46 ローレンツォという男
――久々に、心躍る闘争である。
鈍色の少年と拳を交わす彼の胸に去来するのは、憎悪でも、怒りでもない。
ただただ澄んだ想い。
全力である。
今まで生きた人生の全てを賭して、目の前の傑物に挑む。
そう、挑む。
力は足りぬ。
魔力は及ばぬ。
早さも、強さも、何もかもが届かない。
技だけだ。
己にあるのは、築き上げてきた、技のみ。
小手先と、そう笑われても構わない。
使えるものは、すべて使う。
そうして、自分の「願い」を通すのだ。
それこそが闘争。
ただ、自分の我儘を通す為だけの、乱暴で野蛮な手段。
だが、これこそが闘争なのだ。
――暴風を纏って拳が振るわれる。
殺意の抜けた、なんと腑抜けた拳か。
しかし、そのうえで尚、なんと恐ろしい拳か。
わが命、何度奪って余りあるのか。
想像もつかぬ。
掌底を当てて逸らす。
ただそれだけで腕が痺れ、先ほど貰った蹴りでへし折れた肋骨が、激痛を脳に伝える。
先ほど当てた腕はもう、使い物にならぬだろう。どこかの骨がイカれてしまっている。
ならばと、もう片方の手で貫手を放つ。
心臓を狙った神速の一撃。
躱すことなど叶わぬ速度と完璧な入り。
当然の様に見切られた。
最小限の動き、そして踏み込みで狙いが逸らされた。
必殺の意思を以て放った一撃は、肩口を掠るに留まった。
刹那の後、胸元に衝撃。
何をされた。
まるで見えなかった。
だが、何かされた。
既にへし折れていた肋骨が、完全に粉砕された。
肺がイカれ、視界が明滅する。
――致命傷。
理解と同時、大量の血と共に込み上げてくるのは……、
「ク、ククク……」
笑みだった。
「何が……!」
目の前の少年が吼え猛る。
(なにを恐れる、キリバ・レイジ……)
左側面から死が迫る。
見えちゃいない。負傷がなくとも見えやしない。
感覚のみで腕と脚を合わせた。
当然の如く破壊される。
「おかしいッッ!」
(あぁ……そうか、勘違いさせてしまったんだな……すまない……)
再び迫る死。
あぁ、と声にならぬ声を上げる。
腕を上げた。
理解が追い付かぬまま、身体が大きく後ろに流れていった。
がくり、と膝が落ちる。
胸元を何かが抜けて行く。
身体が傾いたことで、命を拾ったらしい。
「――――ハハハハッ!!」
血を吐き散らしながら、笑う。
楽しいのだと、彼に伝えるために。
あぁ、そうだ。私は楽しい。
貴様は楽しくないのか、キリバ・レイジ。
こんなにも、技を、力を、存在をぶつけ合って。
競い、高め、奪い合って。
楽しくないのか?
そんなにも、技が、力が、強さが合って。
(なにを恐れる、キリバ・レイジ)
打ち合いながら、彼の目を見る。
その瞳の奥にあるものは、覚悟と、躊躇、そして――
(あぁ……、そうか)
――ローレンツォという男の人生は、闘争に彩られたものであった。
生まれつき、高い才能を持って生まれた彼は、この、ファンタズマゴリアの大地に於いて否応なくその才能を振るって生きて来た。
――【格闘】Lv3。
彼の『魂魄情報』に刻まれたその才能。
天才、とそう呼ばれるに相応しいその才能を以て、彼は数多の戦場を駆け抜けて来た。
そうして、戦って、戦って、戦い抜いて。
いつしか、人類最強などと、そう呼ばれていた。
今代の勇者アレックスがその名を上げるまで、その名声は、彼のものとなる。
そして、まさしく天才であった彼は、また等しく努力を怠らぬ人間でもあった。
――「よぉ、また鍛錬か? 飽きねぇな、お前も」
――「殿下。……私には、これしかありませんので」
――「殿下なんてやめろよ。ステンシアにも笑われるんだぜ。そんなガラじゃねぇって」
――「しかし、殿下は殿下ですので……」
――「相変わらず堅苦しい奴だなぁ、おい」
そんな彼が、王の護衛を務めるに至るまでに、それほどの時間はかからなかった。
ただ二振りの腕と、脚、その体術のみで戦場を駆け抜けて来た彼を、面白い男だと言って重用したのが、ほかならぬ、アラスター・ジゼル・ヘイムガルド。人王、その人であった。
――「なぁ、ローレンツォ。『ヘイワ』って言葉の意味、解るか?」
――「『ヘイワ』……ですか? 聞いたことがありませぬな……どこか異国の言葉ですか?」
――「いんや。争いが無く、人々が安心して暮らせる世界……ってまぁ、そんな意味だな」
――「はぁ……いずれにせよ、解りませぬな……」
――「だろうなぁ。……お前、どうして戦う?」
――「……? 戦うことに、理由が必要ですか?」
――「あぁ。必要だね。……どうしてだ?」
――「……考えたことが、ありませぬ」
――「だったら考えておけよ。大事な、ことだぜ」
――「王命とあらば」
――「よっしゃ、じゃあ命令だ。お前がなぜ戦うのか。答えを出して、いつか俺に聞かせろ」
――「わかり、ました」
当時の彼には、主がなにを言っているのか、分からなかった。
しかし、王命だ。放棄するわけにもいかず、彼は考えた。
生来の真面目なきらいもあって、それはたくさん考えた。
しかし、答えは出ないまま、その日を迎えることになる。
――「ステンシアッッ! くそ、ステンシアぁあ!!」
――「王! アラスター様! 危険です! 下がってください!」
――「退けェ! ローレンツォォォオ! ステンシアが! 俺のステンシアが!!」
――「王妃はもう……! あなた迄失えば、姫様はどうなります!? ここは私が……!!」
――「ステンシアああああああああああァッッ!!」
王妃を失った王は、かつての快活さを失い、その瞳の奥に昏い光をたたえる様になった。
無茶な侵攻、無理な戦争。
そんなことを繰り返すようになった。
それまでの王は、思慮深い人間であった。
争いは出来るだけ避け、よしんば戦争になったとしても、必要以上の攻撃も、必要以上の殺戮もしない。
そんな、ともすれば甘いとすら言われるような……。
しかし、ローレンツォは、そんな王を憎からず思っていた。
彼の甘さが……どうしても、嫌いになれなかったのだ。
しかし、王妃であるステンシア様を失った後の彼は、それまでとは打って変わって……。
そう、いうなれば、ファンタズマゴリアに染まった……と、心に『平和』という概念が戻った今ならば、そう言えるのかもしれない。
――「……ローレンツォ」
――「は」
――「以前、言っていたこと、覚えているか?」
――「……と、いいますと」
――「戦う意味だ」
――「……いえ、いまだ……」
――「俺は、見つけたぞ」
――「……お聞かせ頂いても?」
――「あぁ……俺は、己はな……」
――一瞬の、回想であった。
打ち合いの最中、衝撃で意識が飛んだのか。
それとも、これが死の間際に見る走馬灯というやつなのか。
もうすでに、目は見えていない。
耳も、鼻も、効いてはいない。
死に体だ。
当然だ。こんな暴力そのものと言っていい存在と、殴りあっているのだ。
今までどうにか命をつないでいるのが奇跡といってもいい。
気付けば、振るった拳が、相対する少年の拳とぶつかり合っている。
腕に嵌めた籠手が、ひび割れ、砕け散った。
身体中から、もうほとんど残っていない魔力と、気合をかき集める。
「――克ッ!」
吼えて、貫手を放つ。
腕が交差し、膝が落ちる。
自分の放った貫手は、大きく少年の体を逸れて――、
――「己はな……平和の為に、戦うよ」
――「……なれば、私は、その目的の為に戦いましょう」
――「……それが、お前の理由か?」
――「えぇ。……殿下の目指す『ヘイワ』なるものが、何かは終ぞわかりませぬが……私は、その為に戦います」
――「いいだろう。……頼りにしている」
ぞぶり、と、既に痛みすら感じぬ体に、少年の腕が突き刺さる。
「が――ふ――……」
心臓と肺、すべて一緒くたにして、潰された。
ほれぼれするほどの一閃。
致命傷。
確実に、命を奪われたという確信。
死という現実。
怖くないわけではない。
だが、それ以上に――。
「ふ、ふふ……み、ごと」
目の前の、少年の瞳の奥にあるものが、かつての王のそれと、あまりにも似ていて――。
「……れい、じ……」
「……ローレンツォ」
「きさま、の……へい、わ……力で……しめ、せ」
「何を、言ってる……」
「……二つの、相反する、意思が、ぶつかり合えば……奪い合いは、必至……ふふ……貴様は、認めぬだろうが……やり方が……違うだけで、王も、それ、を……」
「だから、何を!」
「……なァ……れい、じ……私は……たのし、かったぞ……王を……アラスター様を、たのん……」
言って、崩れ落ちる。
鈍色の少年の拳に沈んだ彼の胸に去来した思いは、憎悪でも、怒りでもなく――。
ただただ
(わるく、ない、最後だ)
澄んだ想い。
武人としての誇りと、懐かしい瞳の奥の光と。
仕えるべきと定めた人間の為に戦い散ったという、ふかい、ふかい、満足感だった。
――こうして
人王の右腕と呼ばれた男、ヘイムガルド王国軍務大臣、ローレンツォは魂の情報となり、天に昇った。
――――――
ローレンツォが崩れ落ち、その体が、光の粒になって天に昇る。
それを見届けて、俺は膝から崩れ落ちた。
――人を、殺した。
彼の体を貫いた感覚が、まだ左腕に残っている。
肉と、臓物と、血の感触。
拳を握り、開く。
(どうして……)
ローレンツォの、最期の言葉。
――楽しかった。
彼は、そう言った。
殺し合いの、命の奪い合いの、何が楽しかったのか。
俺には理解が出来ない。
でも、確かに、彼は満足そうだったのだ。
そして、俺に、王の、アラスターの何を託したのか。
分からない。なにも、分からない。
でも、彼となら、拳でなく、言葉を交わすことが、出来たのではないか。
そう思い、再び左手を握り込む。
「……くそぉ……!」
両手を地面に叩きつけて、喉の奥から声を絞り出す。
後悔と、怒りと、悲しみと、何なのか分からない他のあらゆる感情が身を苛む。
激情が胸を焦がし、焦燥となって、喉を突く。
「くそぉおおお!!!」
天に向け、感情の全てを吐き出した。
本日はここまでになります。
次回も明日21時の更新になります。
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