返して、周りを見渡す。
続いていた戦闘も収束に向かっている。
理由は……確かめるまでもなく、僕だろう。
僕とアナスタシアの戦闘を見た兵達が、勇者アレックスが反乱軍側についたことを理解して、それが伝播。
士気が落ちて戦闘どころじゃなくなった……ってところだろうか。
我ながら、恐れられているのか、これはある種の信頼か……。
「喜ぶべきか、悲しむべきか……」
ここは任せても大丈夫だろう。
前を向き、全身に魔力を回す。
地面を蹴りつけて、吹き飛ぶようにして駆けだした。
砦を走り抜ける。
大橋を走り抜ける。
草原を走り抜ける。
音を、景色を置き去りに、王都へ向かう。
王に会わなければ。
そうして、やっと、僕は、僕の迷いと罪を自分のものとして受け入れられるようになる。
「そこからだ……」
全ては――、
『勇者アレックス』が『アレックス・エイリウス』というただ一人の人間として歩き出すために。
――――――
扉に、手をかける。
背後のレイリィに頷きを貰い、両手で開け放つ。
白い、玉座の間。
誰もない。
――玉座に座る、巨躯の王以外は。
「……ローレンツォは、死んだか」
「……父上」
「レイシアか……。フ……小さな火種だと思っていたがな……吹けば消える。小さな……」
「いいえ。父上。わたしたちの火は、消えません。平和の灯は。人々の願いは」
「……平和、か。貴様の言う平和とはなんだ。レイシア。……そして、聖人よ」
「争いのない、平穏な世界。……人々が笑顔で、安寧を享受できる世界」
「聖人も同じか」
「……あぁ」
「して、どう実現する」
「それは……俺の力で各地の迷宮の制限を……」
「して、どうする。本当に、そんなことで世界に平和が満ちると、本気で思ってるわけではあるまい? 聖人はともかく、レイシア。貴様をそんなに温く育てたつもりはないがな」
「……それは」
「人は争うぞ。平和の心なんてものがあろうが、なかろうが。人は争う。そう、出来ている。分かっているだろう、聖人」
「……」
詰問するようなアラスターの言葉に、反論が出てこない。
心のどこかで、彼の弁を認めている。
――人は争う。平和の心を持とうと、持たざると。
そんなものは、歴史が証明している。
ファンタズマゴリアだけではない。
地球でも……もし、他に異世界があるのであれば、おそらくそこでも。
人の歴史は、争いの歴史だ。
でも……、
「……それでも。むやみに争いを広げる……あんたのやり方は間違ってる」
「そうか? 何が間違っている」
「……それは、それはいたずらに犠牲を、戦火を広げるだけの行為だ。自分の欲望の為の争いだ。そんな個人的なものに……人々を巻き込んでいい筈がない」
「くく……欲か、欲なぁ。そうとも。これは我欲。我が覇道に、欲以外の何物も差し挟まる余地はない。なればどうする。この我欲。貴様はなんとする」
ゆらり、と、玉座から立ち上がるアラスター。
魔力が吹き上がる。
赤く、濃い魔力。
陽炎の様に、背後の景色を歪ませる。
「……止めるさ。その為に……」
俺は、ここまで来たのだから。
「く、はは……分かっているのか、聖人よ。貴様のその願い。それもまた等しく、我欲なのだと」
「……そうだ」
その通りだ。
これはあくまで俺の価値観であり、俺の欲。
世界に平和をもたらすことも、その為に迷宮を踏破することも。
俺が決め、俺が成す。
俺の……。
「分かっていて、なお己を止めるのであれば……」
「アラスターッ!!」
「貴様のソレは、正義ではあり得ぬッッ!!」
中空から、大剣を引き抜くアラスター。
黄金に輝く、巨大な剣。
色は違うが、間違いなく聖力が宿っている。
地を蹴り、左手の籠手を掲げる。
連戦につぐ連戦で身体はぼろぼろだ。
右腕の籠手は砕け散った。
だからって、止まれない。
もう俺は――。
「つぁッ!!」
跳び上がり、縦回転しながらかかと落とし。
大剣に阻まれる。
衝撃波が吹き散って、周囲の地面がひび割れる。
「凄まじい力よ! その力、我欲で振るうはあまりに危険が過ぎる! そうは思わぬかッ! 聖人ッッ!!」
振るわれる大剣。
大きく飛びずさり躱す。
「この力、平和の為に振るう! その為に、俺は!」
「誰が為の平和だ! そんなモノ、貴様の都合のいい幻想に過ぎん! 魂に貴様の価値観を無理やり書き込み、人々の意思を捻じ曲げる!」
「だからって……! 誰がッ! 争いを望むんだ! 死と、悲しみと、恐怖と! そんなモノ、すすんで望む人なんて、いやしない!!」
鉄がかち合う。
拳が飛ぶ。剣が振るわれる。
血が舞う。体が軋む。
「望む望まぬに関わらず! 争いは起きるのだ! 必然、必定! であれば、誰かがそれを管理すればよい!! 争いを、世界を管理し……!」
大きく振るわれた剣を、籠手で受け、吹き飛ばされる。
空中で身を翻し着地。
構える。
「……世界に覇をとなえ、武によって支配する! 誰も立ち向かってこなくなるまで! ……そうして、己は、世界に平和を齎そう!」
「……天下、布武……」
いつか、どこかで、だれかが。
同じことをしようとした。
知っている。俺は、その結末を、知っている。
「……それが、無理な侵攻の……理由か……! でもそれは……!」
地面を蹴る。
左右にステップを踏んで、大きく迂回する。
「そんなもの! 長くは続かない!」
恐怖による統治。
武による圧制。
俺を追う視界を遮るようにマントを脱ぎ投げて、突っ込む。
「はァッッ!」
「憤ッッ!!」
地面に突き立て、面を向けた大剣で蹴りが防がれる。
聖武器に触れた肌が蒸気を上げて焦げ付き、火傷の痛みが全身を駆け抜ける。
剣を蹴りつけて勢いをつけて大きく飛びずさった。
「レイリィィイ!」
「えぇッ! 『炎よ』――『炎爆』!」
対岸、俺の視線の先から爆炎が迫る。
一顧だにせず、大剣を振るうだけで炎を打ち消して、アラスターがその剣を大きく振り回す。
地に叩きつけ、魔力が奔る。
斬撃を伴った衝撃波……三本が同時に放たれる。
俺に二本、レイリィに一本。
籠手で一つ霧散させ、もう一つは躱す。
レイリィは障壁を作り出して防ぐが、一撃で障壁が消し飛んだ。
「くっぅううッ!」
衝撃で大きくレイリィの体が吹き飛ぶ。
猫の様に空中で身を翻すレイリィ。
「ッ! 『炎よ』――『炎爆』!」
身を捻りながら腕を振るい、爆炎を放つ。
「小賢しいィっ!!」
振るわれる大剣。
爆炎と大剣がぶつかり、火炎が舞う。
開いた胴に掌底を叩き込むべく、地を這うように駆ける。
「温いわァッッ!」
アラスターの左手。
大剣を持っていないほうの手に光が集まる。
光が長剣の形を取る。
「ッく!!」
振るわれた白銀の長剣を、籠手で受け止める。
受けた籠手にヒビが入る。
黒い魔力の残滓が宙に舞い、魔力の粒になって霧散する。
「くぅ、ぁあッ!」
剣を弾き上げ、胴元に蹴りを叩き込んだ。
「ぐぉッ……!」
分厚い鎧に阻まれ、大したダメージは与えられなかった。
体勢を崩し、大きく地面を転がった。
距離が開く。
「父上ッッ! ――『土よ、貫け、鋭く』――『土槍』!!」
アラスターの足元から土の槍が生える。
生える先から両手の剣で斬り飛ばされ、砕かれ、その槍はアラスターに届かない。
「ふんッ! まだ躊躇いがあるか、レイシアッ!」
「そんなもの……! 『炎よ』――『炎爆』!」
「父を手に掛けられぬかッ! 魔人領で勇者に甘え! そして今ここでも聖人に甘えるッ! 平和を求めながら、謀反などという愚かな手に甘えるッ! 己が手で何も成さぬ甘える! それが人王の器かァッ!」
「わたしは……!」
「己を打ち果たし、貴様が人王に成ろうとも……!」
投げつけられた長剣で接近をけん制される。
蹴り飛ばして壁に突き刺さった長剣を、手をかざしてその手に戻すアラスター。
「何も果たせぬ愚王に成り下がるだけよ!!」
「くっ、ぅううッ!!」
出現させた障壁を斬り飛ばした衝撃で吹き飛ばされるレイリィ。
壁に背中を強かに打ちつけ、地面に倒れ伏す。
「レイリィ!」
「『光よ』――『聖光』!」
「ッ!?」
光が奔る。
ギリギリで身を翻して聖光を躱す。
地面が光を帯び、光の槍が俺目掛けて生え、迫る。
「く、そッ!!」
ステップを踏んで躱す。
躱す、躱す、躱す……!
「ごぉおおぁあッ!」
大剣で地面を擦りながら吶喊してくるアラスター。
振り上げられる大剣。
振り下ろされる長剣。
せり上がる光槍。
全てを躱す。
「見せてみろ! 貴様らの覚悟をッ! 我が覇道を阻む正当な理由を!! 見せてみろ! 貴様が築く平和とやらを!!」
「く、そ……ッ!」
「人の世は闘争の世ッ! 決して変わらぬッ! でなければ、ステンシアはッ! 我が妻は……!」
「なに、を……!」
「誰も犠牲にならぬ平和など、あってはならぬッ! でなければ、ステンシアは! なぜ死んだのだッッ!!」
「ぐっ、ぅううう!!」
ヒビだらけの籠手で、大剣を受け止める。
衝撃が腕に伝達し、ついに――
――バキンッ、と音を立てて、残った籠手も砕け散った。
衝撃に吹き飛ばされる。
地面を2度、3度と跳ねて、地面に転がる。
「……かあ、さま、のことを……父上は……まだ……」
苦しそうに喘ぎながら、手をつき立ち上がるレイリィ。
「父上は、母様の死を……無為なものに、しないために……? いえ、無為なものと、認められないから……でも、それは……! もう、大義の為ですらない……ただの、ただの我儘よッ!」
「子が、親を賢しらに語るなァッッ!!」
走りながら魔力を振るうレイリィの魔法を、大剣で霧散させながら、アラスターも魔法を行使する。
大魔法と見紛う程の魔力同士がぶつかり合って、残滓が肌を焦がす。
爆音と閃光が王座の間に弾け、壁が、地面が弾け飛ぶ。
それを目くらましに使って、懐に飛び込む。
大きく振りかぶった回し蹴り。
障壁が目の前に展開され、俺の足とぶつかって砕け散る。
衝撃に体が泳ぐ。
「しまっ……!」
背筋に冷たいものが走る。
長剣が振るわれる。
白銀の閃きが、俺の首を狙う。
「がっぐぅ……!」
咄嗟に構えた右腕が――
「っぁあああああああがっぁああああああ!!!」
白銀の光を纏った長剣に、斬り飛ばされた。
本日はここまでになります。
次回も明日21時の更新になります!
気に入っていただけましたら、評価や感想、ブックマーク、よろしくお願いいたします!




